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お嬢様は平穏無事な日常をお望みです  作者:
第三章 一年生 春
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〈閑話〉王子、お好み焼きの焼き方を学ぶ

 

 鷹雅は鉄板の前に置かれた丼を眺めたまま、黙り込んでいる。

 それが、途方に暮れているのだと譲にはわかり、笑いを零しそうになる。


「――僕が焼こうか?」


 ふい、と鷹雅が目を上げて譲を正面から見る。その、真っ直ぐな目に譲は危うく苦笑しかける。


「……わかるのか?」

「まあね。――貸して」


 譲が手を出せば、鷹雅はどっさりと具材が載ったスペシャルな丼を素直に渡してくる。

 豚のほかに、イカ、頭付きの海老、牡蠣という豪華な食材を載せ、さらに小さな切り餅と明太子とチーズとさきイカに加え焼きそばまでトッピングされている。さらに小鉢に入った生卵までついている。零れんばかりのさすが「スペシャル」なお好み焼きだが、初めて来た店で頼むのはどうかしている。普通はオーソドックスな豚玉天や豚玉海鮮ミックスあたりを頼んで様子を見るものではないだろうか、と譲は思った。


「焼き方はお任せでいい?」

「ああ。わからんからな、任せる」

「わからないのに、よくこれを頼んだね」

「……? 店員が勧めるものを頼むのは常識だろう?」


 不思議そうな顔をされる。

 ――それはそうだが、店員にもよる。円華は今日が初日な上、とりあえず高いものを勧めてやれ、という魂胆が見え見えだった。全部言いなりに注文されたので、愕然として若干良心の呵責に苛まれていたようにも見えた。


「うん、いや、そうか」

「……おかしいか?」

「おかしくはないけど。――君、あんこ巻きまで頼んだろう? なんだかわかってるのかい?」

「あんこ巻き、ってくらいだからあんこを巻いた菓子か何かじゃないのか?」

「まあ、間違ってはないけど。甘いものそんなに得意じゃないだろう? なんで頼むのさ」

「……? コース料理じゃ、デザート込みが普通じゃないか。少しなら食べられる。それに、お前、甘いもの嫌いじゃないだろう? 残りはお前が食べればいい」

「お好み焼きはコースじゃないよ。デザート好きじゃないなら、頼む必要はない」


 譲は呆れてそう言いながら、温まった鉄板にコテで油を伸ばし、箸で豚とイカと海老と牡蠣を先に鉄板に乗せた。ジュウ、といい音が響き、海鮮と豚肉が焼けていく。焼きそばは手近な皿にとりあえずよけておいた。

 手際良くトッピングごと生地と残りの具材を混ぜ込み、焼けていく海鮮の横に丼の中身を開けた。


 ――正直、こんな具材たっぷりのお好み焼きを焼いたことはないから手順は適当だった。尾頭付きの海老なんてお好み焼きに必要か? 別に食べればいいんじゃないか? ましてや牡蠣など。なんで、こんなに馬鹿みたいにトッピングしたんだ、さきイカって元からある具材にイカもあるのに。加えて言えば、焼きそばを頼んでいるのだからトッピングの焼きそばはいらないのでは……などと再びおかしくなり、吹き出すのを必死で抑えた。


 とりあえず、軽く焼けたイカと豚と牡蠣は広げたお好み焼きの上に乗せ、海老は頭を落としてそれも乗せる。


 鉄板の空いた空間で、野菜の盛り合わせについてきたバターの塊を熱々の鉄板に乗せた。瞬時に溶けていくその上に、キャベツ、エリンギ、ニンジン、エノキを置いて焼いていく。譲は手早く焼きながら、これにしたって焼きそばと具材が被っているのではないだろうか、とぼんやり思う。――まあ、野菜が多いのは悪いことではない。

 野菜を焼いている間に片面焼けたお好み焼きを器用にひっくり返した。


「塩胡椒派? 醤油派?」


 早くも焼けてきた野菜の味付けの好みを聞くと、鷹雅に逆に問い返される。


「バターに合うのは?」

「……断然、醤油」


 バター醤油は鉄板焼きの定番だ。譲はテーブル上の調味料置きから赤い蓋の醤油差しを手に取って見せた。


「なら、醤油」

「君、少しは自分の好みを主張しろよ」

「お前は詳しそうだから、任せる」

「『任せる任せる』って、格好よくもなんともないからね?」

「別に。格好つけて言ってるわけじゃない」

「……いや、わかってる。悪かった」


 鷹雅はたぶん戸惑っているのだろう。――まったくそうは見えないが。

 

 譲は軽く溜め息を吐くと、醤油差しは一旦近くに置き、よけておいたトッピングの焼きそばの麺を鉄板に乗せた。ソースを適当にかけながら炒める。軽く火が通ったら、焼きそばの上にお好み焼きを乗せた。

