49 お嬢様、異文化交流
「……え? カードが使えない? ほかのキャッシュレス決済は?」
会計の段になって、北大路鷹雅が愕然としたように呟いた。
「……ごめんなさい、王子くん。うち、現金のみなの」
蛍がすまなそうにそう告げた。
「……いや。そうか」
今時の店にしては珍しいようだ。王子は財布を開き、一万円札を取り出して蛍に渡した。
――万札……。高校生が普通に持ってるもの、なの……?
「せめてキャッシュレス決済サービスを入れた方がいいかもね、これからの時代。カード決済に比べたら導入費用は格段に少ないはずだよ」
譲も支払いを済ませながら、蛍にそんなことを言う。
「だよねー。うちの親、古いから。学生の利用も少なくないからさー。検討するよ」
ガシャン、チン、という手打ちのレジスターも珍しいそうだ。おつりを手渡しして、蛍が頷く。
「はい、ありがとうございましたー。また来てね、王子くんも!」
「……ああ。美味しかった。ご馳走様」
存外、素直に王子がそう言う。心なしか微笑んでいる、ような、気もする? 予想していなかったのか、蛍が驚いたように王子を見つめた。
「あ、そ、そう!? それは良かった……! ありがとうございます」
「ああ、じゃあ、また」
――『また』? ほ、本当にまた来る気なの……!? 来なくていい……!
と、いうのはお店には良くないことなので、にっこり笑って頭を下げた。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
王子は頷いて先に店を出ていく。
譲がそれに続こうとして、思い出したように足を止めて振り返った。
「――九時までですよね? あとで迎えに来ます」
「え? いいわよ。戻ってくるの大変でしょう? すぐ近くだもの」
「いえ、暗いので」
「あ、ゆずくん、心配しなくて大丈夫だよ。お兄ちゃんが送ってくから!」
横から蛍が声をかけてくれた。
きゅっ、とみるみる譲の眉が寄せられる。
「……『お兄ちゃん』?」
「うん、あ、帰ってきたー」
今王子が出て行った店の引き戸をガラガラ、と開けて純くんが入ってきた。今日も部活動で遅くなったらしい。
「ただいまー。お、円華、今日初日だったかー。どうだ? やれそうか?」
すっと、譲の脇を通って、スポーツバッグを持った純くんが私に話しかけた。
「えぇ。なんとか」
にっこり笑って、答える。
「あ、譲。純くんが送ってくれるそうだから、待っていなくっても大丈夫よ」
私がひらひらを手を振ると、譲がすっと無表情になって、純くんに視線を移した。
純くんが不思議そうに譲を見返した。
「……誰?」
「お兄ちゃん、失礼よ。お客さんだよ」
「あ? ああ。ありがとうございました……? いや、円華の知り合い? 呼び捨てたろ、今」
「ええ、クラスメイトよ、純くん」
不審そうに見る純くんに、譲が静かに微笑んだ。
――あら。なぜかしら、不機嫌……?
「……そちらも、呼び捨てにする仲なのですか。――はじめまして。久遠譲と申します。僕が彼女を送っていきますから、どうぞ、お気遣いなく」
「いや、幼馴染みだから……。え、何、円華。友達? お前の!? お前が連れてきたの!?」
「たまたまよ、純くん。生徒会関係で、打ち合わせがあったのですって」
「あ、ふーん。そう。へえー」
純くんはなぜだかにやり、と笑って、譲の肩にとん、と手を置く。
「あ、大丈夫だよ、俺、ちゃんと、送ってくから。わざわざ待っててくれなくってさ。高校生だろ、早く帰れよ」
「――あなたも、高校生のように見えますが」
「俺? 俺は高二。蛍と円華のいっこ上ね。――ほら、お前ら、仕事に戻れって。見送りはこれくらいでいいだろ? 君も。食べにきてくれて、ありがとう。またどうぞ!」
有無を言わせずにっこり笑って言った純くんに、譲もひやりとする微笑みを見せた。
「――そうですか。では、今日はこれで。蛍さん、ご馳走様。ご両親にもよろしくお伝えください」
「あ、うん、ありがとう、ゆずくん! またね!」
「はい。それでは、また」
軽く会釈して、譲は店から出て行った。
笑顔で見送ったあと、引き戸が閉まってから純くんが大きく溜め息を吐いた。
「びっくりした……。彼氏かと思うじゃん……なんだ、ただのクラスメイトか……」
純くんの小さな呟きに、蛍がにやり、と笑う。
「くくく、お兄ちゃん、ライバル登場だね~」
「な!? なんだ、それっ!? 早く仕事戻れよ!」
「ふふふ、お兄ちゃん、ゆずくんはねー、円華ちゃんの『特別』なんだよー?」
「トクベツ!? なんだ、それ」
「『特別』は『特別』だよ。ふふふ、お兄ちゃん、何ひとつ勝てなそうだねー。どうする?」
