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お嬢様は平穏無事な日常をお望みです  作者:
第三章 一年生 春
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〈閑話〉蛍、王子と出会う


「へー、宿泊研修なんてあるんだ? 林間学校みたいなもの?」

「そうですね。今月末に。今日はその打ち合わせで」


 打ち合わせを始めた二人のところにドリンクを持ってきた蛍に、譲が説明した。


「蛍さんのところはないんですか?」

「うん。うちはデザイン科と美容科は単位制で、実際のお店での実習も多いからあんまり全員揃わないし。皆で校外に出かける行事は遠足と修学旅行くらいしかないらしくて。……ていうか、ゆずくん。敬語じゃなくていいよ?」

「ああ、じゃあ」

「でも、そういうの、先生の仕事かと思ってた。クリストフォロスは生徒が準備するの?」

「ほとんどはそうだね」

「へえ。すごいねぇ」


 話が弾む譲と蛍に対して、鷹雅は黙ってドリンクを口にする。


「あ、待って……! 宿泊研修って、もしかして私服……!?」

「そうだけど?」

「大問題よ、ゆずくん! ゆずくん、円華ちゃんの私服見たことないの!?」

「あるけど……、それが何か?」

「何かじゃないわ! 大変……!」

「大変?」

「お金持ち学校でしょう!? あれはだめよ……!」

「そうかなあ? 何着てても似合うと思うけど」

「フシアナだ……! ゆずくん、それを世間では『盲目』と言うのよ……!」

「……キャンプ、みたいなものだし。みんなカジュアルな格好だよ? たぶん」

「キャンプスタイルってことね。よし、任せて!」

「任せて、って……」

「ゆずくんの私服は――、よし、センス良し! 今度、いくつか組み合わせの候補、写真に撮って送るからジャッジして! あと卒アルとか、生徒会の記録とかで去年とかの行事の写真あったら先に送って! 参考にするから!」

「そこまで必要……?」

「なっ……!? これだから、お金持ちのぼんぼんは! 必要に決まっているでしょ……! 女子がどれだけ私服チェックに厳しいか! 親睦深めるための研修でしょう!? 親睦深められなくなったらどうするのよ!?」

