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お嬢様は平穏無事な日常をお望みです  作者:
第三章 一年生 春
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53 お嬢様、ウォークラリーに参加する


 お昼は用意してあったお弁当を配って、グループごとに各々自由に食べる。

 お弁当を配るのもお仕事だ。クラス委員二人と、譲と私で手分けして配り、マトリョーシカたちと美味しいお弁当を堪能した。


 そして、午後からはウォークラリーだった。

 この保養所の敷地はかなり広いので、いくつかチェックポイントを設けてビーチまで含めた敷地内を巡るコースが設定されている。チェックポイントでは簡単なクイズもあって、設定時間内でクイズを解きながらチェックポイントでスタンプを押してもらいゴールまで行く。チェックポイントをきちんと通過しているか、クイズの正答率、ゴールタイムなどをポイント化して合計ポイントで順位を競うそうだ。


 順位もあるが、ウォーキングしながらクイズを解いていく楽しさを味わうレクリエーションのようで、そこまで真剣に速さを競うものでもない。早く到着しすぎてもマイナスポイント、というからゆったり遊べるものなのだろう。

 グループの親睦を深めることが目的なのだ。

 だいたい一時間から二時間程度でこなせるコースになっている。


 クラス委員や事務局員にはチェックポイントに交代で立ち、やってくる生徒にクイズを出し、スタンプを押す仕事があった。

 一から三組が前半、四から七組が後半という具合に時間差でスタートし、私たちも参加できるようになっていた。さらにクラスの中でも一斉にではなくグループごとに時間差でスタートする。スタートまでの待ち時間や、早くゴールしたグループはそのあとの時間が自由時間となっていた。

 遅くとも午後五時くらいには全クラス帰ってくる予定だ。その後は夕食のバーベキューを皆で行う。

 ゆるめのスケジューリングで無理なく楽しくこなせるように計画されている。


 私は四組なので、スタートは少し後だった。

 先に指定されたチェックポイントで仕事をこなした。


「紫野様、交代しますよ」

「はい。よろしくお願いしますね」


 午後二時頃、予定通り二組のクラス委員と交代して、スタート地点に向かった。

 宿泊施設前の広場がスタート地点だ。

 一緒に仕事をしていたクラス委員と戻ると、待っていたマトリョーシカたちが手を振ってくれる。


「円華様!」


 水分補給できるように、皆水筒持参だ。小さめのリュックサックを持ってきていたからそれに詰め、準備は万端。


「何時スタートでしたっけ?」


 小田様がおっとりと腕時計を見ながら尋ねた。

 私はスタート予定の一覧表を取り出し、確認する。私たちは三班で、午後二時二十分スタート予定だ。


「二時二十分ですね」

「ああ、ではもうすぐです。スタートのチェックをしてもらいましょう」


 チェックカードにスタート地点のスタンプを押してもらって、いざスタートだ。

 ひとつめのチェックポイントまで皆で地図を見ながら、ゆっくり歩き出す。

 全部で十カ所回る予定だ。

 私もチェックポイントで仕事はしていたので、そこの場所だけはわかるが、ほかの地点には行っていない。地図を見ないと、詳しい場所がわからなかった。

 ちなみにクイズは前半と後半で出題されるものを変えているので、私も内容はわかっていない。クラス委員や事務局員だからといって得をすることもないし、きちんと楽しめるような配慮がされていた。


 楽しくお話ししながら十分くらい歩いたところだろうか、まだひとつめのチェックポイントにはついていないところだった。

 一緒に歩いていた真中様がふと、立ち止まった。


「……あら」


 困ったようにあたりをキョロキョロしている。


「真中様、どうかされました?」

「いえ、すみません。私、チェックカードをどこかに落としてしまったようですわ」

「まあ」


 私たちも立ち止まってあたりを捜す。

 荷物やポケットも探るが、近くにはないようだった。


「私、ちょっと戻りながら捜してみます。皆様、どうぞお先に進んでいらして。すぐに追いつきますから」


 真中様がすまなそうにそう言った。


「あ、でしたら私のチェックカードをお持ちになって先に行っていてください。私が戻りますよ」


 私は自分のチェックカードを真中様に渡した。


「え、でも、そんな。落としたのは私ですし。悪いですわ」

「いいえ。もし道中見つからなかったら、新しいものが必要ですよね? 私、本部で予備があるところもわかりますから、なかったらもらってきますよ」


 真中様がひとりで戻るのでは、予備をもらいに行ったりが手間だろう。私が戻る方が早い。


「紫野様、では私も一緒に――」

「大丈夫ですよ。すぐに戻ります」


 スタートしてまだ間もない地点だったから、すぐに戻れるだろう。

 申し訳なさそうにする真中様を二人に預けて、私は駆け出した。

 一度通った道だから、迷いようがない、と思ったのだ。


 ――この時は。






◇◇◇






 ――はい。お忘れですか? 私が方向音痴だということを……。

 私自身、忘れておりましたよ……。


「えぇと……、もしや、ま、迷った? なんて……。うふ、うふふ……」


 鬱蒼とする木立の中、春の涼やかな風が吹き抜けていく。

 立ち止まって、途方に暮れた。


 手にしたウォークラリーの地図をぐるぐる回して見るが、現在地がどこだかわからないのだから当然、地図など役に立たない。


 何がいけなかったのだろう。

 ――やっぱり、あれかしら。近道しようと、地図のスタート地点へショートカットできる(と思った)小道に入ったことだろうか。


 ということは、スタート地点付近にはいるはずなのだが。

 二十分くらい歩いているような気がするが、一向にそれらしき場所に出ない。


 歩いてきた小道は目の前で途切れていて、それ以上先にいけなかった。あたりは鬱蒼とした木々に囲まれていて、太陽の位置もよくわからない。人のざわめきなどが聞こえてもいいはずだが、長閑な鳥の囀り以外聞こえない。

