57 お嬢様、脱出方法を考える
脱出方法か連絡方法を考えよう、という私に、王子は訝しそうにこちらを見た。
「連絡方法? 連絡の取りようがないが……」
王子にそう言われれば、まあそうなのだけれど。
「君、そのポケットにはほかに何か入っているのか?」
私はマウンテンパーカのポケットを探す。
出てきたのはくしゃくしゃになったウォークラリーの地図、それと別のポケットから銀色のライター、ペンライト。
「オイルライター? また物騒なものを」
「これも知人が入れてくれたんです」
「君の知人は老齢の男性なのか……。使い方なんてわかるのか?」
「いえ、同い年の方ですけれど。使い方はよく知りません」
銀色のオイルライターを王子に差し出すと、カチャリ、と蓋を開ける。
「……いい品だ。もらったのでないなら、きちんと返した方がいい」
「そうなのですか。――もちろん、無事戻れたら返すつもりです」
ライターって、火をつけるものよね。これがあれば火をつけられる。
役に立たない地図もある。
あたりを見回すと、流木もかなり見受けられた。
「……あ、そうだ。焚き火でもしますか? 北大路様、濡れてますよね? 寒くないですか?」
「焚き火って……」
「流木がありますし、焚き付けにはこの地図が使えます」
「あまり洞窟内で焚き火はおすすめしないが」
換気が悪い、ということだろうか。
確かに、奥の方に何かガスが溜まっていても危ないかもしれない。
「じゃあ、入り口付近ならどうですか? 脱出できそうにないのなら、まずは服を乾かした方がいいですよね」
「そうしているうちに水につかるんじゃないか? ここが」
「あ、う、そう、ですね……」
「まあ、いいか。君は焚き火したかったらするといい。――そのペンライト、貸してくれないか。奥の方を見てくる」
王子はオイルライターの使い方を簡単に教えてくれた。
私は王子にペンライトを渡し、適当な流木を集めて入り口付近に持っていった。
空間ができるよう適当に組んで、その下のほうにくしゃくしゃの地図を丸めて入れる。
何度か失敗したが、繰り返すと地図に火がついた。
――お、いい感じ?
と思ったが、どうも火は燃え上がらず、すごい煙が上がってくすぶってしまう。
「……やっぱりな。流木じゃ、そうなるよな」
割と早く戻ってきた王子が、煙に燻されて涙目の私を呆れたように見下ろして言った。
流木は普通の薪と違って乾いていないものが多く、火をつけても煙塗れになってしまうことが多いようだ。……知らなかった。
「……わかっていたなら、先に教えてください」
「いや、もしかしたら火がつくのかと思って。――奥は駄目だな。少し下がってるのと、天井が低くなっていて、水が溜まっていた。奥の方からは抜けられそうにない」
「そうですか……」
念のため、王子が持っていた地図も使い、再度試してみたが、やっぱり煙塗れになるだけだった。
咳き込む王子に謝る。
――す、すみません……。
「その四次元ポケットからロープとか出てこないのか」
「さすがに出てきませんねえ」
煙に燻されて目をしょぼしょぼさせながら、答える。
「……冗談だ」
じょ、冗談なの……? どこですか、笑うところ。
王子が、入り口付近から上を見上げた。
「……登るか」
「できそうですか?」
「やってみる。……手を縛っていた縄、長さはあるか」
「どうでしょう。繋げたら、少しは。ただ、強度的には支えるほどではない気がしますね」
自分たちの手を縛っていた縄を拾い集め、二人分を繋げてこぶにしながら結んでみる。うぅん、思っていたよりは長いけど、崖登りに耐えられるほどの長さと強度なのかはわからないわね……。
王子がまとめた縄を腕に巻き、立ち上がった。
「とりあえず、俺が登ってみる。君は下で待っていてくれ。行けそうなら縄を垂らすから、ガイドにして登ってくれ。無理そうなら助けを呼んでくる」
「あの。大丈夫、ですか?」
つい、言わずもがなのことを訊いてしまった。
王子は表情も変えずに、軽く首を振った。
「どうかな。室内でのスポーツクライミングの経験はあるけど。実際の岩場は試したことがない。――最悪、落ちても下は海だし、泳いで助けを呼んでくるから」
くすり、ともしないでそんなことを言うので私は笑えなかった。
「……落ちないでくださいよ。あなたが落ちたら、私も泳ぎます」
どうせ、取り残されたら嫌でも泳ぐことになるのだろう。
心臓発作で死なないことを願う。季節としては、そこまで寒くはないはずだけれど。実はさっきから、濡れてしまった足元が寒いのだ。
気温が少し下がってきている気がした。
王子が海の方を見て目を眇めた。
「……日が影ってきたな。日の入りは四時半くらいだ。完全に落ちて動けなくなる前に行かなければ」
差し込む日の光は急速に力を失っていく。
反比例するように、日の光が落ちる海は赤みが差し、奇妙な美しさを増していた。
――こんな時でもなければ、のんびり夕日を眺めていたいのに。
「行ってくる」
「お気をつけて」
足場を探しながら、崖に手をかけた王子をはらはらして見上げた。
潮位は更に増してきていて、もう、洞窟の入り口をひたひたと叩き始めていた。




