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お嬢様は平穏無事な日常をお望みです  作者:
第三章 一年生 春
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〈閑話〉マトリョーシカたち、心配する


「もう、三十分くらいたちますけど……」


 真中は、不安そうな顔で円華が去ったコースの方に目を向ける。

 大原と小田も、少し心配になってきたのか、困ったように小首を傾げた。


「探すのに、時間がかかっているのかしら」

「もうそろそろ戻ってもよい頃合いですよねぇ」


 円華に連絡を取ろうにも、携帯電話を持っていないのだ。

 マトリョーシカたちは今更ながら携帯電話を持っていない人間をひとりで戻らせたことを後悔し出す。


「どうしましょう。円華様は先に行くようおっしゃってましたけど」

「私たちも戻ってみます?」


 真中と小田が迷うようにそう話すと、大原は首を振った。


「行き違いになっても、円華様が困られるでしょう。もう少し待ってみましょう。まだ時間はありますもの」

「そうですね」


 二人はこくり、と頷いて、円華を待つことにした。





◇◇◇






 譲は四組の最終班だった。

 クラス委員の片割れ、男子生徒の嶋津と同じ班で、四組の生徒の最後にスタートすることで、万が一途中で脱落したり迷ったり、というトラブルに巻き込まれたクラスメイトがいればピックアップする役割もあった。

