45 お嬢様、きび団子はあげてませんよ?
「……ねえねえ、『じゅうしゃ』って何?」
お好み焼きを焼きながら、そういえば、とでもいうように蛍が言う。
「従う者、と書いて『従者』ですよ」
「したがう……」
ピンと来てないらしい蛍に、譲がスマートフォンで検索した画面を見せた。
「『主人のきょうをする者』……?」
「蛍ちゃん、それ『とも』ね」
呼ばれて来ていた凌久が画面を覗き込んで訂正する。
「あっ、『供の者』か……! お供の人ね。桃太郎で言ったら犬とか猿とかキジとかのあれか……!」
「ブホッ……」
凌久が吹き出した。
「ね、姉ちゃん、蛍ちゃんに久遠さんのことなんて説明したの……? いいの、これで……?」
凌久が囁いてくるが、いいのか、どうなのか。「クラスメイトって紹介したんだけれどね、私は……」とぼやいてみるが仕方ない。
「円華ちゃん、きび団子でもあげたの?」
「あげてないわね……」
私も吹き出さないようにするが、肩が震える。
「どっちかと言うと姉ちゃんの方がいろいろもらってるよね、甘いものとか」
「へぇ?」
「譲は料理もお菓子作りもとっても上手なの」
「プロ並みだよ」
「そうなんだ! ゆずくん、今度、新メニューのヒントあったらぜひ教えて!」
「僕なんかで良ければ」
蛍は「ほっ」とかけ声をかけてお好み焼きをひっくり返すと、ふうん、と呟いた。
「クリストフォロスって変わってるねぇ……。同級生の女の子のこと『様』って呼んだり、お供になったり……」
「あ、あのね、たぶん久遠さんが変わってるんだと思うよ……? いくらクリストフォロスでも一般的ではないと思うよ……?」
盛大な誤解をしてそうな蛍に、凌久は心配そうにそう告げた。
理解したのかどうかわからないが、もう片面が焼けるまでの間、蛍がこてをカチャリ、と鉄板の端に置いた。
そして、私と譲を見て、ふわり、と笑う。
「……でも、安心した。円華ちゃん、ちゃんと友達できてて、楽しそうにしてて。――私も、嬉しい。ゆずくん、円華ちゃんのこと、よろしくね」
譲は初めて会った他人に対しては珍しく、柔らかい表情をして頷いた。
「はい。彼女のことは精一杯お守りします」
「……なんか、結婚の挨拶みたいだねえ……!」
蛍が大きく目を見開いてそう言ったあと、楽しそうにふふっと笑った。
「さあ、食べよう! 美味しいよ!? どうぞ!」
私たちも笑顔で、手を合わせた。
「いただきます」
夕飯をいただいてお腹もいっぱいになり、そろそろお開きにしよう、と片付けを手伝う。おじさんとおばさんは今日も、両親へのお土産を持たせてくれる。
「円華ちゃんはもう少しお話ししようよ! 今日は泊まって行きなよー。私もね、学校のこととかいろいろ話したいことあるの!」
蛍にせがまれて、私だけ泊まらせてもらうことにした。
円華の記憶を辿ると、受験の頃を除けば、お互いの家に泊まることもよくあったようだ。話が尽きなくて、そのまま泊まる、ということは日常だったようだ。
思い返してみると、蛍は保育園の頃から中学校まで学校もずっと一緒、クラスが違うことはあっても、すぐ近くにいる、という感覚だった。それが、こんなにまったく会わなかったことはなかったようだ。
「あ、ゆずくんは駄目だよ、さすがに!」
「当たり前でしょう」
呆れて私が言うと、譲も吹き出すように軽く笑う。
「いやいや、ゆずくん、ほっといたらなんでもない顔して一緒に泊まっちゃいそうだし。――よし。でも、せっかくだから連絡先は交換しよう!」
「え!?」
いそいそとスマートフォンを取り出す蛍に驚いてしまう。
「ほ、蛍! 駄目よ、あなた。そんな今日初めて会ったような男性にほいほい連絡先を教えては……!」
譲は頓着しないようで、二人は私をそっちのけで連絡先の交換をしている。
「何言ってるの、円華ちゃん。自分が連れてきたくせに。だいたいね、ここ、私の家よ? 自宅まで知られてるのに、今更?」
「あ、うぐっ、そ、それはそうですけれど……!」
「だいたいねぇ、円華ちゃんがここまで心許してて、凌久くんまでこんなに懐いてるのに、悪い人のわけがないでしょう? それとも、そんな危ない人連れてきたっていうの?」
「う、そ、そりゃあ、そう、ね」
「私だってね、人を見る目くらいあるよ? なんなら円華ちゃんよりあるよ? 客商売の店の娘をなめるなよ?」
「……ハイ。ごめんなさい」
「なーんてねー。じゃあ、ゆずくん、学校での円華ちゃんの華々しい活躍を逐一報告するのだ!」
「……承知いたしました、蛍さん。こちらこそ、アルバイトでは、この方のフォローをお願いします」
「合点! 任しといて! 付き合いではゆずくんよりもずっと私の方が長いからね! 円華ちゃんの得意も不得意もぜんぶ把握してるから!」
「今度はちゃんと客として伺います」
「おお、ありがとう! またぜひご利用ください!」
――なんだろう。なぜ、二人でなんだか通じ合っているの……?
そうして蛍は、部屋を少し片付けてくる、と先に二階に上がって行く。
家に帰る凌久を送っていく、と譲が言ってくれる。店の奥に皆で挨拶に行き、凌久がおじさんたちと少し話している間、ふと譲が軽く私の肘の辺りに触れ、屈んで耳元に囁いた。
「……少し、懐かしい気持ちになりました」
その囁きが不思議な温かさを含んでいた。思わず譲を見上げると、ふ、と微笑まれる。
「……あなたが気を許すのは、珍しいわね」
「えぇ。……あの方に、少し似ていました。――心の垣根が低いところ、が。一気に飛び越えて距離を詰めてくるところが」
――ああ。エミリーに。
前世で私の親友だった、男爵令嬢エミリー。彼女は、もしかしたら少し、蛍に似ているのかもしれない。
オスカーも――譲も、きっと、それが嫌ではないのだ。彼女のことを、オスカーも嫌いではなかったはずだ。
「そう……かも、しれないわね」
「……安心しました。彼女のような友人がいらっしゃったのですね、あなたにも」
そして、もう一度だけ、譲は目を眇めて安堵した表情になる。すっと、肘に触れていた手を離す。
戻ってきた凌久が不思議そうに少しだけ首を傾げた。
「どうかした?」
「いや。行こうか、凌久くん」
「はい。わざわざ送ってくれなくても大丈夫ですけどね? 久遠さん。ここで解散でも」
「暗いし、大した距離じゃないから。――じゃあ、円華様。あんまり夜更かししちゃ駄目ですよ?」
「はいはい。わかっているわよ。さっさと帰りなさいな」
「それでは、失礼します。――ごちそうさまでした」
見送りに出てきてくれたおじさんとおばさんに最後に挨拶して、譲たちは帰って行った。
だだだ、と音を立てて蛍が階段を下りてきた。
「さあ、円華ちゃん! 積もる話をしよう!」
「えぇ」




