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お嬢様は平穏無事な日常をお望みです  作者:
第三章 一年生 春
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〈閑話〉お嬢様、眠る


「……あら。眠ってしまいましたか?」


 ふと目を留めた姫宮桜子は、困ったように微笑んだ。

 見れば、いつの間にか、円華が机に突っ伏すようにして眠っている。


「無理もありませんね。三日間ろくに眠ってなかったようですから」


 軽く溜め息を吐いて久遠譲がそう答えた。


「まあ……、どうしましょうか。起こすのも可哀想ですわね。かと言ってこのままここに眠らせておくのも……」

「僕が送っていきますよ。――紫野くん、帰るよ」

「うぅん……?」


 譲が軽く、円華の肩を叩く。

 寝ぼけた顔で、円華はぼんやりと目を瞬いた。


「譲……?」

「ハイハイ。帰りますよ」

「……やだ。ヴィオラ……」

「弾きたいってことですか? 今日はもう遅いから、明日にしましょうか」


 譲がそう諭すと、素直にこくり、と頷いた。

 そしてふわり、と円華は笑う。


「……歩けない。おんぶ……」


 まるで子どものように無垢な笑い顔を見せ、とろんとした眼差しで両手を差し出してくる。


「ハイハイ、どうぞ。落ちないでくださいよ」

「ありがとう……、ゆずる……」


 かがんだ譲の背に迷いなくぽすん、と乗っかると、その背中でくうくうと寝息を立てた。

 譲は肩ごしに気配を感じて、幸せそうにふっと口元を緩めた。


 驚いたように、桜子が目を見開いて二人を眺める。


「あら……、まあ」


 それに気づいた譲が自らの唇に人差し指を当てた。


「姫宮先輩。内緒ですよ? 今のは聞かなかったことにしてください」

「えぇ……、はい。――うちの車でお送りいたしましょうか」


 譲は少し考えたあと、頷いた。


「……そうですね。お願いできますか?」


 しばしの逡巡の理由を桜子は正確に受け取る。

 譲は残念そうな顔はしていないが、内心はどうなのだろう、と思う。


「……あなたが賢明な方で良かったですわ。――紫野様のためには」


 聖クリストフォロス学院の女生徒が男性に負ぶわれて公道を歩くのは、外聞としてはあまり宜しくない。


「――役得、と思っていることがばれましたか」


 悪びれる風もなく譲がうそぶくので、桜子は思わず苦笑した。


「今車を呼びますから。……校門までは目をつぶりますよ。私では運べませんし、ね」

「ありがとうございます」

「お礼を言われるのもおかしなものですけれどね……」


 スマートフォンの連絡を終えてから、桜子は敢えて少し怖い表情を作る。


「私の『妹』に不届きな真似をしてはいけませんからね?」

「心得ております」

「あなたも送りますよ。乗って行かれたら? ……せめて、少しでも」


 一緒にいたいだろう、という桜子の気遣いだった。

 譲は歩き出しながら、桜子に柔らかく微笑んだ。


「そうしていただけると、助かります。……目覚めたとき、そばに知っている者がいないと寂しがるでしょうから」

「まあ、ひどい方。私も一応、知っている者、のつもりですけれど」


 憤慨したように言い、次いで苦笑した。


「……あんなところを見せられては、勝てる気がいたしませんわね」


 二人の鞄を抱えて、桜子は溜め息を吐いた。






「ここまででいいですよ。この先、道が細くて車が入れないんです。あとは僕が連れていきますから」

「紫野様。あら、熟睡……?」


 桜子がとんとんと肩を叩いてもまるで起きない。

 相当、乗り心地の良い車だったようだ。

 譲は、眠る円華の膝と肩に手を差し入れてそっと抱き上げる。


「うん……、譲?」

「ハイハイ。寝てていいですからねー」

「うん……。おや、すみぃ……」


 夢でも見ているのか、譲の胸にすりすりと頬を押しつけて、円華がふにゃふにゃっと笑う。

 二人分の鞄を持った桜子が、真顔になる。


「……久遠様。お姫様抱っこもしたかったのですね……」

「……秘密ですよ?」

「それ以上、どこも触らないでいてくださるなら。――鞄、どうなさいます? お宅までお持ちしましょうか」

「ああ、いえ。今、ご家族を呼びましたから」


 間もなく、中学生くらいの少年が角を曲がって現れた。勢いよく走ってくる。


「久遠さん……! 迎えにって、どうしたんですか……!? ね、姉ちゃん!?」

「大丈夫。寝てるだけだから」

「ああ……。徹夜してたからな……。とうとう電池切れたか」

「弟さんですか? 良かった。こちら、お願いしてもよろしくて?」

「ふぁ……っ!?」


 凌久は妖精じみた美少女からの玲瓏な声に驚き、思わず真っ赤になって固まった。言われるままに二人分の鞄を受け取る。


「それでは、私はこれで。――ご機嫌よう」


 桜子を乗せた車が走り去るのを、呆然として見送る。

 凛久にとって姉がお姫様抱っこされていることなど、桜子の美貌への衝撃からすれば瑣末なことでしかない。

 ――むしろ、この主従のイチャイチャなど通常の仕様であるとさえ思う。お姫様抱っこくらいするだろう。そんなことより「なんだ、あの美人!? 人か!?」という思考の方が先立つ。


「ふぁー……、さすが、クリストフォロス……。あれが真正のお嬢様……。あんな人たちがうじゃうじゃ……!?」

「うじゃうじゃはいないよ。あの人は特別だから。勘違いしないように」

「いいなあ、クリストフォロス……! い、行こうかな、俺……!」

「歓迎はするけど。たくさんは、いないからね? 僕は、忠告したからね?」

「あんなお嬢様の中で、うちの姉は大丈夫なのか……!?」

「大丈夫ですよ、失礼な。自分のお姉さんでしょうに。――ハイハイ、凌久くん、正気に戻って! じゃないと、このまま君の姉さんを僕の家に連れて帰っちゃうよ?」

「ハッ……!? 俺今、意識飛んでた……!? 怖……っ! クリストフォロス、怖っ!」


 苦笑してさっさと歩き出した譲を、はっとしたように凌久は追った。

 譲の胸の中で、姉はすやすやと幸せそうな顔で眠っている。

 

 ――どうやら、姉は王子との戦いに勝ったらしいな? と凌久は思った。



お嬢様、おねむの今回。番外編も「睡眠」をテーマに同時更新しています。

https://book1.adouzi.eu.org/n3902hi/8/

よろしければそちらもどうぞ。


次話からバイト編です。蛍がふたたび登場します。


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