第38話
私が聖水の製作者とバレてしまった。それによって面倒ごとが起きると身構えていたが…………現在、特に何か起きたりはしていなかった。あれ?思ってた想定と違うな?
「まぁ、正直予想は付いてましたからね。神官になるのに聖水を作れなきゃいけないのって、割と第1陣じゃ有名な話ですからね。それがネックで神官になれてない人多いですし」
「だな。それに嬢ちゃんが気難しい人って話は第1陣の間で噂されてるからな。変に怒らせて取引できなくなるよりも、怒らせないようにして良い関係のままで居たい奴の方が多いんだろうな」
「既に見た目で薄らバレかけていたのか……えっ、私って気難しい人って思われてるんです?」
デルタさんに相談しに来た私は、偶々そこに居たゲンさんを含め3人で会話をしていた。どうりで何人からビビられるような視線をされると思った……スケベな視線は相変わらずだけど。ガン見されてはないから許してはいる。
ちなみにデルタさんの頭の上には白いフクロウがモフンと乗っかっていて、ゲンさんは大きいリクガメの背中に座っていた。私は大きくなったスチンに人をダメにするソファのように座ってる。スチンが大きくなれるようになってから偶にやってもらってる。
「中には自分が所属しているクランに誘いたいやつもいるだろうが……そういうやつは互いに互いが牽制してる感じだな」
「あとは腕の良いプレイヤーを入れるのに見合うマージンが出せないのもあるでしょう。特にココロさんはシンフォニアまで行っていますし……見合うマージンを出せるのはトップクランくらいでしょうか?」
ゲンさんとデルタさんは互いにクランに所属しているから、その辺詳しい……特にゲンさんはクランのリーダーだし。クランはゲン工務店MEO支店って名前で、所属しているプレイヤーの人たちは大工や工事に役立つ能力の子をパートナーにしている。その分身体が大きく動きが鈍い子が多いんで、このイベントには各自2体くらいしか連れてきてないんだって。
「建物の復旧もゲンさんのクランが中心にやってるんでしたっけ?さっき建て直された建物を見ましたけど凄く良い出来でしたね」
「あぁ、うちのクランは大工仲間の集まりだから、あれくらいできなきゃ仕事が来ないからな。だいぶ人が増えてきたんで忙しくなりそうだ……」
他の海岸に漂着した人も合流してきたからね。100人くらいはこの拠点に居そう。広さ的に150人くらいが限界かな?全員集まるとしたら開拓しなきゃ。
「そういえば、ここ以外の拠点ってあるんですかね?」
「あぁ、ありますよ。私のクランメンバーの何人かから連絡で、ここを含めてそれぞれ東西南北に1ヶ所ずつあるようです」
「東西南北に俺のクランメンバーや、知り合いが居るから……発展具合は同じくらいになるだろうよ」
ふむふむ、拠点間でのいざこざはあんまりできなさそうかな?発展の差はそういう面倒な問題に繋がりやすいから。そのうち交易とかも行えたら良さげ。
「あと探索班の方から報告がありまして、中央には遺跡のようなもの見つかったとのことです。中はダンジョンになっていて、現在探索班で戦闘向きのプレイヤーが調査しています」
ほー……ダンジョンあるんだね。上位の素材はそこで手に入れる感じなのかな……
「それに伴い回復アイテムの消費が増えそうなので、ココロさんの力を借りることになりそうです」
「OKです。ここの人たちには薬の素材を貰っているので作っておきますね」
よーし、仕事ができた。ガンガン作ろう。私はスチンから立ち上がり、作業しに隅っこに向かおうとした。その時、ゲンさんが「ちょっと待ってくれ」と呼び止めてきた。なんだろう?何か欲しい薬でもあるのかな?