 ――静かだ。


 まずい。これでは完全に遭難になってしまう。


 私は入学初日に校内で迷った時のことを思い出した。

 うん、あの時は譲が止めてくれたのよね……。


 今回は譲の目に触れないところで迷ってしまったのだ。しかも、校内よりも広大な敷地で。

 さすがに敷地から出ることはないと思うが……。正しい道に戻れるだろうか?


 とりあえず、来た道を引き返すことにした。入ってきた小道から元の道まで戻れれば、時間はかかるがスタート地点へも戻れるだろう。

 早く戻らないと、マトリョーシカたちが心配する。


 私は無駄になった地図を握りしめ、さっき来た小道を引き返した。






 ――引き返した、と思ったのだけれど……。


 別の分かれ道があって、そこも間違えたようだ。

 かろうじて散策用の整備された小道だったので、歩くのはそれほど不自由しなかったが、完全に現在地がわからない状態でひたすら歩く。


 ――なぜ、人とすれ違わないのだろう……。


 ここには二百人以上の高校生がうろうろしているはずなのに。

 なぜ、一切人に出会わないのよ!?


 さらに三十分くらいうろうろと迷った後だろうか。

 道の先がぽかり、と明るくなっているのが見えた。

 微かに人の声も聞こえる気がする。


 ――ひ、人だ!


 慌てて駆け出す。


 ぽん、と小道の先に飛び出すと、びっくりしたような男女四人の高校生ぐらいのグループに出会った。


「あ、あの……っ! 聖クリストフォロス学院の生徒さんですか……!?」


 ゼエゼエ息を切らしながら勢いこんで話しかけると、相手は驚いたように私を見て頷いた。

 

「え、は、はい。そうですけど……?」

「よ、良かった~……!」


 はあ、と大きく息を吐いて思わずその場に座りこみそうになるほど安堵した。

 違うクラスの人たちだったが、事情を話すと笑いながら、次のチェックポイントがすぐだから、と連れていってくれた。

 

 ぐるぐるしている間にスタート地点とは逆方向、大きく迂回した形で三つ目のチェックポイント付近に出てしまっていたようだ。


「……君は何をやっているんだ?」


 三つ目のチェックポイントにいたのはあろうことか王子――北大路鷹雅だった。

 事情を話すと、王子は呆れたように溜め息を吐きながら冷たい口調でそう言った。


「す、すみません……」


 ……ぐうの音も出ませんことよ。


 ひたすら謝る。


「北大路様。私、しばらくひとりでも大丈夫ですから、送ってさしあげたらいかがですか?」


 また迷っても大変ですし、と王子と同じクラスのクラス委員の女子生徒さんが笑いを堪えるようにしながら、おっとりと提案してくれる。


「も、申し訳も……」


 しどろもどろで謝る私を冷たい目で見下ろしていた王子だったが、クラスメイトのその提案に頷いて、スタート地点まで送ってくれることになった。

 送ってくれたグループの人たちは当然その先に進む。それを見送って、コースを逆に戻る。


 ――うぅ。二人きりか。き、気まずいわ……。


 ただ、贅沢を言える立場ではない。

 無言で歩く王子の後について歩き出した。


 しばらく、王子の後について、てくてくと歩く。

 世間話などしない人だから、ひたすら耳に痛いくらいの沈黙が落ちる。

 長閑な鳥の声と、時折すれ違う高校生たちの笑い声。

 話しかけてくる人もいたけれど、スタッフの腕章を王子がつけているし、本部に用があって戻る、と告げれば皆あまり不思議そうにはしない。それよりも、ウォークラリーに夢中になっているようで、さほど突っ込まれなかったことだけが幸いだった。


 ああ、もう今日は一生分歩いた気がする……。

 時刻は三時をとうに回ってしまっている。

 マトリョーシカたちは心配しているだろう。申し訳ない……。


 そんな居たたまれなさに苛まれながら歩いていると、ふと道の近くの茂みからガサッと物音がした気がした。思わず立ち止まる。


 ――ヴァイオレットだった時の習い性で、野生動物などが飛び出してくるのではないかとつい身構えてしまう。


「どうかしたか?」


 立ち止まった私を不審に思ったのか、王子が振り返る。

 

 ――そうだ。前世と違って、こんな人の手が入ったところに危険な野生動物などいるはずがない。まあ、栗鼠とかなら可愛いし見たいけれど……。


「いえ、なんでもありません。気のせいのようでした」


 王子が頷いて再び歩き出す。それについて行こうとした瞬間。

 

 ――私は、茂みに引きずり込まれていた。


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