【069】シジャン城の戦い(3)
強者だって話だったので緊張しつつ乗り込んだのに、鉄仮面の男はいなかった。
最初はそういう罠かとも思ったけど、結局本当に現れなかった。
一体どこまで花を摘みに行ったんだ。
終末の丘で聞いた、父さんと黒錬邪との話とか聞きたかったけど…まぁいいや。
楽して進めるなら文句は無い。
「というわけで、ここが『王の間』みたいだけど…みんな準備はいいよね。」
ゴゴゴ…ゴゴゴゴ…
「ってもはや聞いてもくれないの!?一番準備が欲しい局面なのに…うわっ!?」
勇者に意表を突かれた盗子だったが、その直後にまた驚かされた。
なぜならすぐ目の前に敵の親玉が立っていたからだ。
「フッ…よく来たな、『勇者』と勇敢なる戦士達よ。」
赤錬邪も部屋に一人だった。
明らかに自信満々な感じが伝わってくる。
「その赤い衣装…どうやらお前がボスみたいだね。」
「いかにもだよ勇者少年。この俺が二代目赤錬邪…五錬邪の総帥だぶしっ!」
暗殺美は容赦なく攻撃した。
「ちょ、ちょっと待て小娘!ラスボスの自己紹介といったら、もっとこう…」
「甘えてんじゃないさ!人生はいつだって時間との戦いなのさ!」
「いいぞぉ暗殺美ー!やっちゃえー!!」
「食ぅらえやぁああああああああああ!!」
ドガッ!ドガガッ!ドガガガガガッ!!
暗殺美の連続攻撃。
赤錬邪にすべて命中した。
「フン、この程度かさ。こんな奴がボスとか拍子抜けにも程が…」
「…そうか、それはすまないなぁ。」
「え…ぎゃふぅっ!!?」
ズゴォオオオオン!!
痛恨の一撃!
暗殺美は激しく飛ばされて壁に激突した。
「えっ!暗殺美!?暗殺美ぃいいいい!!ねぇ大丈夫!?しっかりしてー!!」
「あ…うぅ…」
盗子は慌てて駆け寄ったが、暗殺美はぐったりとしている。
息はあるもののかなり意識が混濁しているようだ。
「ほぉ、今のを食らって死なんか。咄嗟に致命傷を避けるとは…ただ態度がデカいだけではなかったようだな。面白い。」
一方赤錬邪の方は、あれほど攻撃を食らっていたにも関わらず一切ダメージを受けたように見えない。
「よ、よくも暗殺美を…!それに女の子を、そんなゴッツい武器でブッ叩くとか最低だよっ!」
「フン、戦場で何をフザけたことを…とも思うが、俺としても不本意なんだぞ?まだ加減ができんのだよ、なにしろコイツは…“神の装備”なもんでなぁ。」
“神の装備”…。赤錬邪の口から出た意外な言葉を受け、勇者は改めて彼が手にする武器に注目した。
中肉中背の赤錬邪の身の丈と同じくらいあるその漆黒の武器は、巨大な棍棒のような形状。どのあたりが神に由来するかはわからないものの、確かに普通ではないオーラがほとばしっている。
「そ、それも神の…!?確か神の骨とか牙から練成されたものを言うと聞いたが、それはどの神のものなんだ?」
「答える義理は無いな。それに、死にゆく者に語ったところで意味も無い。」
赤錬邪は棍棒を振り上げ、そして勇者に向かって振り下ろした。
「フン、甘いな!神の装備を持つ者が、自分だけだと思うなよ!?」
「ハッ!そういえばお前には…」
勇者は『破壊神の盾』で攻撃を防いだ。
なんと!盾は見事に砕け散った。
「えぇえええええええぇっ!?」
勇者はビックリした。
盗子もビックリした。
赤錬邪までビックリした。
「ちょ、えぇっ!?なんで!?なんでブッ壊れちゃってるのさ勇者の盾が!?」
「ど…ど、どうだ赤錬邪!?ビビッたぞ!!」
「いや、普通は“ビビッたか!”だよね!?まぁ確かに超ビビッたけども!」
「フ…フハハハハ!どうやら神の装備勝負はこちらに軍配が上がったようだな。もはや貴様に勝機は無い。」
神の装備が簡単に砕けるという事態に思わず驚いてしまった赤錬邪だったが、すぐに平静を取り戻した。
だが勇者は未だ動揺を隠せないでいる。
「な、舐めるな勝負はこれからだ!貴様の野望は、この僕が打ち砕いてやる!」
「…フン、お前は後回しだ。初代レッド凱空の子…お前には苦しんで死んでもらわねばならん。その前に、まずは“邪魔者”から始末することにしよう。」
「な、なにっ!?」
赤錬邪は勇者ではない方を見ている。
「死ねぇええええええ!!」
「とう…ジャスミィーーーン!!」
「なんで言い直すのかわかんな…うわーーーっ!!」
赤錬邪の攻撃。
ミス!盗子は攻撃を避けた。
「なっ!?ほぉ、なかなかすばしっこいじゃないか。だが次は外さんぞ小娘!」
「ひ、ひぃいいい!誰か助け…」
ガキィイイイン!!
