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21 お嬢様、見学する(3)

 大原様は運動部所属のようだ。校舎を出て、体育館へ向かった。

 聖クリストフォロスには大小合わせて四つの体育館があり、それとは別に武道場も二つあるそうだ。

 第二体育館と呼ばれる小さめの体育館に入る。

 入った途端、カン、キン、という金属の触れ合う音がそこかしこで響いた。


「……決闘?」


 私は思わず呟いていた。

 大原様が驚いたように目を丸くして私を見て、次いで小さくくすくすと笑みを漏らす。


「ずいぶん古風ですわね、円華様。でもあながち間違いではございませんのよ。フェンシングは、中世騎士の決闘術から発展したとも言われています」

「フェンシング……」

「はい。私、フェンシング部に所属しておりますの」


 ――片手軍刀術か。

 マトリョーシカ三人組の中では一番小柄な大原様が、剣を扱う部活動とは、意外性がある。


「今日は見学者も多いですから、試合形式の練習のようですね」


 大原様が差し示した先には細長いコート上で向かい合う人たちがいた。

 白い防具をつけた人たちが向かい合って、極細い剣を片手で構え、突き合う競技のようだ。剣はレイピアに似ていた。レイピアは護身用や決闘に使われる剣だ。ヴァイオレットの兄が護身用にと教えてくれたから私もいくらかは使えた。


「フェンシングの種目は三種類あります」

「ルールが違うのですか?」

「そうですね。防具も剣も違いますが」


 大きく三グループに別れて練習しているようだった。


「中央がフルーレ、右手がエペ、左手がサーブルです。フルーレやエペはオリンピックでメダルを取ったりしていますから、少しは有名かしら。勝ち負けが一番わかりやすいのはエペですね。全身どこでもとにかく剣を当てればポイントになります」

「突きのみ、のように見えますけれど」


 エペ、フルーレ、と目をやれば、踏み出して攻撃する方は突き、後退して受け流した方も反撃して突きを繰り出す。

 レイピアも突きが主流だから、その点でも似ているような気がした。


「ええ。エペ、フルーレは突きのみです。サーブルのみ斬りもあります。エペは全身ですが、サーブルは上半身のみ有効です。サーブルはスピード感が魅力ですね」


 見ているとフルーレはより複雑な動きをしている。


「フルーレは『優先権』というものがありますから、初めてご覧になる方には少し複雑かもしれません」

「複雑?」

「先に攻撃した方にポイントの優先権があり、防御すると優先権が移動します。優先権を持っている方が突きを入れると得点が入ります」


 右手の人が踏み出しながら、相手の剣を避けてふわりと飛び上がり、半身を捻って後ろ手に相手の銅を突いた。右手の人の技量が勝っている。華麗な身のこなしと剣捌きだ。なるほど、確かにフルーレは精密で、多彩な技術が必要なようだ。見ていても楽しい。


Halteアルト!」


 審判が叫ぶと、二人は動きを止める。


「……Toucheトゥシュ!」


 審判の声が響き、大原様が頷く。


「……決まりのようですね。右側の部長の勝ちです」


Rassemblezラッサンブレ! Saluezサリューエ!」


 審判の合図と共に挨拶をすると、二人は頭に被った防具を外した。男子生徒だった。小脇に抱えて、こちらに気づく。大原様は部長、と呼んだ右手の男子生徒に手を振った。


「見学者を連れて参りました!」


 試合をしている時はもっと大きく見えたが、近くで見るとそれほど背は高くない。小田様より低いくらいだ。短く刈り込んだ黒髪が爽やかな、カッチリとした体型の男子生徒だった。


「入部希望者?」


 言ってにこりと笑う顔が爽やかだ。

 大原様が微笑んで、首を傾げた。


「どうでしょう? こちらの見慣れた二人は入部しそうにございませんけれど」


 目を向けられた小田様と真中様はおっとり微笑んだ。


「楽しそう、とは思っておりましてよ。ただ向いているかと言われると、自信がございませんの」

「応援は全力でしております」

「それはいつもありがとう。――じゃあ、君は入部希望?」


 肩を竦めて苦笑すると、男子生徒は私に目を留めて、尋ねてきた。

 私も、ふるふる首を振る。


「いえ、どんな競技なのか、拝見させていただきたくて……」


 入部するとは決めていない。


「円華様、こちら部長の(みき)晴斗(はると)様です。――部長、こちら同じクラスの紫野円華様です。入試の成績が一番だったそうですわよ。優秀な方ですの」

「へえ、それはすごい。それじゃあ、生徒会に取られちゃいそうだね。――でも、フェンシングは頭脳戦だよ? 相手との駆け引きが重要なんだ。クレバーな人に向いてる競技だよ」

