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お嬢様は平穏無事な日常をお望みです  作者:
第三章 一年生 春
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47 お嬢様、バイトへ行く 実践編


 翌日は土曜日で学校は休み。

 朝、一度家に戻ってから再びアルバイトの開始時間前に『ちよ』へ向かう。


 メニュー表は昨日のうちにコピーをもらい、だいたい頭に入れてある。


 ――もっとも、そもそも円華は子どもの頃からこの店に通いつめていると言っても過言ではない。メニューの大半はわざわざ覚えなくてもほとんど頭に入っているのだ。


「わー。円華ちゃん、エプロン似合う! あ、髪、適当にまとめるね!」


 適当に、と言いながら、サイドを編み込みにして、後ろで纏める複雑な髪型をササッとしてくれる。


「はい、軽くお化粧もね! ――おー。可愛い! どうよ、お父さん、お母さん! 看板娘、誕生!?」

「ああ、いいねぇ。娘が増えたみたいで華やかねえ」

「おお、今夜はじゃんじゃん客入るかもな~」


 蛍が満足げに頷いた。


「ふふふ、よしよし。円華ちゃん、どんどん綺麗になるなあ……! うふふ、やりがいあるなあ……! 私いるときは毎週アレンジしてもいい!?」

「お任せします」

「あんた、ほどほどにしなさい……! 馬鹿みたいに派手にケバケバしくするんじゃないよ!? 高校生なんだから!」

「わかってる……! 円華ちゃんはそのままで綺麗だから……! ちょっと手間かけるだけでいいの……!」


 母娘でキャーキャー言い合っている二人におじさんが呆れたように怒鳴った。


「ほら、お前ら! さっさと支度しろ!」

「はーい」


 肩を竦めておばさんは厨房に入っていった。


「じゃあ、卓番から説明するねー」


 店内の席にはそれぞれ番号がついている。

 席に案内して注文を受け、メニューを運ぶときなど、すべて番号で管理しているそうだ。

 席の場所と番号を頭に入れると、伝票の書き方を習う。


「正式名称で書くと時間かかるから、略語を覚えてね」


 手書きで書いたり、注文をオーダーする場合、いちいち正式名称を書いたり伝えたりするのは手間がかかり、間違えたりもするから、メニューそれぞれに略語があるという。


「なるほど……」

「大体パターン決まってるから、覚えちゃえば簡単だよ」

「はい」


 ざっと説明されたことを頭に入れる。

 メニューは頭に入っているので、パターンごとに覚える。


「あとは仕入れの関係で日替わりでサイドメニューがあって、それは黒板に書いてあるから大体どんなものか確認しておいてね。あと、とりあえずでおすすめ訊かれたときはこれ。利益率高いから」

「利益率……」

「原価率が低めでかつ見栄えするやつ。あ、味はもちろん美味しいよ!」


 なるほど……。今まではいただくばかりで考えたこともなかったが、店員さんになるとそういうことも考えながらやらねばならないのか。


「あ、でもねぇ、何が美味しいか、とか訊かれたら正直に円華ちゃんの好きなの言っていいからね。そのへんは臨機応変で。本気で美味しいと思うもの、やっぱり勧めてほしいから」

「はい」


 蛍を相手に、一通りお客様とのやりとりを練習する。

「いらっしゃいませ」「ご注文はなんになさいますか」「かしこまりました」「ありがとうございます」「またお越しください」など、決まり文句を言い、伝票の書き方、オーダーの仕方などチェックしてもらう。


