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お嬢様は平穏無事な日常をお望みです  作者:
第三章 一年生 春
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39 お嬢様、お姉様の親友と語らう


「――それで紫野様。儀式のことですけれど……」

「はい」


 そうだ、お昼が美味しすぎてすっかり忘れていた。そもそも、姫宮様とお昼を食べるのはその話をするためだったのだ。


「その……、姫宮様。儀式って何をなさるのですか……?」

「誓いの言葉を交わして、贈り物を送り合うのです」

「贈り物……」

「慣習では花ですね。お互い、相手に誓うための花を選んで送ります。種類はなんでもいいのですが」

「花……」


 この方に似合う花。あるいは、特別な意味を持つ花。

 それを選ぶ。


「それは、二人で相談するのですか?」

「そういう方もいらっしゃいますけれど……、普通はそれぞれが儀式の日までに考えて、お互い秘密にして用意することが多いようです」


 お互い、相手に似合う花を探して用意するのだろうか。

 私は少し楽しくなって、思わず微笑む。


「――姫宮様。少しお時間いただくことはできますか?」

「えぇ。それは、もちろん。まずはこちらの仕事を片付けてしまわないとなりませんしね。いつでもよろしいのよ。ゆっくりお考えになって? 私、紫野様の用意が整うまで待ちますから。まずは学校生活や生徒会の活動に慣れる方が先ですものね。紫野様の準備ができたら改めて日時を決めましょう」

「ありがとうございます。ご連絡いたします」

「そうですわ。連絡先、教えてくださる?」

「はい」


 携帯電話を取り出した姫宮様に、手書きで住所と自宅の電話番号を渡す。

 姫宮様が驚いたように固まった。


「あの……、スマートフォンの番号やメッセージアプリのIDは……?」


 私はにっこり笑って小首を傾げる。


「持っておりません」

「え!?」


 姫宮様が不安そうな顔で譲を振り返った。


「わ、私、そこまで信用ないのかしら……?」

「安心してください。彼女、本当に持っていないんですよ」

「あなたが単に信用されていないのではなくて?」


 胡乱な表情で姫宮様は結構ストレートに訊く。

 譲がにっこり笑って「失礼ですよ」と呟いた。

 私は申し訳なく思いながらも、本当のことを伝えた。


「家庭の方針で本当に持っていないのです。急ぎの時は彼に連絡してください」

「な、なぜ、久遠様に?」

「たぶん、それが一番早くて確実です」


 姫宮様は不可解そうに眉を寄せたが、諦めたように溜め息を吐いた。

 

「……わかりました。あなたに連絡を取りたい時は生徒会室に寄るか、ご自宅にお電話いたします。どうしてもの時は久遠様にお願いいたしますわ」

「お手数おかけいたします」


 私としては学校で会えるのだから殊更に個別の連絡先が必要とも思われないが、携帯電話を日常に携帯している人たちとしては理解し難いのかもしれない。

 姫宮様は手書きで自宅と携帯電話の番号を書いて手渡してくれる。それをなくさないように大切にしまった。


「……なかなか、一筋縄ではいかない方ね……」


 姫宮様の溜め息混じりのぼやきが聞こえたが、微笑んで答えるしかできない。

 申し訳ございません、慣れてくださいませ。







 さて。姫宮様に送る花については後日ゆっくり考えるとして。

 放課後も生徒会室に詰めて、仕事を進めることにした。

 姫宮様は放課後は忙しいらしく、申し訳なさそうに頭を下げる。


「代わりに桔梗ききょうが参りますから」

「え、鎮ヶ森(しずがもり)様、ですか?」

「えぇ。彼女が部活動の後、こちらへ寄ってくださるそうです」


 不機嫌そうな鎮ヶ森様の顔が浮かぶ。

 ――だ、大丈夫、かしら……?


「桔梗は次期体育部の部代表候補ですから。部活動のことでしたらなんでも質問なさって大丈夫ですよ」

「そ、そうですか。ありがとうございます。そういたします」

「では、また、明日のお昼に」

「はい。ありがとうございました。ご機嫌よう」

「ご機嫌よう」


 そうして、姫宮様は優雅に手を振って帰っていかれた。






 放課後の生徒会室はちらほらと人がいる。

 そっと覗くとどうやら王子はいないようで少しほっとする。


 あ、いえ、別に?

 いらっしゃったってなんということもないのですわよ?