寸でのところで盗子を助けたのは、一緒に来ていた傭兵達。
残された十二人全員で赤錬邪を取り囲んでいる。
「下がってな嬢ちゃん、コイツは俺達が仕留めよう。」
「えっ…で、でも大丈夫?このオッサンの強さ普通じゃ…」
「コイツを倒せば…こ、コイツさえ倒せば凶死さんも…ひぇええええ!!」
「アンタは違った意味で大丈夫!?ねぇマジで何されたの先生に!?」
「さーて、さっさと済ませて帰るとしようか。今日は娘の誕生日なんでな。」
「いや、それ絶対帰れないやつ…」
「なぁに、心配ない。先に行っててくれ…すぐ追いつく。」
「いや、それ絶対追いつけないやつ…」
「俺、この戦場から帰ったら…結婚するんだ。」
「ねぇわざと!?アンタらわざとやってない!?」
ほどなく全員やられた。
それなりに善戦はしたものの、あえなく散った傭兵達。
これで残すは僕とデイジーの二人となってしまった。
当然といえば当然だけど、この赤錬邪という男…かなりの実力だ。
しかしそれは、神の装備があるからかというとそうでもない。
あんな大きな武器を自在に振り回せる時点で普通じゃないのだ。
「…だけど、もっとおかしいのは…その並外れた“タフさ”だよ。やられたとはいえ、傭兵達も何発かはいいのを食らわしてた。そんなにダメージが無いのは不自然だ。」
勇者がそう言って睨みつけると、赤錬邪はピクリと反応した。
なにやら心当たりがありそうだ。
「勇者、それって…」
「ああ、間違いない。コイツ…かなりの“ドM”だ。」
「えっ、そーゆー意味!?そんなんで済まされる問題!?」
だとしたら迂闊な攻撃は“ご褒美”だ。
「フッ、フハハハ!目の付け所は悪くないが…残念ながら俺は、いたぶる方が好きでなぁ!!」
赤錬邪の攻撃。
ミス!勇者は紙一重で攻撃を避けた。
「なっ!?かわしただと…!?」
「その間合いはさっき見た。あまり僕を舐めない方がいい!」
「ぐっ、小癪な…!だが…」
「フン、だからもう見切ったと…」
赤錬邪の攻撃。
勇者は再び紙一重で避けた―――
「その半端な自信が…貴様の命取りだ、小僧。」
―――かに見えた。
ゴスッ!!