「どうする、って何が!? ああ、もう、うるせえな、蛍! ――俺、飯食って風呂入ってくる!」
ドカドカと足音を立てて店の奥に行ってしまった純くんに、蛍はくくく、と笑みを漏らす。
「慌ててるねー、お兄ちゃん」
「蛍、あんまり純くんをからかうのも迷惑じゃない?」
「いいのよ、面白いから」
蛍は楽しそうに言った。改めて厨房へと向かいながら、蛍が肩を竦める。
「円華ちゃんがうちのお兄ちゃんを選んだなら、それはそれで嬉しいけどな。ゆずくんを見つけちゃったからねー」
「譲はそういうのじゃないわよ?」
「じゃあ、うちのお兄ちゃんは?」
純くん? ――純くんは、蛍のお兄さんで、円華の幼馴染みだ。円華にとっても兄と変わらない存在だ。
「……困らせないで、蛍」
「あらあら。困っちゃったのかー。そっかー。ふむふむ」
「蛍……」
「ふふふ、ごめんごめん。さ、仕事仕事! もうちょいがんばろー!」
「えぇ」
そうして、初日のアルバイトは無事終了した。
アルバイトがない日は生徒会室に寄り、仕事を少しずつ頼まれてこなしていく。データ入力や資料整理などの雑用が多いが、頼ってもらえるのは嬉しい。それに、生徒会室に寄ると、譲の美味しいお菓子とお茶が待っているので、それも密かな楽しみだ。
北大路鷹雅は、会う日と会わない日があるが、会っても初回のように無茶な仕事の振り方をすることはなくなった。頼まれたことがあれば行うが、そもそも先輩方に振られた仕事を私がこなしているので、個人的に何か頼まれることは少ない。
ほかの方々とは世間話もするけれど、基本王子は無口だ。無駄な話に割く労力が惜しいとでも思っているのだろうか。――よく、わからない人、だ。
だいぶ慣れたつもりではいるけれど、まだ彼が生徒会室にいると少し緊張する。
アルバイトの方も、少しずつ慣れてきた。
まだ、お好み焼きを焼くのは合格点が出ないけれど。
アルバイトの日、夜終わり頃の時間になると譲が来るようになった。
――送ってくれなくっていいって、言ってるのにな。
「別の懸念が出ましたから。……幼馴染みとは、盲点でしたよ」
「……? 何を言っているの?」
「あなたは気にしなくていいです」
「?」
よくわからないことを譲が言う。
店では純くんと会うと何か笑顔で応酬しているけど……、あの譲の笑顔って完全によそ行き紳士スマイルなのよね。大丈夫かしら?
時々、二人一緒に送ってくれる。
……意外と、仲良し、なの……?
「あ、そうだー、円華ちゃん。明日の日曜日、予定ある?」
土曜日のアルバイト帰り、蛍にそう訊かれた。
翌週の半ばにはゴールデンウィークも始まり、宿泊研修も控えている。荷物をそろそろ準備もしなければ、とは思っているが一泊二日ではそれほど持っていくものもない。日曜日いっぱいかけてすることでもないので、ほかにこれといった用事はなかった。
「いいえ。特に予定はないけれど?」
「あ、じゃあさー。ちょっと付き合ってもらいたいことあるんだけど」
「ええ、構わないわよ」
「十時くらいにうち来れる?」
「えぇ、わかったわ」
翌日の日曜日は蛍の家に行くことになった。
「いらっしゃい、円華ちゃん!」
お店はまだ開店していないが、ドアは開けてくれてあって、暖簾のかかっていない店の方からお邪魔した。奥の階段に続く勝手口の靴脱ぎには家族のものではなさそうな複数の靴があった。
……ほかにも、来客?
出迎えてくれた蛍のあとについて階段を上り、リビングへ上がった。
蛍の部屋の方から幾人かの話し声が響いてくる。
「みんなー! 連れてきたよー! 見て見て私の親友!」
「おー! 噂の!」
「どれどれ!?」
「おおお!?」
そこには、高校生くらいの四人の男女がいた。
私が部屋の入口に立つと、一斉にその視線が集中した。
ギラギラとした視線に、私はたじろいだ。
……ほ、蛍? これは、どちらさまですか?
中のひとりがすっと、立ち上がった。
ロングスカートを穿いているが、見上げるほど背が高い。
まるで深い海のような青い髪に、薄水色の瞳。鼻と唇と左右の耳にピアス。
綺麗に化粧された美しい顔。――ただ、どう見ても、その顔は男性だった。
ぬっと、目の前に顔を近づけられる。
細く長くてひんやりとする指が私の顎を攫った。
「……へぇ?」
やはり、男性の低い声。上から下までじっくりと見つめられ、戸惑う。
にこっと笑われて、どきり、とする。
「いいじゃん。キレイな顔してるね」
すっと、顎にかけられていた指が外され、自らの腰に移る。まるでファッションモデルのように綺麗な立ち姿。その彼(?)が仲間たちを振り返った。
「格好は野暮ったいけど、顔、髪、スタイルは理想的。いいよね?」
全員がギラギラとした顔で頷いた。
……え? な、なんなのですか、一体……?