 そして、小鉢に入った生卵を手に取った。焼けていくお好み焼きのすぐ隣にそのまま割り、コテで軽く黄身を潰す。そこに両側からお好み焼きの下にコテを差し込んで僅かに浮かせ、スライドさせるように半熟状の卵の上にお好み焼きを置いた。 


 そして再び醤油差しを手に取る。今度は一気に野菜の上に振りかけた。鉄板で焦げた醤油の香ばしい香りが漂う。


「ほら。野菜が焼けた。お好み焼き焼けるまでに食べて」


 小分けの皿にどんどんと野菜を乗せてやる。鷹雅はそれに礼を言い、おとなしく野菜を食べている。


「……うまい」


 素直に感想を言う鷹雅に、譲はとうとうくすり、と笑ってしまう。


「そりゃあ、よかったよ」


 鷹雅が野菜を食べている間に、彼の焼けたお好み焼きにソースと青海苔と鰹節をかけてから四等分に切り分けてやった。

 コテを渡すと、危なげない手つきで、皿に移し、箸で食べ出した。


「どう? スペシャルの味は」

「うん、うまいよ」


 さんざん美味しいものは食べてきただろう御曹司が言うのだから、かなり美味しいはずだ。

 ――焼き方はまあ、合っていたようである。

 ただ、お好み焼きなど、生地さえ美味しければ大抵うまく焼けるものだ。ここの店は生地が美味しいのだろう。

 高温の鉄板で焼けば、ただの野菜でさえ香ばしく美味しい。


 譲も野菜のバター醤油焼きをつまみながら、自分の分のお好み焼きも焼いて食べる。


 そうしているうちに焼きそばもやってきたので、お好み焼きが片付いたタイミングで、肉や野菜を炒め、そばを加えてお好みソースで味を付ける。

 譲は焼きそばトッピングではなかったのでこれで構わないが、鷹雅はお好み焼きにそばも入っていたのに、と注視していると、特に文句も言わず食べている。


「君さ、次からトッピングに入っているような具材を使ったサイドメニューは頼まない方がいいよ?」

「……そうか? 別の食べ物だからあまり気にならなかった」


 これはこれで良かったようである。

 味にうるさいのか無頓着なのかよくわからないな、と譲は思ったが、本人が気にしていないのだから、まあいいか、とあんこ巻きに取りかかった。


「……それも作るのか」


 物珍しそうに鷹雅が呟く。


「お店の人に頼んでもいいと思うけどね」


 譲は作り方がわかるので、頼む必要はない。

 お好み焼きよりもゆるめの生地を鉄板にあけ、クレープのようにコテでくるりと薄く広げる。すぐに火が通るので、その真ん中あたりに一本の棒状になるようあんこを乗せる。そして手前からコテであんこを巻いていく。

 あんこに被せるように手前の生地を巻き、次に左右を小さく折る。こうしておくとあんこがはみ出ず巻けるのだ。さらにくるり、と向こう側に生地を巻いていく。


 長い春巻きのような形状になったところで、少しだけ残っていた生地を巻き終わりのところに塗って、そこを下にして焼く。春巻き状のそれをコテで四等分にした。

 そのひとつを皿に乗せ、鷹雅に渡してやる。


「黒蜜かける?」

「……いや、いい」

「想像してたのと違った?」


 こくり、と鷹雅が頷いた。促すと、箸で摘み、一口で食べた。

 瞬間、口もとに手をやり、横を向く。

 熱いあんこは凶器でもある。口の中を火傷したのではないだろうか。

 譲はまた、吹き出しそうになりながら、水を勧めた。


「熱いだろ? そんないっぺんに食べるもんじゃないよ」

「……」


 黙って鷹雅が水を飲んだ。若干涙目なのは気のせいだろうか。

 それでも慌てた風情でないのが、さすが、ともいうべきか。


「……甘いな」

「そりゃそうだよ。あんこ巻いてるんだから」

「まあ、洋菓子よりは控えめだ。……あとは食べていいぞ」

「はいはい。いただきますよ」


 譲はあんこ巻きを食べた。

 口に入れた途端、温かいあんこの甘さが広がる。鷹雅は甘い、と言ったが、優しい小豆の甘さだった。出来合いのものではなく、どこかの和菓子屋から仕入れているのだろうか。あんこ巻きなんて素朴な食べ物に使うには、もったいないような炊き方のあんこだった。

 自然と口もとが綻んだ。

 

「相変わらず、甘いもの好きだな」


 呆れたように鷹雅が呟いた。


「何言ってるんだい? 甘いものは正義だよ」

「……そうか」


 お互いドリンクをもう一杯ずつ追加して、打ち合わせも済ませた。


「どうだった? お好み焼き屋もたまにはいいだろう?」


 訊けば、鷹雅は素直に頷く。


「……勉強になった」

「勉強……」


 真面目にそう言う鷹雅に、譲は肩を震わせた。

 こういうところが憎めないんだよな、と譲は思う。――円華には、悪いが。


 この男のこういうところが、嫌いになれないところなのだった。


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