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お嬢様は平穏無事な日常をお望みです  作者:
第三章 一年生 春
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52 お嬢様、工房見学


 初日の午前中、オリエンテーションを終えるとまずは割り振られた部屋へ荷物を置きに行った。


「あら、結構いいお部屋ですね」

「中学の時はもう少し広いお部屋でしたもの」


 マトリョーシカたちと四人部屋だった。

 ベッドが四つあるだけのシンプルな部屋だが、各部屋にシャワールームやお手洗いもついていて、ベッドはふかふかとした布団にパリッとした白のシーツがかけられている。テレビなども完備されていて普通のホテルのようだ。


 マトリョーシカ三人組によると、小中学校でも似たような行事はあったが、もう少し大部屋でみんなで泊まるようになっており、合宿所のような雰囲気だったという。

 この施設内にはそういった大人数向けの宿泊施設もあるそうだ。

 用途や金額によって使い分けているのだろう。


 その後、昼までは各班、事前に選んであったプログラムをこなす。

 さまざまなコースから選ぶことができた。


 紙漉きや、陶器への絵付け、陶芸、吹きガラス、籠作り、機織りなど工芸系の体験が多いが、キャンプ場での火おこし体験、なんていう変わり種もあった。

 ――どれも、楽しそう。


 私たちの班は吹きガラス体験を選んでいた。

 敷地内にある工房で熱したガラスを吹いて、グラスを作るそうだ。


 指定の工房へ行って、同じようにこの体験プログラムを選択した他のグループと一緒に説明を聞いた。何カ所かに別れて、作るグラスの形や色を選んでいく。それから実際に班ごと順番に体験していく。

 順番が来るまでは工房の作品を見学したりして、待つ時間も楽しめるようになっていた。……ガラスって、綺麗ね。こんな簡単に体験できるなんて贅沢だわ。


「円華様はどんなお色にしました?」


 待っている間、マトリョーシカたちと盛り上がる。


「私は紫と薄い青のロックグラスにしました。真中様は?」

「私は赤と白にしてみました。大原様は?」

「緑と黄色です。小田様は?」

「青とピンクです。上手にできるかしら……」

「頑張りましょう。出来上がるのが楽しみですね」


 吹きガラスのグラスは一日ほど冷やす必要があり、すぐにはできないそうだ。明日帰りに受け取る予定になっていた。

 

 私たちの順番が回ってきて、インストラクターの先生の指導に従ってひとりずつ、体験していくことになった。


「では『宙吹き』という作業をします。まず、溶鉱炉で溶かしたガラスを吹き竿の先で巻き取ります」


 溶鉱炉のそばは熱気がすごい。炉の中の温度は千三百度にもなるという。

 これは、真夏は大変だろう。

 先生が横でサポートしてくれながら、オレンジ色に染まって、まるで水飴のように粘度のある熱そうなガラスを巻き取る。


「リンで形を整えます。これをリンがけ、といいますが」


 半球状のお椀のような、鉄製のリンと呼ばれるものに竿の先を置いて、くるくると回しながら竿の先に巻きついたふにゃふにゃしたガラスを丸く整えていく。

 回し続けないと柔らかいガラスは垂れて落ちてしまうそうで、ひたすら回し続ける。

 た、大変……!


「なんだか、線香花火の先みたいですねえ」


 私がくるくると回しているのを見て、真中様が楽しそうに言った。竿の先に巻きついているガラスがオレンジ色の玉のように見え、線香花火のように見えるようだ。……線香花火、ってどんなのかしら?


「先ほど見せたように竿に息を吹き込んでください」


 ……あっ、結構大変! 

 かなり強めに息を吹き込まないとうまく膨らまない。


「円華様、頑張ってください!」


 マトリョーシカたちが応援してくれるのに励まされて、ふうっと息を吹き込む。


 炉で温め、息を吹き込んでリンがけ、を何度か繰り返す。

 やっと、綺麗に丸くなってきたかしら?

 そしてまた炉で熱してから、最初に選んだ色の小さな色ガラスの上を転がして表面にくっつけて、再び宙吹き。転がしてくっついた色ガラスは模様になるようだ。

 だんだんガラスの温度が下がってきたのか透明度が増して、再度宙吹きすることによって丸く大きくなっていく。


「はい、そのあたりで。こちらに移動してください。グラスの底を成形します」


 ある程度膨らんだところで、今度は鉄製の台がついたベンチに座って、竿を鉄の台に横にして乗せる。グラスの底に当たる部分にへらのようなものを当てながら竿をころころと転がす。

 ……うん、なんとなくグラスっぽくなってきたような。


「洋ばしで挟んでくびれを作ります。飲み口になる方ですね」


 先生が位置を指示してくれて、グラスの底部分が平らになったところで、それとは反対側、飲み口になる方を大きなピンセットのようなもので挟んで竿をくるくる回しながらくびれを作った。


「底になる方にポンテ竿をつけて、竿を付け替えます」


 熱した少量のガラスが先についた吹き竿よりも短いポンテ竿という竿を、底の方につける。くびれ部分に洋ばしを当てて傷をつけ、挟んだまま竿を少し持ち上げてトン、と台座に落とすようにすると振動でくびれからグラスが取れて、ポンテ竿の方に付け替わった。

 

 すごい……! 簡単に取れた……!


「飲み口を広げます」


 再び熱してから、竿が取れて穴が開いたところに洋ばしを差し込んで、くるくると回しながら口を広げていく。


 ――先生は簡単にやってらっしゃったけれど、む、難しいわ……!


 へにょん、と変な形に広がっていくのを先生が軽く笑いながら手を添え、ささっと手直ししてくれた。


 うん、さすがですわ……。ありがとうございます。


「はい、完成です!」


 綺麗なグラスがついた竿を掲げる。紫と薄青の模様がついた透明なグラスが先端についている。……少々不格好ですけれど。綺麗。


 おおー、と言いながらマトリョーシカ三人組が拍手してくれる。


「あとはポンテ竿を外して、徐冷炉で冷ましてから、明日お渡しします」


 でき上がったグラスは、熱せられてオレンジ色だった時と比べて透明になり、すっかり温度も下がっているように見えるけれど、これでも六百から七百度ほどあるそうだ。それを外気で冷ますと急激に冷えすぎて、温度差で割れてしまうらしい。徐冷炉、といっても五百度ほどあって、これを夕方に火を落として徐々に温度を下げることによってゆっくりと冷えていくのだ。


 ……手間がかかっているのね。

 でも、本来なら職人さんや作家さんしかできない工程を体験できるのは楽しかった。前世では身分が完全にわかれてしまっていて、工房に足を踏み入れたり、ましてや実際に体験するなんて、とても難しいことだったから。こうしてエッセンスだけでも体験できるのは貴重だ。

 それに、なんにしても、自分の手で何かを作ることは理屈なしに楽しいのだ。


 同じ作業をマトリョーシカたち三人も順番にやったけれど、同じことをしているのに人が体験しているのを見るのも楽しい。きゃあきゃあ言いながら、無事四人ともグラスが完成した。

 明日のお渡しが楽しみだわ!



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