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お嬢様は平穏無事な日常をお望みです  作者:
第三章 一年生 春
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40 お嬢様、放課後はマカロン


 翌日昼休み。生徒会室に到着するや否や、ファイルを開ける。

 昨年度のデータ入力はとりあえず済み、過去五年分の既に入力されているデータにざっと目を通した。

 北大路鷹雅には、過去データの入力は時間があれば、と言われているからデータ入力よりは予算案の叩き台の方が優先順位は高い。

 昨年度の予算を引き出し、それを元に新たな今年度分のファイルを作成して、各部活動の昨年度から過去五年分の戦績などを参考に今年度分の案に数値を微調整していく。

 途中まで修正しているところで、姫宮様が到着された。


「今日のお昼は昨日言っていた通り、サンドウィッチだよ」

「わあ……!」


 譲が用意してくれたテーブルに向かうと、まるでピクニックのような素敵な光景が現れた。

 私と姫宮様は思わず歓声を上げる。


「また、たくさんご用意されましたね……」


 姫宮様は昨日に引き続き、呆れたように呟かれた。

 ふふふ……、良いのです。私が食べますから、良いのですよ、姫宮様……。


 テーブルにつくと、譲が端から説明していってくれた。


「そちらにあるのがスモーブロー」

「……これはもう、サンドウィッチとは呼ばないような……」


 姫宮様が困惑したように、皿を見つめる。

 皿の上にはパンが見えないほどのどっさりと具材が乗せられたものがあった。


「北欧の、いわゆるオープンサンドですよ。こちらの具材はスモークサーモンに、小エビとレモンとディルをトッピングしたもの。もうひとつの方はローストビーフにホースラディッシュとオニオンフライのトッピング、レムラードソースを添えてあります」


 円華の記憶では、通常のサンドウィッチとはパンに具材を挟んだもののことを言うはずだが、「オープンサンド」とは挟まないもののようだ。皿に乗せられたパンにたっぷりの具材が乗せられている。おそらくあまり大きくはないパンのスライスに乗せられたメイン具材は魚と肉の二種類。

 どちらも美味しそうだった。

 フォークとナイフが用意されているから、切り分けて食べるようだ。


「手で食べてもいいですけれどね。女性には食べづらいでしょうから、お好きな方でどうぞ。姫宮先輩用に少なめの皿を用意してありますよ。良かったら味見程度にどうぞ」

「お心遣い、ありがとうございます。いただきますわ」


 姫宮様がナイフとフォークを美しく使って、そっと切り分ける。具材とパンを少しずつ口にされるのを見て、私もまずスモークサーモンの方から切り分けてみる。パンは白パンでふわふわした食感のもの。冷たいサーモンは燻された香ばしさが口にした瞬間に広がる。プリプリとした小エビの食感も楽しく、薄切りのレモンとディルが爽やかだった。


「あぁ……、レモンがさっぱりしますね……。ディルの香りも良くて……」


 姫宮様も口にされた瞬間に微笑んだ。

 うーん、美味しい……。


「――こちらのローストビーフも美味しいですね。このレムラードソース、ハーブたっぷりで、私はタルタルソースより好みです」


 さらにもう一種類のほうのスモーブローを口にされて姫宮様が溜め息を吐くように感想を述べられる。

 私もスモークサーモンをたっぷり堪能した後、ローストビーフの方に取りかかった。

 切り分けるとこちらは黒っぽいパンが出てきた。


「ローストビーフの方のパンはライ麦にしました。そちらの方が肉に合うので」


 白パンよりもどっしりとした食感で、味も濃い。ローストビーフの味に負けないハードなパンだった。玉ねぎのみじん切りと、数種のハーブ、少し酸味のあるソースがローストビーフによく合った。