「まあ、ね。うちの店そこまで堅苦しいお店じゃないから。ガッチリそのままじゃなくてもいいよ。わかればなんでも。お客さんと気軽に会話するのが売りだから」

「はい」


 客商売は経験がない。

 うまくできるだろうか。……緊張する。


「それから、焼いてほしいって頼まれたときは誰か呼んでね。円華ちゃんはまだ商品扱っちゃダメ。賄い自分で焼きながら練習してね。合格したらやって良し!」


 私のひっくり返しの腕を知っている蛍がきっぱりと言った。

 ……うん、当然ね。練習します。

 私は真剣な顔で頷いた。


「はい、お客さん来たよ! じゃあ、実践! いらっしゃいませ~!」

「い、いらっしゃいませ……!」


 それからランチタイムの賑わいに突入した。






 ――それから数時間の記憶が曖昧だ。

 店の中をくるくる動き回り、とにかく言われたことをこなすことで精一杯。

 食器を割らずに運ぶこと、注文を間違えないこと、慎重に動くこと。

 食器の片付け方、鉄板の掃除の仕方、レジの打ち方なども教わりながら、どんどんお客さんが出入りしていく。


「円華ちゃん、顔怖いよ! 笑顔笑顔! はい、ありがとうございます~!」

「ありがとうございます……!」


 真剣すぎて、真顔になっていたらしい。

 円華は黙っているときつい印象を与える顔なので、なるべく笑顔を心掛ける。


「お、新しい子、入れたの?」


 常連さんらしい年配の男性が、私を見てそう言った。


「円華ちゃんです。私の幼馴染みですよー。優しくしてね!」


 すかさず紹介してくれる蛍に続いて慌てて頭を下げる。


「よ、よろしくお願いします!」

「うん。若い子増えるのいいね~。頑張って」


 にこにこ微笑んで、そう言ってくれた。早速注文を取っていく。

 そんな風にしてとにかく初回のアルバイトが過ぎていく。

 お客さんがまばらになっていき、落ち着いたところで声をかけられた。


「円華ちゃん、昼のバイト、そろそろ上がっていいよ。休憩しな」


 おじさんから、そう言われ、ほっと息を吐く。

 時計を見ると、午後二時を回っていた。


「ありがとうございます。休憩いただきます」

「私も休憩する~。円華ちゃん、どうする? 一回帰る?」

「そうね。そうします」


 ぐったりしていた。自宅に戻って、少し横になろう。


「あ、そしたらさ、凌久くん連れて少し早めに戻ってこれる? 夜入る前に、賄いしよう。凌久くんの分も焼けば練習になるよ」

「今日もお邪魔するなんて悪いわ……」

「いいっていいって、これも練習だと思って」

「はい。じゃあ、お願いします」


 おばさんとおじさんも頷いてくれたので、挨拶をして一度家に戻った。


「姉ちゃんお帰り~。どうだった、初日?」

「ただいま」


 自宅にいた凌久に初日の様子を報告する。


「大丈夫? この前の生徒会バトルからもまだ回復してないんじゃない?」

「うん……。少し、休むわ……」


 前回の生徒会のあれこれはどちらかというと体力より頭を使ったので、むしろ過剰に覚醒してしまったのだが、こちらは適度に体力を使うので疲労度が高い。


 居間に横になり、休ませてもらう。


「どう? 楽しい?」


 お茶を出してくれながら、凌久が言った。

 死人のように卓袱台の上のお茶に手を伸ばしながら、頷く。


「楽しい……」


 体力は使うし、覚えることもたくさんで、ミスもたくさんしている。

 でも、お客さんも蛍たちご家族もみな温かくて、楽しい。


「役に立ててるかは疑問だけど……」


 アルバイト代をいただくのも恐縮なくらい、今のところ教わるばかりで役に立っている感はない。

 ずずず、とお茶を啜り、再び卓袱台に置くと、ぱたり、と横になった。


 ――うん、でも、自分の手でお金を稼げるって、嬉しい。


 きちんと、見合う仕事をできるようにならないと。


「あ、凌久、あとで夜行くとき一緒に来てね」

「え?」

「蛍に言われたの。凌久の分も賄い出してくれるから、焼く練習台になれ、って……」

「え!? ね、姉ちゃんの練習台……!? 大丈夫? 食べれるの、それ……?」

「たぶん。焼くのは私だけど、味はおじさんたちのだから」

「えぇー……、焼くのも重要じゃない?」

「うん……、だから、練習、するの……」

「え? 寝ちゃった……? うーん、じゃ、あとで起こすからねー」

「……うん……、よろしく……」


 夜も頑張ろう……!






 そして、夜のアルバイトに入る前、さんざん失敗したお好み焼きを凌久と一緒に食べた。合格点は当然出ない。

 がっかりした表情で食べきった凌久が帰っていった。

 うん……、ごめん。もう少し、努力するわ……。


 さて、張り切って夜のアルバイトも頑張ろう。


 昼はさっと食べてさっと帰るお客さんも多かったが、夕方からはゆっくりお酒を飲みながら夕食を楽しむお客さんが増えた。

 ドリンクの作り方、ビールサーバーからビールを注ぐ方法を教わりつつ、つまみになりそうなサイドメニューのオーダーが増える。


 夜のアルバイトに入って三、四十分した頃だろうか。


「いらっしゃいませ……! あ、譲……!?」

「こんばんは」


 入ってきたのは譲だった。

 昨日の今日で、早速客として来たらしい。


「席、あいてますか?」

「あ、はい。どうぞ」


 ひとりなら、とカウンター席に案内しようとしたところで、もうひとり暖簾を潜って客が入ってくる。


「いらっしゃいませ。……!」


 反射的に声をかけて、思わず次の言葉を呑み込んだ。


 背の高い客が、身を屈ませるようにして入ってくる。


「……北、大路様。……なぜ?」


 ふ、と冷たい目が不機嫌そうに私を見下ろした。


「……ここで働いていたのか。……なるほど。それで」


 その目が非難混じりに譲に向く。

 私も、同じような目で譲を見てしまう。


 ――なぜ、王子なんて連れてくるのよ……!?


 しかし、譲は悪いとも思っていないのか、にこり、と微笑んだ。


「宿泊研修の打ち合わせがあって。どこかでご飯でも食べながら、って話になったので。ちょうどいいから連れてきました」


 ちょうどいいって!? 何がちょうどいいのよ!?


「円華ちゃんー? どうかした? お客さん早く案内して? ――あ、ゆずくん! いらっしゃい! ……って、そちらは?」


 きょとん、とした目で近づいてきた蛍が譲たちを見た。


「……『ゆずくん』?」


 不審そうに、王子がそう呟いた。


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