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お嬢様は平穏無事な日常をお望みです  作者:
第三章 一年生 春
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51 お嬢様、宿泊研修に行く

 

 そうして、翌週末、宿泊研修がやってきた。

 まずは学校に集合して、バスで宿泊施設まで移動するらしい。

 サービスエリアでの休憩を含めて二時間弱程度で到着する予定だ。

 この時期、一年生は海の近くの施設、二年生は高原の施設で一泊二日の研修となる。ちなみに三年生は修学旅行に行っている。


「円華様、今日のお召し物、素敵ですね」


 バスで隣の席になったマトリョーシカ三人組の真中様に褒められてしまった。


「ありがとうございます」


 蛍のお友達、デザイン科の四人組にあれこれ選んでもらった一揃えだ。

 一泊二日だから二セット用意してくれた。






◇◇◇






「初日はこれかなー。ロングのTシャツとカットソーのレイヤード。細身のカーペンターパンツと合わせて、オーソドックスに」

「遊び心少なくない?」

「Tシャツのデザインでちょっと遊んでるからいいんじゃない? 濃いめのカラーで切り返しもあるからデザイン的には結構いいと思うけど」

「学校行事だしねー。あんまり変わったのよりは、少し落ち着いてる方がいいと思う。キレイ目でお嬢様っぽいし」

「じゃあ、二日目はこっちかなー。シャツワンピに黒のパンツ」

「カーキ? 地味じゃね?」

「あ、シャツワンピならこれにしよう! 赤のグラデ!」

「うーん、派手じゃない?」

「着ればそんなことないよ。上にオレンジの薄手マウンテンパーカ合わせるし」

「ああ、このくすみ、いい色だよね。街でもいける。デザイン可愛いし」

「有名メーカーと遜色ない生地探すの苦労したんだよね」

「インナーは?」

「アウトドアだからウールかなー」

「あ、このブライトイエローは? 裾と袖口がぼかしのアッシュブラウンになってるやつ」

「それ化繊じゃね?」

「ウールとの混合。素材はいいんだよ、これ。逆にウール100%よりちょっと高かったんだ」

「暑いかな」

「や、四月末だろ? 寒いかもしれないし。ウール混なら発汗性いいから、アウター脱げば逆に涼しいよ」

「スニーカーは?」

「ハットと色合わせよう。このライン入りのやつ」

「これならどっちの服でもいけるね。二日間履いてもいい」

「あとさあとさ……」


 ――といった具合に延々続いたのだ。怒涛のような単語の羅列に、思い返してみてもどれが誰の発言かわからない……。


 ひたすら試着し、脱ぎ、試着し……、を繰り返したのだ。途中で私はよくわからなくなった。

 最終的には、試着姿をスマートフォンのカメラでバシャバシャ撮っていた蛍のOKが出たものをそのまま着てきた。寝着ともうひと揃えの着替えは鞄に詰めて。






◇◇◇






「そのマウンテンパーカ、素敵なお色。どちらでお求めになったのですか?」

「一点ものなんだそうです。知り合いがデザインしたもので」

「まあ……! どうりで。いいお品ですね」


 真中様に褒めてもらえて、とりあえずほっとする。

 乗り込んだバスは動き出した。


 ……実は、バスには少し緊張している。

 車とは、……えぇと、その、相性が良くない気がして。

 一応、凌久が用意してくれた酔い止めを飲んできているから大丈夫だとは思うけれど。密かにエチケット袋も握りしめている。


「円華様? なんだかお顔が青いような……。ご気分でもお悪いのですか?」

「えぇ、大丈夫です。少し酔いやすいたちでして……」

「まあ。では、窓際にお座りになって。窓も少し開けておきましょう。ええ、今日は暖かいので、大丈夫ですよ、そのままで。気分がお悪くなったらすぐにおっしゃってください。あと、これ。酸っぱい飴、口に含まれているとよろしいかもしれませんわ」

「ありがとうございます」

「気が紛れるように、お話ししましょう。円華様の好きな動物はなんですか?」

「動物……、え、ええと、馬、ですかね……?」

「まあ、馬! 私も大好きです! そういえば馬と言えば、先日部活動の時に部長ったら……」


 真中様があれこれと世話を焼いてくれて、楽しくおしゃべりしていたら気も紛れた。優しい方……。


 宿泊研修はほとんどをグループで過ごす。四、五人程度の班分けをしたのだが、男女比は特に気にしなくていい、とのことで、私はマトリョーシカ三人組と一緒にしてもらえた。

 譲があとで不満そうな顔をしていたけれど……、だってあなた、ひとりで女子四人に混じる気なの? 