 二皿食べると、サンドウィッチという軽食のイメージとは裏腹に、まるでコースのランチをいただいたかのように満足感がある。

 味見程度の姫宮様とは違って、しっかりいただいた私はお腹もほどよい感じだ。


「あとこちらはデザート代わりにフルーツサンドです。何種類か用意したのでお好みのものをどうぞ」


 香り高い紅茶を淹れてくれながら、もうひとつの大皿を譲が紹介した。


 耳を落としたふわふわの食パンに生クリームたっぷり、数種の果物の断面が美しい、フルーツサンドがあった。

 苺、キウイ、オレンジ……。カラフルな色合いもかわいい。


「では、私は苺を……」


 姫宮様は微笑んで、苺のフルーツサンドを手に取られた。

 姫宮様を考慮してか、小さめに作られているので、私は数種類食べても大丈夫そうだ。――なんだろう、譲って私のお腹の具合を絶妙に把握してるのよね……。


 私はまずはオレンジがまるまると入ったフルーツサンドを手に取る。

 パクリと一口食べた途端、生クリームの甘さとフルーツのほのかな酸味にうっとりした。うん、美味しい……。


 他の味もすべて堪能し、紅茶をいただいてお腹はすっかり満足だ。


「それで、紫野様。桔梗はお役に立ちました?」


 人心地つかれた姫宮様にそう訊かれて、紅茶カップを手にしてほっこりしてしまっていた私ははっと、現実に引き戻された。


「は、はい……! とても丁寧に対応していただきました。ありがとうございます」


 姫宮様は進捗具合を確認してくださり、頷く。


「良いペースですわね。案の方もここまでは問題ないように思います。――今日も放課後は桔梗が参りますから、細かなところは桔梗に訊かれるとよろしいと思いますよ」


 パソコンからふと目を上げて、思い出したように姫宮様が小首を傾げられた。


「……そういえば、昨日まで桔梗は私がお昼を一緒にできないことにずいぶんへそを曲げていたのですけど、今日はなんだか上機嫌でしたのよ。紫野様、何かなさって?」


 私は譲と目を合わせて、ただ微笑んだ。


 ――放課後は、マカロンなのです……。






◇◇◇






「おい、久遠! 約束のブツは用意したんだろうな!?」


 そして、放課後。

 ワクワクした顔で意気揚々と乗り込んできた鎮ヶ森様に、譲が微笑んで頷いた。

 

 にこにことソファーに座って待つ鎮ヶ森様はまるで『待て』と言われた子犬が尻尾を振って待っているかのようだった。かわいい。


 その期待に満ちた眼差しが、譲の差し出した皿を見て一気に落胆に変わった。


「マカロン作って来るって言ったじゃないか! これはなんだよ!?」


 譲が不思議そうに鎮ヶ森様を見返した。


「マカロンですよ。ご要望通り」

「いや、違うって! マカロンはこんな地味な見た目じゃないだろう!? マカロンって言ったら普通、黄色とかピンクとかカラフルで間にクリームとか挟まってるヤツだろ!? これってただのクッキーじゃないか!」


 皿に乗せられているのは確かにクッキーのような見た目の焼き菓子だった。絞り出しのものと、小さな円筒形のものの二種類。


「マカロンですよ。マカロン・ココとマカロン・ダミアンを作って来ました。鎮ヶ森先輩のご希望はマカロン・パリジャンでしたか。それならそうと言ってくださったら良かったのに」

「マ、マカロン・パリジャン……?」

「えぇ。マカロンはフランス各地で、それぞれ特徴があって」


 どうやら一口に『マカロン』と言ってもさまざまな種類があるらしい。

 日本でマカロンと言えば鎮ヶ森様の言ったようなカラフルなものらしいが、地方によってだいぶ違いがあるそうだ。


「次回からオーダーする時はきちんとどの地方のマカロンかご指定になった方がいいですよ」


 悪びれもせずにっこり笑う譲だったが、――絶対わかっててやってるでしょう、あなた。意地悪ね。


 ……でも、このマカロンたち、とっても美味しそうですよ?


「鎮ヶ森先輩はお気に召さないようだから、どうぞ、紫野くん、食べて」

「あ、はい。いただきます」


 円筒形の方はマカロン・ダミアンというそうだが、そちらからパクリといただいた。


 あ……、クッキーのような見た目からさっくりを予想していたのに、意外ともっちり食感……!


 うーん、美味しい……!


 私が甘さを噛み締めていると、鎮ヶ森様が慌てたように手を伸ばしてひとつ手に取る。


「た、食べないとは言ってないだろう!? せっかく作ってきてくれたんだから食べるよ!」


 ポイッと口に放り込んで、鎮ヶ森様が軽く目を見開いた。

 もぐもぐと、無言になっている。


「美味しいですよね……!?」


 私が思わず同意を求めると、存外素直に鎮ヶ森様は頷いた。


「うん……、うまい」

「ですよね……!? ねね、鎮ヶ森様、こちらのマカロン・ココの方、お味が数種類あるようですよ……!?」

「なぬ? うん、じゃあそちらもいただくとするか……!」


 そうして、お茶の時間は平和に過ぎたのでした……。ごちそうさま。



マカロン・ダミアン(Macaron d’Amiens)はフランス北部、アミアンの町の郷土菓子です。カトリーヌ・ド・メディシスがお嫁入りの時にイタリアからフランスへ伝えたと言われています。

マカロン・ココ(Macaron coco)はアルザス地方のマカロンで、ココナッツ風味のマカロンです。今回譲はプレーンの他にオレンジ、ピスタチオ、レーズンの四種類を用意してました。

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