36 お嬢様、妹になる?
「あの……、どういう意味かお訊きしてもよろしいですか?」
私は、姫宮様に尋ねた。
「姫宮様は、なぜ私をsœurにご指名なさったのですか?」
姫宮様は困った顔のまま、軽く息を吐く。
そして、給湯室の方を僅かに見た。
「……だって、あなた、ずいぶんと危なっかしいのですもの……。思った以上にぼんやりしていて」
「……うっ……!」
こっそり胸を押さえた。
もしかしなくても、先日の生徒会室でのやり取りのせいよね……!?
思わず漏らしてしまった声を妖精のように透明な瞳が不思議そうに拾う。
「『う』?」
「い、いえ……っ。ど、どうぞお気になさらず……っ!」
「あの久遠様に気に入られて囲い込まれたら、あなた、逃げられないのではなくて? 他にもいろいろと心配ですわ」
「久遠様……? いえ、あの方のことはお気になさらずとも大丈夫ですよ。逃げる気はもうありませんから」
「あら、そうなの? では、余計なお世話でしたかしら?」
くすり、と姫宮様は微笑んだ。……うん、美しい。
「いえ、ご心配いただいたことは感謝いたします」
私は本心からお礼を言った。
それもこれも、私がうっかりしすぎていたからだ。
もっと、気を引き締めなければ。
姫宮様は、ふふっと小さく笑い声を漏らした。悪戯っぽくこちらを見る。
「では、私の提案は受けてはもらえないのかしら?」
「え……」
「私、本気でお誘いしていますのよ。妹になってくださらないかしら?」
私は姫宮様を見つめた。
――悪戯っぽく微笑んでいても、きちんと正された居住まいは崩れない。
綺麗に伸びた背筋。真っ直ぐこちらを見つめる瞳。
それでいて、どこか心配そうに気遣う視線。
スマートに王子から、私を守ってくれた。
――信用しても、いいのかもしれない。
たとえ、何か他に思惑があるのだとしても。
この人の、私を心配してくれた気持ちまで疑いたくはない。
それで私に今後何か不都合があったのだとしても、それを対処できないのなら私の方が能力がないだけのこと。対処する方法を考えればいいだけ。
――だって、ここは前の世界とは違うのだから。
命をかけるような危険なものは何もなくて。私のそばには譲や凌久や蛍がいる。少しのミスも許されなかった――僅かなミスが命にかかわった――ヴァイオレットとは違うのだ。
私はそれを信じていいはずなのだ。
「――お受けします」
姫宮様が少しだけ驚いたように目を見開いて、数秒止まった。
「ありがとうございます、姫宮様。どうぞ、よろしくお願いいたします」
ぺこり、とこちらの世界の流儀として頭を下げた。
その向こうで、ふっと息を吐く気配。そして視界にほっそりした指が見えた。膝の上で揃えた私の手に、白くて小さな掌が重ねられる。
「――こちらこそ。こちらこそ、よろしくお願いいたしますね」
きゅっと握られた手が温かくて、不思議な気持ちになった。
なんだろう、……心の中まで温かくなるような。
「お話はすみましたか? ――さあ、姫君方、お茶の用意ができましたよ」
カートにお茶のセットと、お菓子を載せて譲が戻ってきた。
少し短めですみません。きりのいいところで切らせていただきました。