「ぎゃうっ!!」
頭部にフルスイングを食らい、地面に叩き付けられた勇者は、そのまま数メートル地面を転がった。
誰がどう見ても痛恨の一撃だった。
「ゆ、勇者ぁーーー!!ど、どうして!?勇者ちゃんと避け…えっ!?な、なんかその武器…長くなってない!?」
「…ほぉ、馬鹿のようでいて意外に見ているな。いかにも、この武器は…いや、これに限らず世の中には、外部から供給された“魔力”や“霊力”などによって、形状や威力が変わる武具があるのだよ。」
盗子に説明しつつ、勇者のもとへと歩み寄る赤錬邪。
トドメを刺すつもりに違いない。
「ちょ、ちょっと待てよオッサン!これ以上勇者に何かしたら許さないよ、この悪党!ろくでなし!死ねっ!!」
赤錬邪と勇者の間に割って入った盗子は精一杯の悪態をついたが、実のところはビビりまくっており迎撃どころではない。
「ふぅ、やれやれ…。黄緑錬邪といい、最近の小娘は慎ましさが足りんな。」
呆れたように溜め息をつく赤錬邪。
全力で反抗する盗子の姿に、全く言うことを聞かない黄緑錬邪の態度を思い出したようだ。
「そういや…アンタに聞きたかったんだよ。なんで巫菜子が、五錬邪なのさ?なんであんな真面目な子を、悪の道に引きずり込んだんだよ!?」
盗子は“冥途の土産”を所望した。
「ん?あぁ…群青の推薦さ。“悪の資質を持った小娘がいる”とな。『氣功闘士』だったアイツには見えたのだろう、あのガキが秘めていた邪悪なオーラがなぁ。」
「悪!?違うよ!確かに外面が良過ぎて実際は腹黒いかも…とか思ったこともあるけど、あんなんじゃさすがに変わり過ぎじゃん!!」
「フ…フフフ…それはなぁ、俺が背を押してやったのだよ。今はまぁ…その小僧のせいになっているがなぁ。」
「えっ…?じゃ、じゃあもしかして、巫菜子の家族を殺したってのは…!」
「フッ、馬鹿な娘よ。本来ならば恨むべき相手に、逆にいいように使われているのだからなぁ。」
「さ、最低だよアンタ!許せないよ!!」
「許せない…?フハハハ!じゃあどうするのだ?お前ごときに何ができる!?」
勝ち誇る赤錬邪。
確かに本来であれば盗子に何かができるとは思えない。
だが今回に限っていえば、そうではなかった。
「…聞いたよね、巫菜子?アンタの敵はアタシらじゃないよ!コイツだよ!!」
部屋の入り口の方に向かって叫ぶ盗子。
演技にしては真に迫っている。
「なっ…いるのか!?それに気づいて貴様、わざと今の話を…!?」
「さっきチラッと見えたもん!隠れてないで出ておいでよ、巫菜子!」
盗子は大声で叫んだ。
すると目線を向けた柱の陰から、本当に黄緑錬邪が現れたのだ。
「あ~、見つかっちゃったよ。やるね盗子ちゃん。」
だが中身が違った。
(ちょ待っ、え…アンタ姫なの…?じゃあ巫菜子は、アンタが倒しちゃったってこと…?)
慌てて駆け寄った盗子は、姫と思われる黄緑錬邪にこっそり耳打ちした。
「違うよ!私は黄ミド…赤パジャマ・青パジャマ・黄ミドレジャフ!!」
「言えてないよ!?なんで自らハードルを高くするのかもわかんないし!」
どう考えても姫な状況。思わず突っ込んだせいで赤錬邪にもバレたようだ。
中身が巫菜子でなかったのは赤錬邪としては好都合のはず…なのだが、なぜか逆にたじろいでいるように見えた。
「チッ、魔導士の娘か…。厄介な奴が来おっ…なんでもないが。」
しまいにはうっかり口を滑らせた。
「えっ、厄介って…もしかしてアンタ、魔法が苦手なんじゃ…?」
「ば、ばばバカ言え!俺の真の職業は、あの血統職『魔欠戦士』だぞ!?」
<魔欠戦士>
『防魔法細胞』が一切無い、特異体質者のみが就ける職業。
魔法攻撃に弱い代わりに、物理攻撃への耐性が異常なまでに高い。
ゾウが踏んでも壊れない。
「ま、魔欠って確か昔授業で…って、じゃあ全然言い訳になってないし!むしろ疑惑を確信に変えちゃったし!」
「ぐっ…!だ、だが手はまだある!この『封魔の腕輪』さえあっ…!」
「ほぇ~、なかなかシャレた腕輪だね。」
腕輪はいつの間にか黄緑錬邪が持っていた。
赤錬邪は頼みの綱を奪われた。
