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お嬢様は平穏無事な日常をお望みです  作者:
第三章 一年生 春
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56 お嬢様、まずは腹ごしらえ

 

 私はマウンテンパーカーのポケットを探る。

 そこから、菓子の包みを四つ取り出した。

 ――今朝、バスを降りる間際、譲からもらったものだ。


 少し形が潰れてしまっているものもあるが、概ね無事だった。


 ――まずは、腹ごしらえだ。


「どうぞ」


 私は四つあるうちの二つを王子に差し出した。


「……これは?」


 訝しげに王子が私を見返す。

 私はにっこり笑ってそれを渡した。


「カリソン、というお菓子だそうですよ。久遠様がくださいました。いろいろあって食べる暇がなくて。――まずは腹ごしらえでしょう?」


 受け取った王子は複雑そうな表情でそれを見つめた。

 キャンディのように両脇を捻るように包まれた可愛らしいお菓子をそっと開く。

 まるで花びらのような菱形をした、美しいお菓子だった。

 ちょっともちっとした茶色の生地の表面には白く艶やかな糖衣がかかっていた。


 口に運ぶと、もっちりした生地の食感と同時に、アーモンドとフルーツの香りが広がる。これは、オレンジだろうか。果物の砂糖漬けが刻まれて入っていて、独特の食感がある。甘さに、体の疲れが取れていくような気がした。


「……甘いな」


 王子が同じように口にして、顔をしかめた。

 ――甘いものは苦手なのだろうか。


「ひとつでいい。あとは君が食べろよ」

「え。いいんですか?」


 せっかく分けてあげたのに。

 でも、いらないというならありがたくいただこう。

 思わずにこにこして受け取ってしまう。


「……こういう状況で何か食べよう、というのが……」


 王子は不可解そうに眉を寄せた。

 私は大切に味わいながら、言い返す。


「こういう状況だからです。腹が減っては、という言葉がありますでしょう?」

「……ずいぶんと落ち着いているな」

「目隠しも手の拘束も外れて、一応の現在地の状況は確認しています。あとは脱出するだけでしょう?」


 さすがに何も状況がわからない時は焦ったが、泣き喚いたところで王子を困らせるだけだろう。それよりも美味しいものを食べて嬉しい気分になった方がいい。


「……脱出するだけ……。脱出できないかもしれないだろう?」

「できなくても、必ず迎えが来ます」

「必ず?」

「えぇ。だって、久遠様がいますもの。必ず見つけてくださいますよ」


 王子が皮肉げに小さく笑った。


「ずいぶんと信用しているんだな? 会ってそれほど経ってないだろう」


 私はくすり、と笑った。

 ――そうだろう。他の人にとっては。


「……あなたにお話ししても理解できないと思いますよ。信じないでしょうし。――でも私は彼を信じていますから」

「……そうか」


 王子は軽く息を吐いた。


「あなたこそ。ずいぶんと落ち着いているように見えます。もう少し、慌ててもよろしいのでは?」


 王子は捕まった時から終始落ち着いていた。笑顔を見せることはしないけれど、声を荒らげたりしないし、常に落ち着いて冷静だった。


「……昔、何度か誘拐されたことがある」

「えっ……」

「だから、まあ、慣れてはいる、のかもしれない」

「そ、そういうの、慣れるものですか……?」


 そこで、初めて王子は口元を緩めたように見えた。


 えっ。今、笑った?


「その菓子。カリソン、って言ったか」


 突然の話題変更に、私はわけがわからないながら頷く。


「え、えぇ……。そう聞きました、けれど」

「なら、プロヴァンスの別荘に昔行った時、桜子にねだられて買ったことがある」

「プロヴァンス……?」


 桜子、とは姫宮様のことだろうか。

 ――そうか、この人、お姉様の婚約者でしたっけ。そういえば。


「フランスだ。南仏の菓子なんだよ。プロヴァンスにはよく売っていて、菓子工房なんかも見学した」

「そう、なのですか」

「桜子が言っていた。カリソンは『しあわせのお菓子なんですよ』って」

「しあわせ……?」


 そこで簡単に菓子にまつわる話をしてくれた。


 十三世紀のフランス、ルネ王の王妃ジャンヌは美しいけれど、笑顔のない人だった。王は婚礼の式で王妃の笑顔を見たくて、菓子職人に作らせたのがこの菓子だったそうだ。


「『カリソン』には諸説あるそうだが、Diディ Calinカリン sounスン……『抱擁』って意味らしいな」

「ほうよう……」

「あいつ、どういうつもりでこの菓子を君にやったんだか」


 ――ほうよう、って、抱擁のこと?