「今時『女子だから』とかいう考え方は古いような……」

「そうね、そこは言い方間違った! でもね、男でも女でも確実にいるのよ、ろくでもないルッキズム信者は……! 付け入る隙を与えちゃダメ!」


 そこで、鷹雅がふとポケットに手をやり、スマートフォンを取り出した。


「――すまない。電話だ。外でかけてくる」

「ああ、どうぞ」


 外に電話をしに出て行った鷹雅を見送って、蛍が溜め息を吐いた。


「――あの人、ゆずくんと違って、無口な人だね?」

「特別そうってわけでもないけど。蛍さんの勢いがすごいんじゃないかな? クリストフォロスにはあんまりそういう子、いないから」

「ああ……、おっとりしたお嬢様が多いのかな? 私はガサツだからなあ。今、こんな頭だし? びっくりさせちゃった?」

「さあ。……どうかな。その髪型、すごく似合ってて僕は可愛いと思うよ?」

「ゆずくん。そういうのは円華ちゃんにだけ言ってた方がいいよ? 勘違いしちゃう子たくさんいるよ?」 


 胡乱な目で呆れたように言う蛍に、譲はくすり、と笑う。

 悪戯っぽく笑って尋ねた。


「蛍さんも?」

「いや。胡散臭さ満点だから、勘違いはしないけど」

「それは良かった」


 お盆を抱えて、蛍は「さて」と軽く息を吐く。


「じゃ、さっき言ったこと、よろしくね?」


 歩き出しかけて、思い出したように振り返る。


「あ、そういえば、ゆずくん。円華ちゃんがゆずくんのこと『特別』って言ってたよ?」


 譲は驚いたように目を見開いて、次いで、柔らかく笑った。


「――そう、なんだ」


 蛍は対抗するように、少しだけ唇を尖らせた。


「――でも、私なんか、手作りクッキーもらってるからねー!」

「え?」


 今度こそ、本当に虚を衝かれたように譲が問い返す。

 蛍は内心、勝った、と思ってしまった自らを少しだけ反省した。


「彼女の、手作り?」

「そ、そう。――ゆずくん、もらったこと、ない?」

「うん。――え、それ、いつ?」


 深く考え込むようにして、譲が尋ねる。

 思った以上の反応が返ってきて、蛍は逆に申し訳なくなってきた。


「春休み。入学式の直前だよ」

「……そうか。ちなみに、昔からよく作ったりしてた?」

「ううん。初めてだったの。円華ちゃん、お料理とかすごく苦手で……、あっ、まずい。ゆずくん、知ってた?」

「知ってる。――だから、すごくレアだと思って」

「そう! そうなの! わかる!? すごくレアなの! すごいでしょ!?」

「うん。……それは、すごい」


 どれだけのレア感なのか、初めて共有できる相手ができて、蛍は非常に満足だった。そして、我に返る。……満足しちゃって、良かったのか?


「――じゃあ、僕の最終目標は彼女の手作りお菓子をもらうこと、にしよう」

「え!? い、いや、違うんじゃない? 『最終目標』って、そんなこと!? もっと何かあるでしょ!?」

「うん? いや、充分だよ、それで」


 譲があまりに柔らかく、綺麗に笑うので、蛍は気の毒になってきた。

 自分が言い出したことながら、自慢したことさえ後悔し始める。


「や、うん、ゆずくん。円華ちゃんに、ゆずくんにも作るよう、お願いしとくよ……」

「ああ……、ありがとう」

「だから、最終目標はもっと高く掲げていいからね?」

「そう、かな?」

「そうだよ! 応援する! 我ら『円華ちゃん好き好き同盟』だから!」


 勝手にそんな同盟を組んでしまった蛍に、譲は笑ってしまった。







 あまりに油を売っていると両親に叱られるので、楽しい会話はそのあたりで切り上げて、手近な席の空いている食器などを回収して回る。座敷から降りてサンダルを履いた。そこでふと、電話を終えて店の引き戸を開けて入ってくる鷹雅の姿が目に留まる。


 ――不思議と、目を惹かれる人だ、と思う。


 お好み焼き屋にいるのは異質すぎる、のかもしれない。


 そのとき、わっと、大学生らしき若者たちの客席の方から賑やかな笑い声がして、はっと我に帰り、慌てて厨房に戻ろうとする。


 くるり、と勢いよく振り返って進もうとしたら、ちょうどトイレにでも立とうとしたのか少し酔って足元が危ないサラリーマン客にぶつかりそうになる。


「あっ! 失礼しました!」


 なんとか客は避けたものの、ガシャン、と盆の上の食器類が揺れ、バランスを取ろうとしてよろめいた。


 ――ヤバい……っ!


 思ったところで、後ろから背中と肩をトン、と誰かが支え、反対の腕が崩れそうな食器をさっと抑えてくれた。


 一瞬でバランスを取り戻した蛍は、支えてくれた人物を振り返る。


「――君は、少し落ち着きがないな」


 息遣いがわかるほど近い距離で、溜め息混じりにそう言ったのは鷹雅だった。

 真っ赤になって、蛍は慌てて離れる。


「す、すみません! ありがとうございます!」


 鷹雅は無言で頷くと、譲の待つ席に戻っていった。


 ――ドクドク、と耳のそばで心臓の音がする気がした。


 かああ、と頬に血が上る。


 ――ずいぶんと、背が高かった。そんなに逞しくも見えないのに、支えてくれた胸や手は、明らかに女の子のものとは違うカッチリしたもの。


 耳元で響いた低い声は、いつまでも鼓膜に残るような静かな声だった。


「王子様、か……」


 呟いて、蛍は厨房に駆け込む。

 つんのめるような勢いで手近な作業台に食器の載った盆をガシャリ、と置く。


「こら、蛍! 乱暴に置かないの!」

「わ、わかってる……!」


 母の叱責もどこか遠かった。


「あ、あぶな……っ! イケメン、油断大敵だわ……!」


 クリストフォロスオソロシイ。王子様、なんて呼ばれるような人はこれだからいけない、と蛍は気を引き締める。


「蛍! さぼってないで、さっさとこれ運んで!」

「お、お母さん、ううう、うるさいっ!」

「何よ!?」

「ご、ごめん! コレ、運んでくる……っ!」


 蛍は慌てて配膳に向かった。



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