 同じ班のほかの二人には悪いが、ウォークラリーの成績は二の次のところもある。


「その分秀才二人がいるから、クイズは楽勝だね」


 ほか二人の男子生徒はそう言って笑ってくれる。穏やかなメンバーで助かる。のんびりと歩きながら進んだ。特にトラブルがなければ、問題なくゴールできるはずだ。


 まだスタートして間もないが、ひとつ目のチェックポイントに到達する前に、所在なげに立っている三人の女子生徒に出くわす。

 円華と同じ班の真中、小田、大原の三人だった。


 ずいぶん前にスタートしているはずだ。円華の姿がないことに嫌な予感がした。


「真中くんたち、どうしたの?」


 声をかけると、三人ともほっとした表情を見せた。


「ああ、久遠様。円華様とすれ違いませんでした?」

「いや。――紫野くん、どうかしたの」


 大原が困ったように小首を傾げる。


「いえ、おかしいですね。スタート地点に戻っているはずなんですけど……」


 事情を聞くと、真中が落としてしまったチェックカードを取りに戻ったらしい。

 譲は内心で頭を抱えたくなった。


 ――これはどこかで、完全に迷っている。


「え、でも、ここまで一本道でしたでしょう? 迷うようなところ、ありました?」


 小田が不安げにそう言った。


「あの人のことだ。絶対に迷ってる」

「ぜ、絶対に、って久遠様……、そんな」

「入学初日を忘れたの? 校内でさえ、迷子になる人だよ?」

「ああ……」


 三人は思い出したように、黙りこんだ。


 譲は溜め息を吐く。

 地図もあるし、真中たち三人が一緒なら大丈夫だと思った自分が甘かった。

 これならどうやっても同じ班になっておくんだった、と思う。


「とりあえず、真中くんたちは先に行っててよ。僕が捜してくるから。何かあったら僕の携帯に連絡して」


 嶋津たちに三人と一緒に先に行ってもらうようにお願いして、譲はとりあえず来た道を戻る。


 行き違いになっただけかもしれないので念のため、スタート地点や本部に戻ってみるが、やはり円華が戻ってきた形跡はなかった。


 再びコースをひとつめのチェックポイントの方へ向かって歩き出す。

 きっと、近道のつもりでどこかの脇道に入ったのだ。円華の思考回路は手に取るようにわかったが、それがどこか、が問題だった。


 地図を見ながら、おそらくここだろう、という小道を見つける。


 方角的にはスタート地点へ向かっているように見えるのだ。ショートカットしよう、と円華が踏み込みそうだった。


 しかし、小道は地図上でもいくつか枝別れしていて、方角を見失うと迷いそうなのは一目瞭然だった。


 しらみ潰しに辿っていくしかないか、と溜め息を吐く。

 あの人は、体力が尽きるまで歩き続けてしまうのだ。迷った、と思った時点で立ち止まってくれていればいいのに。


 譲はいつか自分が言った言葉を再度思い出す。


『なんで、方向音痴の人って、そんなどんどん歩いちゃうんだろうね?』


 そう言った自分に円華はなんと答えたのだったか。

 ――ああ、そうだ。


『本人は迷っているつもりがないからです』


 そう、清々しいくらい真面目にきっぱりと言い切ったのだった。

 今回もそうなんだろうな、と譲は少し遠い目になる。


 ひとつめの行き止まりにはいなかった。

 戻りながら、捜す。

 歩きながらポケットに入れたスマートフォンが震えるのに気づいて、慌てて取り出した。真中からだった。


『もしもし? 久遠様ですか?』

「真中くん? どうした?」

『あの、私たち、今、三つ目のチェックポイントについたんですけど、一組のクラス委員さんがこちらにいて』


 そういえば、三つ目のチェックポイントは鷹雅と、クラス委員の女子生徒が担当だったはずだ。


『円華様、こちらにいらしたみたいなんです』

「えっ?」


 どうしてそうなるのだろう、と譲は不可解な気持ちになる。

 スタート地点へ向かっていたはずなのに、逆走している。


『どうやら道に迷われたらしくて……』


 確かに地図を見ると、三つ目のチェックポイント付近に出られそうな道があった。ずいぶんと迂回した形にはなるが。


『それで、こちらのクラス委員さんに伺ったら、北大路様が送っていかれたらしいんです』

「鷹雅が?」

『北大路様がご一緒なのに、これ以上迷う、というのも考えづらいのですが……』


 どこかで行き違ったのだろうか。


 譲は嶋津にとりあえずそこに残ってもらい、ひとりになってしまった三つ目のチェックポイント担当と一緒に仕事をしてもらえるようお願いする。

 あとの五人には先に進むよう指示した。


 譲はおそらく円華が迷いながら通ったと思われる道を、迷わず通って三つ目のチェックポイントへ向かう。駆けていったから、円華よりは時間がかからなかったはずだ。


 三つ目のチェックポイントに出ると、嶋津と、鷹雅のクラスのクラス委員の女子生徒が待っていた。


「悪いね、嶋津くん」


 譲の班は全員揃っていないので、もはや成績を競う位置にはいない。譲が謝ると、責任感の強いクラス委員は首を振る。


「僕らは構わないよ。でも、紫野くんたち、どうしちゃったんだろう。ただ行き違ってるだけならいいんだけど」

「道に迷ってるだけなら、あまり大事にしたくないんだ。戻ってきたとき可哀想だから。変に噂になっても困るだろうし。少し、先生方に言うのは待ってくれるかな? もう少し、捜してみるから」


 嶋津は素直に頷く。

 北大路と行方をくらました、などと噂になったらあとで円華が別の意味で大変な思いをするだろう、というのは容易に想像できたからだ。


「もし戻ってきたら連絡するよ」

「ああ、頼む」


 譲はそこから二つ目のチェックポイントまで戻るが、そこの担当は二人を見ていないという。

 先ほどから鷹雅の携帯電話に連絡を入れているが、応答がない。


 二つ目のチェックポイントと三つ目のチェックポイントの間を再び戻りながら、脇道などがあるか確認してみる。


 すると、僅かながら道の脇の茂みに乱れがあるように見える箇所を発見する。

 こんな、道でもないところに入り込むだろうか、という疑問はあった。

 

 もう一度鷹雅の携帯電話に連絡を入れると、先ほどは気づかなかったバイブレーションの僅かな振動音がどこかでする気がした。

 それはやはり、茂みの向こうからのようだった。


 譲はそちらに向かって歩いていく。

 僅かな音を頼りに、あたりを捜していくと、木の陰、茂みに隠すように円華のリュックサックと共に鷹雅のものと思われる震え続けるスマートフォンを見つけた。


 譲はスマートフォンの呼び出しを切った。

 飾り気のないその黒の機種は、譲が切ると同時に沈黙する。

 ――紛れもなく、鷹雅の持ち物だった。


 譲が拾い上げると、真っ黒だった画面が反応して起動する。

 そして、自分が以前、鷹雅に頼まれて指紋認証を登録していたことを思い出した。操作すると、音声録音がオンになっていることにすぐ気づく。

 迷うことなく、それを再生した。


 ――あとは周囲の虫や鳥の雑音以外拾えないところまでいって、譲はそれを止める。


 そのまま、自分のスマートフォンを操作した。


「――鈴木さんですか。久遠です」


 北大路に連絡を入れた。鈴木は昔から鷹雅の世話係をしている、北大路の秘書だった。警察に連絡するより、まず北大路に知らせなければ、と思う。

 考えられる可能性から潰さなければならない。

 譲は北大路家の内部のいざこざをよく知っていた。

 子どもの頃、鷹雅が何度か誘拐されたことがある、というのも知っている。

 その犯人が誰か、というのも。


 もし、北大路の身内――分家筋の仕業なら、警察よりも北大路本家、それも信用できる、鷹雅にごく近い者に連絡を取る。その方が対応が早い。

 こういう時、警察というのは大掛かりになる上に初動が遅いことがある。

 鷹雅や円華の今後を考えると、軽々しく警察に連絡を入れられなかった。


「おそらく、鷹雅が攫われました。クリストフォロスの女子生徒がひとり、一緒に連れ去られたと思われます」


 用件を短く伝えると、譲は周囲を見渡した。


 ――三時半を回っていた。遠くに行っていないことを願うしかなかった。


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