「あー、その作業少し待ってくれねぇか?もう少しで工房が完成する。野晒しの中でやるよりは効率良いだろ。他の生産連中も含めてな」
工房。それはこの場所にあった廃墟の1つで鍛治の炉や炊事用の釜戸があった建物。そこに大部屋をくっ付けて調薬や裁縫などもできるようにしている。確かに野外だと気が散りがちだから工房ができてからの方が良いね。
そんなこんなで待っていると、トコトコと工事用ヘルメットを被ったビーバーがやってきた。ヘルメットには『ゲン工務店MEO支店』って文字が書かれていた。何それ可愛い。
「キィィィ!」
「おっ、できたみたいだな。じゃあ向かうとするか」
ゲンさんはそう言って立ち上がりビーバーを連れて歩き始めた。リクガメは……ね、寝ている。置いていっていいの?
「あー、そいつは気にしないでくれ。起きたら飛んでくるからな」
「あ、そうですか……え?飛ぶ?」
物凄く気になることが聞こえたけれども、質問する間もなくゲンさんは歩いていってしまったので後を追いかける。
「ここが工房だ。まぁ、悪くない出来だな」
工房の見た目は石造りと建物に木製の建物がくっ付いた感じ。石の方が鍛冶と料理、木の方がその他って感じ。中を見てみたけど結構広くて大きいテーブルや椅子も置いてあった。
「よーし、それじゃあ頑張ろうか」
「メキュ!」
工房を見てやる気が上がった私は、素材を枯渇させる勢いで調薬に励んだ。
◇
トントン!グツグツ……ネリネリコロコロ
「うわぁ、手際良すぎ……一切の迷いがない」
「俺、調薬に自信あったけど……これ見たらまだまだだったんだなぁ……」
「お手伝いしているスライム……可愛い……」
私の丸薬作成を見て、周囲のプレイヤーが各々感想を呟いていた。この人たちは私と同じく調薬を行っているプレイヤー。私の調薬風景が気になって見学してた。
なお、見学者は3人で文学系っぽい見た目のユラリさん。優男風のマサトさん。ダウナー系のRRRさん。RRRさんはスリーアールでもリリリでも好きな方で呼んでとのことなので私はリリリさんと呼んでる。
「丸薬をどうやって作ってたか気になってましたけど……スライムの液体だったんですね。小麦粉とか入れてるのかと思ってました」
「ファストロンのダンジョン。あそこのスライムの素材にスライムゼラチンがあるから、それを混ぜれば丸薬できそうだな」
スライムのドロップアイテムってそんなのなんだね。確かにそれなら丸薬を作れそう……ライムの治療液とは違って効果を上げたりはできなそうだけども。
「あそこのダンジョン……パーティー毎に個別の空間だから楽……lv上げはあんまりできないけど……」
「そりゃ、あそこは初心者用だからな……買ったばかりのパートナーのlv上げくらいか?」
ファストロンのダンジョンね……あそこなら最初にスライムを選んでいたとしてもlv上げしやすいのかな?だとしたら最初からあって欲しかった……
「でも丸薬が作れるようになったら、ココロさんのアドバンテージが無くなっちゃいますね。聖水以外に」
「あー、丸薬作れる人が私以外に増えるのは嬉しいですよ?正直丸薬って液体の薬よりも秀でてるわけじゃないんで」
丸薬って量の調整がしやすく、瓶が割れてもダメになりにくい利点があるくらいで、あとは液体の薬と変わらないからね。効果は素材と試行錯誤で変わるからね。
私の薬も丸薬だから売れてるんじゃなくて、効果が高いから買ってる人が多いし。個人的に丸薬って人間向きだと思ってるし。
(丸薬を作っていて、オオカミの子とかどうやって飲んでるのかずっと気になってた)
私の丸薬、そこそこ大きいからね。丸呑みとか1粒ずつなら兎も角、数粒一気に丸呑みは喉に詰まる。肉食の生き物の歯って噛み砕くことには向いてないから、本当にどうしてんだろう?