「イェーイ!ナイスだよ姫!多分それハメられたら魔法を封じられてたよ!」
「うぐぅ…!こ、この俺としたことが…!」
「どうかな?似合う?」
「みずからハメちゃったぁーー!!」
盗子は膝から崩れ落ちた。
「こ…このバカ姫!なんで自分からハメてんのさ!?チャンスが台無しじゃん!」
「大丈夫だよ盗子ちゃん。全ては敵を油断させる作戦だよ。」
黄緑錬邪はグッと親指を立てた。
「フ…フハハハ!作戦だと?そんなハッタリがこの俺に通じるとでも…」
「ホントだよ。隙を突いて巫菜子ちゃんが出て来るよ。」
「えっ!?」
盗子は驚いた。
「なっ…!?」
赤錬邪も驚いた。
「えぇぇっ!?」
もっと驚いた顔で巫菜子が現れた。
「て…テメェ、姫!言っちまったら奇襲になんねーだろうが!」
どうやら二人は事前に示し合わせていたようだ。
結果的に失敗に終わったわけだが、なぜそんな話になったのか盗子には理由がわからなかった。
「な、なんで姫もいるのに巫菜子も無事なの!?えっ、どーゆーことなの姫!?」
「言ってもいいけど結構高いよ。」
「って金とんのかよ!!」
「落ちたら大変だよ。」
「えっ、何がどう高いの!?高度的な問題なの!?」
やはり姫から情報を得るのは難しいようだ。ここは巫菜子から聞くしかない。
「酔いが醒めた姫がフラフラどっか行きやがるから、仕方なく追っきた先で…まさかあんな話を聞かされるとはなぁ、赤錬邪。」
すぐにでも掴みかかりたいのを必死で我慢する巫菜子に対し、赤錬邪はその堪忍袋の緒をあっさりと叩き切った。
「やれやれ…寝返ったのか黄緑錬邪?非常に残念だよ。」
「寝返っただぁ!?どこまでフザけた野郎なんだ、舐めやがって…!まさかテメェが黒幕だったとはなぁ!!」
「フン、騙される奴が悪いのだ。恨むなら浅はかな自分を恨むがいい。」
「よくも…よくも私の家族を…!みんなを、返せぇえええええ!!」
巫菜子は『大地の精霊』を呼んだ。
「オラァ!やっちまえ精霊!ブッ殺しちまえやぁあああああ!!」
「ハハハッ!舐めてるのはどっちだ?小娘がぁああああ!!」
赤錬邪、会心の一撃。
大地の精霊は派手に砕け散った。
「なっ!?私の大地の精霊が一撃で…だと…!?」
「じゃ、じゃあさ巫菜子!相手は魔法が苦手なんだから『炎の精霊』とかなら…」
「フッ、馬鹿が。普通の炎と魔法の炎…同じものだと思っているのか?」
巫菜子がこちら側についたことで、少しは希望の光が見えたかと思いきや、困ったことにそう甘くもないようだ。
「どうやら希望は絶たれたようだな黄緑錬邪。家族の元へ逝く準備はできたか?」
「ぐっ…!ちくしょう…ちくしょう…!」
悔しそうに顔を伏せ、肩を震わせる巫菜子。
「小生意気な娘の涙…たまらんな!ガハハハハ!さらばだ!死ねぇええええ!!」
「み、巫菜子ぉー!!」
赤錬邪は武器を振りかぶった。
「…フッ、な~んてな。」
だがなんと、巫菜子は泣いてなどいなかった。
そう、全ては作戦だったのだ。
「オラ今だー!やっちまいな姫ぇーー!!」
「私の怒りがマグレを呼ぶよ!むー!〔灼熱〕!!」
どこからが姫が現れ、〔灼熱〕を唱えた。
なぜか『封魔の腕輪』が装備されていない。
「なっ!?馬鹿な、黄緑錬邪はそこに…ぐぇえええええええ!!」
〔灼熱〕
魔法士:LEVEL10の魔法(消費MP12)
熱い日差しが降り注ぐ夏の魔法。こんがり焼けてビーチでモテモテだ。
「ぐはぁ…!ど、どういうこと…だ!?ならば…そっちの…黄緑錬邪は…!?」
もんどり打ちながら、苦しそうに声を振り絞る赤錬邪。本当に魔法には弱いようだ。
するとその前に黄緑錬邪が立ちはだかり、そして赤錬邪を踏み付けた。
どう見ても姫の振る舞いとは思えない。
「“騙される奴が悪い”…フッ、アンタも下衆の分際でいいこと言ったもんさ。」
案の定、それは姫の声ではなかった。
黄緑錬邪の本当の中身…衣装を脱いで現れたのは、なんと暗殺美だったのだ。
「倒したと思って私から目を離したのがアンタの敗因さ。せいぜい悔やんで、そして死ねさ。」
風向きが変わった。