 私は急に恥ずかしくなる。知らず知らず、顔が熱くなる。

 ……でも、そう。お菓子を食べたことで少し元気も出た。

 譲にきっと、私は守られている。


「――君の言う通りだ」

「はい?」

「……携帯電話を置いてきたろう」


 携帯電話……、ああ、捕まる時に。

 私のリュックと一緒に捨てられたんだった。


「あれに気づけば、あいつもただ俺たちが道に迷ってるんじゃないって気づくはずだ。遅かれ早かれきっと、ここにたどり着く。俺の携帯電話は桜子と譲の指紋認証を入れてあるから」

「しもん……、えぇと、本人ではなく、使えるようにってことですか?」


 家族でもないのに。

 王子は今度こそ、本当に軽く笑ったようだった。


「そうだ。俺に何かあった時、あの二人だけは俺の携帯電話が開けるようにしてある」


 それは。それこそ、ずいぶん信用している、ということだ。


「――すまなかったな。たぶん、俺の誘拐に君は巻き込まれたんだ」

「あ、えぇと、それはなんとなく気づいておりました……。でも、私がいなければ、あなたひとりで逃げられましたよね? そう言う意味では私のせいでもあります」

「君が気に病む必要はない。――俺の、せいだ」

「あの……、何か心当たりがあるのですか? その、誘拐した犯人、の正体とか」


 でなければ、こんな断定する口調になるはずがない。

 携帯電話にしたって、何か起こるかもしれないと、想定していたからなのかもしれない。でなければ、家族でもない人の指紋認証の登録などするだろうか。


「……さあな。はっきりとはわからない。これでも実家は金持ちだからな。狙われる理由はいくらでもある。それこそ分家筋、なんかは怪しいがな。身内も信用できないんだ」


 軽い口調だった。

 ――わからなくもなかった。ヴァイオレットは狙われることもあったから。

 

「君はどう思う? 今回のこと」


 急に尋ねられて、一瞬口ごもる。

 王子は身内を疑っているのかもしれないけれど。


「あの、言ってはなんですが、ずいぶんと杜撰な計画だな、と……」


 ちょっとだけ目を上げて、王子が先を促した。


「私は本当に携帯電話は持っていないのですが――」

「持ってないのか……。もしかしたら、その四次元ポケットみたいなポケットから携帯電話も出てくると思った。だから、落ち着いてるんだと」

「よじげん……?」

「……知らないのか? 猫型ロボットの」

「? 知りません」


 王子が驚いたように私を見るが、溜め息を吐いて先を続けろ、と言われる。


「きちんと身体検査するべきでしたよね? なんでしたっけ、持ってると場所とかわかる機能があるとか……?」


 円華は携帯電話を持っていないから、詳しい機能については私もわからない。ただ、円華の記憶を探るとそんなことに思い至るから、一般的な知識なのだろう。


「GPSだな。電源が入っていればわかるだろうな」

「犯人の方たち、抜けてますよね? まあ、リュックに入っていると思ったんでしょうけれど。それに、足や口を拘束しないのは致命的ですね。担いで運ぶんだから拘束すればいいのに。途中で叫び声を上げたら面倒でしょうに。それと、今、見張りを立てていないことも。逃げ出すかもしれないし、放置したら命に関わるかもしれないのに」


 そもそも、誘拐は身代金目当てだろう。それにはまず、人質の身の安全が第一条件ではないだろうか。それなのに、こんな水につかるような場所に放置していくなんて。

 私は考えられる限りの杜撰な点を挙げた。これだけ見ても、プロの仕業とは思いにくい。

 私の意見を聞いて、王子も頷いた。


「俺が気になっていたのは、セキュリティが高い敷地のはずなんだが、簡単に車で侵入してるってことだ。本来、俺たち学院関係者しか敷地内に入れないはずなんだ」


 しかし、彼らは車で侵入している。徒歩なら紛れることも可能だが、車の通れるゲートは限られている。


「学院関係者が手引きしたってことですか?」

「……いくらでも入る隙はあるのかもしれないが。――可能性としては」


 私は顔をしかめた。

 あまり、考えたくない可能性だ。


「まあ、いずれにしてもここでのんびり話しているだけ、ってわけにもいくまい。脱出方法を考えよう」

「もしくは連絡方法ですね」


次話に閑話が入ります。その頃のマトリョーシカと譲たちの様子です。

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