「そろそろ液体の薬の開発に乗り出すべきですかね……イベント中、少しは暇になるだろうし」
「「「いや、それだけはご勘弁を!私らの役割が完全に無くなる!」」」
私が思わず口から溢した言葉を聞いて三人は必死になって止めてきた。いや、イベント中は流石に手を付けない……というか付けられない。実験してたらイベントの半分がここに籠りっ切りになる……そもそも実験を他人が居るところでやったら技術を盗まれるわ。
丸薬に関しては別に問題無い。スライムが材料って知られてしまったけど……ピュリファイ・スライムとそれに並びたつ回復能力を持つスライム。それ以外じゃ商売敵にすらならないし……私は小さく笑った。
カーン!カーン!カーン!
「ん?何この鐘の音?」
私が内心で黒い事を考えていると、外から鐘を何度も叩く音がした。鐘なんてあったっけ?と思いつつ外に出てみると何だか慌しい。
「何かあったんですか?」
「モンスターの襲撃だ!複数種類のモンスターが群れで拠点に向かってきているらしい!」
拠点防衛戦か……面倒な時に来たね。今、探索の多くは素材収集やダンジョン攻略で出払っている。今拠点にいる人に戦闘が得意な人は少ない……建物の修復優先で防衛設備は薄いしタイミングが悪い。
(これは私たちも戦闘に参加しよう……これでもシンフォニアまで行ってるんだから)
「皆。モンスター倒しに行こ……って、レモンとアセロラはやる気満々だね」
「ビリリリリ!」
「メララララ!」
戦闘できてなくてストレス溜まってたのかな……周りの迷惑にならない程度に暴れさせようか。
「あれが襲ってきているモンスターたちか……黒いね」
「ブヒィィィ!」
「ギュイイイ!」
「ゴブゥゥゥ!」
「ピュキィィ!」
拠点を襲いに来たモンスターは真っ黒で目が真っ赤なイノシシ、ウサギ、ゴブリン……そしてスライム。スライムはただ真っ黒になっただけだから手抜き感が凄い。目もないから全身真っ黒だし。
「こっち側はまだ人が居ないね。時間稼ぎのために暴れよう」
こっちは拠点を直すのに伐採して木が少ないから焼き払うか。私はアセロラに火炎放射の指示を出そうとした。その時、向かってくるモンスター……その中のスライムたちの様子がおかしくなった。
「ピュキ?」
「ピュキピュキ?」
なんかスライムたちの視線?が私に集中していた……特に私が腰に付けてる聖書(なんか腰に聖書をぶら下げられる場所があったから付けてあった。なんかイベントにも持ち込めてた)に集中している。
「ピュキ?ピュキピュキ」
「ピュキ……ピュキィピュキ」
スライムたちは身を寄せ合うとなんか相談し始めていた。変な光景過ぎてプレイヤー側もモンスター側も動きを止めている。変な空間が広がる中、スライムたちは相談を止め……帰っていった。
「「「「「えぇー!?なんか帰っていったんだけど!!?」」」」」
チラホラ集まってきたプレイヤーたちはタイミングを合わせたかのように驚きの声をあげた。モンスター側もスライムたちが帰ってしまったことに戸惑っているようだった。
(えーと、どういうこと?私が原因なんだろうけど……さっぱり分からない)
この装備のおかげでスライムに襲われにくくはなってるけど……帰っていくとは思わなかった。
「まぁ、いいや。アセロラ焼き払え!」
「メララララ!!」
私はモンスターたちの動きが止まっている隙にアセロラに攻撃指示を出す。スライムたちの異変のせいでチャージして吐き出せずにいたアセロラは一気に炎を吹き出した。
「ブヒィィィ!?」
「ギュイイイ!?」
「ゴブゥゥゥ!?」
「「「うわぁ……エゲツな……」」」
モンスター側から悲鳴、プレイヤー側からドン引きの言葉を受けつつ防衛戦が始まった。
黒スラ1
「なんか攻撃しちゃいけない人居ない?どうする?」
黒スラ2
「他の奴狙う?でもあの人巻き込むかも?」
黒スラ3
「じゃあ帰ろうよ。怒られたくないしー」
黒スラ1&黒スラ2
「「異議無し」」




