33 お嬢様、日曜日の過ごし方
「る、るるらーらーん、るるー」
「ね、姉ちゃん? 朝っぱらからご機嫌だね……?」
ベッドの上段で眠そうに目をこする凌久に、制服のリボンを結びながら、私は答える。
「えー、そう? そんなこと、なくってよ?」
「いや、あるでしょーよー……」
ぼんやりした声で、凌久はお腹のあたりをぽりぽり掻いている。不可解そうに私を見た。
「制服着ちゃってますけど……えぇと、日曜日って、わかってます?」
凌久はそう言いながらもぞもぞ起き出した。それに笑顔で私は答えた。
「わかってる。でも、学校行くから」
「日曜に……? あ、そーか。そーだっけ……。そう言ってたね、昨日」
「もう、凌久ったら。お、寝、坊、さん!」
凌久の鼻をちょん、とつつくとげんなりした顔をされた。
「うん……、わかった。わかったから、急なキャラ変やめて……怖い……」
失礼ね!
「浮かれてんねー。朝ご飯とお弁当作るから、ちょっとおとなしくしててよ」
「はーい」
あくびと伸びをしながら、凌久が台所の方へ向かった。私はいそいそと身支度する。
浮かれてる? いえ、そんなつもりはありませんけれど。
何って――、早速今日はヴィオラを弾きに行くのだ。
◇◇◇
『――いいですか、円華様。暗くなるまではやらないように。遅くなる場合は必ず僕に知らせてください。お迎えに上がります。くれぐれも熱中しすぎないように』
そう、譲に釘を刺されたわ。
――わかっているわよ、子どもじゃないんだから。
譲がヴィオラの教則本を貸してくれたから、基礎からみっちりやり直すつもりだ。
日曜日、部活動に来ている生徒以外は登校していない静かな学校の、さらに奥まった練習室で、思う存分ヴィオラを弾いた。
「……ま! ……円華様!」
突然、譲の大きく呼ぶ声で我に返る。
はっとして手を止めれば、呆れたようにこちらを見る譲が、練習室の中に立っていた。
「……あら、譲。いたの?」
「『いたの』じゃ、ありませんよ。凌久くんから帰って来ないって、連絡をもらってきたら、案の定じゃありませんか。暗くなるまで弾いたら駄目ですよ、とあれほど申し上げたでしょう」
大きく溜め息を吐かれた。
「暗くって、まだ……」
さっき、お昼食べたばかりよ。暗いわけが――え!?
ふと、練習室にある小さな窓を振り返れば外はもう暗くなりかけている。
――え、今何時!?
「守衛さんが、気を使って延長手続きしてくださったみたいですよ。たまたま空いてて良かったですね」
譲の目が笑ってない……。ご、ごめんなさい……。
「他の人にも迷惑ですから、熱中するのもほどほどになさってください」
「はい……ごめんなさい……。気をつけるわ……」
名残惜しくも、ヴィオラをケースに収める。
確かに正気に戻ると、体中あちこちバキバキ言っている。
ま、また、筋肉痛、再び……!?
「……それに」
ま、まだお小言!?
気をつけるってば!
ツカツカと近づいた譲が、さっと私の手を取った。
「……無茶な弾き方をすると指を傷めるでしょう」
そっと、私の指を譲の手が優しく握った。
爪や指を丹念に確認する。
だ、大丈夫、でしょ? たぶん……。
「……気をつけて、ください」
冷え冷えとした視線が、刺さる。
「……はい」
譲が、やっと手を離してくれて、それからふと、微笑んだ。
「……あなたの音が聴けなくなったら、大変ですから」
「……はい、気をつけます」
「よろしい。――では、帰りましょうか」
「あ、待って。きちんと手入れしてから……!」
楽器は、防犯の観点から自宅に置いておかない方がいいと譲からアドバイスされ、これも学校にある楽器専用の契約ロッカーに置かせてもらうことにした。既に譲が契約してくれてあった鍵付きのそこに、手入れを終えたヴィオラを置かせてもらう。
湿度や温度管理もされていて、セキュリティも万全だ。円華の住むアパートでは少し不安だったから、譲はさすが抜かりない。
これから、アルバイトも始める予定だし、今日のように一日中弾ける日も少なくなるだろう。ただ、空き時間があれば、少しずつでも通うようにしよう。
翌日の月曜日は、案の定、少々の筋肉痛に悩まされたが、まあ、気合いで悟られぬように過ごしましたわ、おほほ……。
短縮授業も終わり、通常授業が始まって学校生活も本格始動、という感じだ。
そんな、万事順調な月曜日だったが、お昼休みにちょっとした問題が起こった。
◇◇◇
マトリョーシカ三人組と食堂でランチを楽しんでいる時だった。
「……あら、桜の姫ですわね」
「桔梗様もいらっしゃいますわ」
「食堂にいらっしゃるなんて、珍しいこと……」
マトリョーシカ三人組が、遠くから歩いていらっしゃる姫宮様と鎮ヶ森様を見つけて小さく囁き合う。
ふぅん? 食堂にいらっしゃるの、珍しいのですね……、などと思いながらそちらに目を遣る。
先日生徒会室でお会いした時も華やかだと思ったお二人だが、やはり遠くからでも目を引く。
そして、それは他の生徒も同様なようで、歩く先々でお声をかけられたり、注目されたり、どことなく食堂も華やいだ。
なるほど、まるで姫をエスコートする貴公子のようで、遠くから見る分には目に楽しい。
と、思っていたのも束の間。
なんだか、お二人はこちらに近づいてくるような……。
「……紫野様、ご機嫌よう」
「ふぁ!? ……うぐ。ご、ご機嫌よう。姫宮様、鎮ヶ森様」
ちょうど、凌久が作った卵焼きを口に入れたところでした。
はな、話しかけられるとは思ってもいなくて……! 申し訳ございません……!
喉に詰まりかけましたけれど、何事もなかったかのように微笑むのが令嬢というものです。ふ、ふふふ……。
姫宮様は、ふわわ、と淡い色合いの髪がまるで発光するかのように綺麗だった。妖精のようね、本当に。
かろうじて挨拶をした私に続いてマトリョーシカ三人組もご機嫌よう、と続ける。
見かけたから挨拶してくれたのだろう、と私は思ったのだけれど。
――おかしい。立ち去らない?
それどころか、姫宮様はさらに話しかけてきた。
「紫野様、私のsœurになりませんか?」
「……はい?」
マトリョーシカ三人組が、ガタリと立ち上がるほど驚愕している。
周囲もザワリ、とざわめいた。
え、な、何?
――スールって……なんですか?