 マトリョーシカたちが困惑した表情になるのが目に見えていてよ?


「あ、円華様! 海ですわよ!」


 真中様が窓の外を指した。


 左手にきらきらと光を跳ね返す、広く青い海が広がっていた。

 ああ、海、だ。

 綺麗……。


 いよいよ、宿泊施設に到着するようだった。






 そこは海が臨める高台の上にあった。

 聖クリストフォロス学院が所有する保養所で、いくつかのグラウンドや体育館、温水プール、テニスコートなどを完備した広い敷地面積を持つ宿泊施設だった。長期休暇などでは部活動の合宿などにも使われるらしい。学院の生徒を受け入れていないときには一般客も利用するようだ。

 宿泊施設自体は崖の上にあるが、海までもすぐ近いそうだ。海はクリストフォロスのプライベートビーチになっており、ヨット部など実際に海で活動する部活動も利用しやすいそうだ。

 広い駐車場でバスを降りる。


「紫野くん。荷物の受け渡し、手伝ってくれる?」

「ええ」


 降りたところで乗降口付近にいた譲に声をかけられる。クラス委員は宿泊施設の広間の方で生徒の誘導をするらしいから先にそちらにいかないといけないそうだ。生徒会事務局員である譲はそのフォローにあたっている。クラス委員が手が回らないところのカバーをしているのだ。

 私は準備段階ではほとんど手伝えなかったので、ここではできることをしたい。

 譲はバスの側面に収納されていたクラスメイトたちの荷物の取り出しと受け渡し役をするようだ。


「円華様、体調は大丈夫ですか?」


 バスでは隣であれこれ世話を焼いていてくれた真中様が問いかけてくれる。


「ええ、大丈夫です。私、久遠様を手伝ってきますね。いろいろありがとうございました」

「いいえ。酔わずにすんで良かったですわ。では、私たちは先に行っていますね」


 譲が取り出した荷物をクラスメイトたちに渡していく。すべて配り終わり、誰もいなくなったバスの中の座席をくまなく見ながら忘れ物などがないか確認していく。


「僕は右側を見るので、左側を見てもらっていいですか?」

「はい」


 通路を通りながら、確認していく。帽子やハンカチなど、意外と細々したものが座席に取り残されているものだ。見つければ、譲が座席表と照らし合わせて持ち主を確認している。あとで、当人に渡すのだろう。


 すべてチェックし終わり、バスを降りようとしたところで、先を行く私の腕を譲が引いた。


「……どうしたの?」

「これ。良かったら」


 キャンディか何かのような小さな菓子の包みを四つ、そっと渡された。


「あら。おやつ? ありがとう」


 手伝いをした子どもにお駄賃をあげるようだ、とくすり、と笑ってしまう。

 私もお手伝いしましたからね。


「午後に、お腹すいたらこっそり食べてください。ほかの人にはひみつですよ?」


 悪戯っぽく譲も笑う。

 食いしん坊の私のために用意してくれたのか。


「夜、バーベキューって聞いたわよ? 間食なんていいのかしら。お腹をすかせておかないといけないのではなくて?」

「午後にウォークラリーあるんですよ。あなたは絶対途中でお腹がすくから。班が違ってしまったからあまり一緒にいられませんし、あとで渡せるかわからないので、今渡しておきます。それぐらいの量ならバーベキューには影響しませんよ」


 まあ、失礼な。私をどれだけ食いしん坊だと思っているの?

 でも、せっかくくれるというのならもらっておこう。


「ありがとう。――これ、なあに? 飴か何か?」

「カリソンという菓子ですよ。夕べ作ったので」

「……あなた、少しはお休みをきちんと取りなさいよ? ……嬉しいけれど」


 譲は頷くでもなく、ただ微笑んだ。

 休め、という忠告は聞く気がないようだ。

 ワーカホリックな譲に多少呆れながらも、私はその可愛らしい包みをマウンテンパーカのポケットにそっと忍ばせた。


「さ、行きましょうか。オリエンテーションが始まってしまいます」

「ええ」


 歩きながら、譲がどこか眩しいものでも見るようにして言った。


「――今日の服、似合ってますね」

「……ありがとう」


 改めて褒められると嬉しい。……ぜんぶ、借り物ですけれど。

 蛍、感謝するわ。


誤字報告、ありがとうございます! 助かります!


番外編の方、二話更新してます。よろしかったらそちらもどうぞ。


円華はそういえばいつまで全財産百六十二円なのか? という「お小遣いの行方」

https://book1.adouzi.eu.org/n3902hi/9/


桜子の親友、桔梗の葛藤 「桔梗、妥協する」

https://book1.adouzi.eu.org/n3902hi/10/

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