 ただ、ほら、なんだかやっぱり落ち着かないというか……。


「あ、早速仕事してくれてるんだー? 助かるよ!」


 黒川会長がにこにこと席を空けてくれる。使っていいテーブルとパソコンの許可をもらって早速続きを打ち込んでいった。あっと言う間に集中して、周囲の声も聞こえなくなる。

 時々、譲がお茶を入れ替えてくれているのは意識の端にかかって、礼を言いいつつ、疑問点などを時々質問したりしながら、昨年度分のデータ入力を進めていく。


 窓外が暮れ始め、時計が午後六時を回ったことにも気づかなかった。


「……おい」


 誰かが近くで不機嫌そうに声を上げた気がした。


「……おい!」


 ぐいっと無遠慮に髪を引っ張られ、はっとして声の主にやっと気がつく。


「……鎮ヶ森様」


 そこには不機嫌そうに腕組みした鎮ヶ森様がいらっしゃった。

 ……そうでした。部活動が終わったら、来てくださるということでしたね。


 髪の毛をそっと直し、私はにっこり微笑んだ。


「ご機嫌よう、鎮ヶ森様。部活動、お疲れ様です」

「本当に疲れてるんだよ、私は。暇じゃあないんだよ。それが、ガン無視かよ」

「集中すると周囲が見えなくなるたちですの。来てくださってありがとうございます」

「私が手伝えるのは七時までだからな。桜子の頼みだから仕方なく、だぞ!?」

「えぇ、存じております」

「だから、久遠! 早くおやつ出せ!」


『だから』の脈絡が……?

 しかし「おやつ」の響きにぐう、とお腹が鳴る。

 鎮ヶ森様が、それに気づいて私を見た。


「あんたはまだ食べてないのか?」

「あ……、そうですね。そういえば、今日はまだ」


 ぐきゅるるるる、とお腹が悲しそうな音を立てる。

 お茶は何度かいただいた気はするけれど。

 そういえば、何も食べてない。


「何やってるんだ!? もう夕飯でもおかしくない時間だぞ!? 久遠、お前がちゃんと管理しろよ!?」

「すみません。皆さんにはもう振る舞ったのですが」

「あなたが謝る必要はなくてよ、久遠様。私が気づかなかったのでしょう?」

「休憩しろ、紫野円華! 私はお腹が空いた! 付き合え!」

「はい……? では、少しだけ」

「うむ」


 重々しく頷くと近くのソファーセットにスタスタと向かい、ドカッと座って早く、とばかりに私たちを見る。譲はくすり、と笑うとすぐにおやつを用意してくれた。

 鎮ヶ森様の向かい側に私も座ってそれを待つ。


 ほどなく、お茶とお菓子が到着した。


 お皿に乗せられているのは黒パンのような色をしたパウンドケーキのようなお菓子だった。切り分けられたそれが、目の前に置かれる。


「……なんだ、これ。パン?」


 訝しげに鎮ヶ森様がお皿を手にして目の前に掲げ、しげしげと眺めた。

 フルーツなどは入らない、シンプルな見た目だった。


「まあ、そうですね。パン・デピス、と呼ばれる菓子です。どうぞ」

「ふぅん……」


 私たちは「いただきます」と手を合わせ、フォークを取って一口大に切り分けると、口に運んだ。


「あぁ……」


 思わず溜め息が出る。

 見た目はシンプルだが、しっとりとした口当たり。口に運んだ瞬間に、芳醇な香辛料の香りが広がった。蜂蜜の柔らかな甘みはさっぱりとして、強めの香辛料が大人な味だった。


「シナモン、クローブ、アニス、ジンジャーなどスパイスを利かせて砂糖ではなく蜂蜜で甘味を出してあります。ナッツやドライフルーツを入れたものもあるのですが、今回は伝統的なパン・デピス本来のスパイスをメインにしたシンプルなものにしました」


 鎮ヶ森様は食べきるまで無言だったが、綺麗に食べ終わり静かにフォークを置いた。

 紅茶を一口飲んでから、なぜか視線を外した。


「……ふん。甘さが控えめなのも悪くないな。スパイスは嫌いじゃない」


 ああ、素直に褒めるのが、悔しいのね。


「ありがとうございます」

「しかし、お前が作る菓子ってのは絶望的に見た目が地味だな!」

「それは失礼いたしました。得意なものが伝統菓子なもので」

「フランス菓子ならマカロンとか作れよ」

「マカロンですか……」


 譲が少し考えこむようにした。


「できなくはない、と思います」

「マジか!」

「明日作ってきましょうか?」

「いいのか!? じゃあ、頼むぞ! おい、紫野円華、明日はマカロンだぞ!?」

「えぇ、楽しみですね」

 

 鎮ヶ森様はまるで少年のように無邪気に喜んでいる。

 マカロンとはいかなる菓子かは知らないが、可愛らしい響き。きっと華やかなお菓子なのだろう。鎮ヶ森様は「甘さ控えめがいい」などとおっしゃったが、もしかしたら甘党なのかもしれない。


 いつも不機嫌な人だと思っていたが、存外可愛らしく単純な人なのかもしれない。私の空腹具合や休憩などをむしろ心配してくれていたらしいので、その不器用さが微笑ましくもあった。


 姫宮様の親友なのだもの。きっと悪い人ではない。


「鎮ヶ森様。教えていただきたいところがあるのですが……」


 私は書類を取り出すと、改めて疑問点を尋ねた。

 鎮ヶ森様は、ふん、と鼻を鳴らして足を組むと手を差し出してくださった。


「どこだ。見せてみろ」

「はい」


 そうして、ずいぶん遅くまで付き合ってくださったのだった。




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