「ああ……、確かに。そんな感じに見えました」

「やってみたら、面白いと思うよ? 大原くん、あちらに見学者用の道具を用意してあるから、見せてあげたら?」

「ええ、そういたしましょう、円華様」






 広い練習場の隣に控え室のような小部屋があった。

 中央に簡易なテーブルが置かれ、見学者に見せるためなのか、さまざまな道具があった。今は私たちの他に見学者はいない。

 やはり一番初めに目に入るのは剣だった。

 三種類ある、と説明されたが、確かに形状が違う。


 大原様が左からエペ、フルーレ、サーブル、と説明してくれる。

 鍔の形や剣の細さ、長さなども違うようだ。


「これがフルーレの剣です」


 渡されたのは一番鍔が小さい剣だった。


「あ……、軽い」


 思った以上に軽く、心許ないくらいだった。


「フルーレとサーブルは五百グラム以下と決まっていますの」

「……先端が四角い、のですけど」

「そうですね。刺さったら危ないですから」

「……ずいぶん、しなりますね」

「フルーレはそうですね。エペの剣はもう少し曲がりにくいですけど」


 剣、と言われているが私の知っている剣とはだいぶ違う。なるほど、競技用とはこういうことなのか。

 言われて、エペの剣を持てば、確かに曲がりにくく、少し重かった。

 ――こちらの方が鍔の形状も重さも、まだ馴染む。ただ、重さはレイピアの半分程度だから、やはり心許ないことに変わりはなかった。


「ユニフォームはこちら。使ってないものですから、実際に身につけてみませんか? その方がわかります」

「あ、えぇ……」


 Tシャツなどの上にプロテクターを付けてその上にジャケットを着る。

 大原様はひとつひとつ説明しながら、着付けてくれた。


「フェンシングの魅力って、なんだと思います?」


 着付けながら大原様が訊いてきた。


「ほとんど見たことがなくて……。大原様は何を魅力に感じていらっしゃるの?」

「私、小さいでしょう?」


 確かに小柄だ。フェンシングは手足が長い、背の高い選手が有利に思える。


「ただね、私のような小さな選手でも技術を磨けば勝てるんですよ。――それこそ、国際舞台でも日本人は海外の大きな選手相手に充分、渡り合えるのです」

「ああ……、的が小さいとやりにくいと聞いたことがあります」


 ヴァイオレットの兄がそう言っていた。

 ――だから、女だから、小柄だからと諦めず、練習しろ、と。

 体型を生かせば、負けない、と。


 大原様はくすり、と笑う。


「フェンシングはもともと西洋のスポーツです。だからと言って諦めなくてもよいのです。繊細なことが得意な日本人には向いているようですよ。体格差がある選手同士が互角に戦える――素敵でしょう?」

「えぇ、そうですね」


 着せられると金属で編まれたジャケットはしっかりとしていた。


「薄いように見えて、結構頑丈なんですよ? 剣が貫いたら危ないですからね。そこは安心してください。さ、マスクを持って。参りましょうか」

「え? い、行くってどこへ?」

「せっかくですから、実際にやってみましょう。剣はどれがお好みですか?」

「え、えぇと、これ、かしら?」


 思わず、手に馴染んだエペの剣を手にしてしまった。


「エペですね! 私もエペをやっているのです! 嬉しいですわ。ルールも初心者にはわかりやすいですし、エペで体験しましょう。さあ、参りましょう!」


 そのまま練習場に連れていかれ、ひと通りの構えや足運びを教えられ、試合のデモンストレーションを見せられる。


 そして、あれよあれよという間にコートに引き出されていた。


「試合はすべて同じ『ピスト』と呼ばれるコートで行います。今回は体験ですから、先にポイントした方が勝ち、としましょう。はい、円華様、そちらにお立ちになって」


 自然と右足を前に、軽く構えてしまう。


「あら、とてもよろしい姿勢ですわ。そのままで。審判が『Etes-vousエト・ヴ prêtプレ?』と訊きますから良ければ『ウィ』とおっしゃってください。『Allezアレ!』がスタートの合図です。よろしくて?」

「ええ」

「はい、では始めましょう。『Etes-vousエト・ヴ prêtプレ?』」

「ウィ」

Allezアレ!」


 すると、試合が始まっていた。


 相手は背が高く手足が長い女生徒だ。

 先ほど、説明の時にデモンストレーションをしてくれていた。手足が長いだけあって、リーチも長い。素早く踏み込んで来る間合いは頭に入っていた。


 私は反射的にその間合いの外まで下がる。相手は手加減してくれているのだろう。緩く剣先を揺らしながらも大きくは踏み込んで来ない。


 私は中段に構えながら剣先を相手に向ける。


 ――足は氷の上を滑るように、慎重に小さく踏み出す。

 最初は極ゆっくりと。

 遠くから大きく踏み込まないように。大きな動きは隙を作りやすい。すぐに突かれておしまいだ。それができるのは相手より手足が長く、素早く動ける技量がなければ無理だ。


 私はヴァイオレットの兄から習ったレイピアの基本を思い出していた。


 ――体格差を逆に有利にするには。

 こちらの方が小さい場合、逆に腕を畳まなければならないほど近づけば、対処に遅れが出る。


 相手が攻撃に転じた隙に懐に踏み込む……!

 

 間合いと攻撃のタイミングをはかるには、相手の前足に注意を払う。


 前足が浮く瞬間、間合いの中に飛び込んで、相手の剣先をこちらのそれで巻き込むように払い、軽く腕を伸ばす――それだけで、いい。


 剣先が相手の肩でしなり、突いた。

 突いたと同時に、後ろ足はステップを踏んで反射的に下がって間合いを取った。驚いたように踏み込んだままの姿勢の相手に、私は剣先を向けて立っていた。


「…… Saluezサリューエ!」


 礼をし、マスクを外して、相手の女生徒と握手をする。

 細面の女生徒は、まだ驚いた目をしていた。


「……驚いた。経験者?」

「いいえ。……護身用に別の剣術を、少し。フェンシングは初めてです」

「通じるものがあるのかしらね? 久しぶりに綺麗に得点されたわ」

「手加減してくださったのでしょう。お付き合いくださいまして、ありがとうございました」


 ぎゅっと握手され、気さくに肩を叩かれる。


「ぜひ、入部してくださらない? 一緒に練習したいわ」


 私は微笑んでもう一度礼を言った。


「他にも見学させていただこうと思っています。今日はありがとうございました」

「良かったら、ぜひ来てね」


 ピストを出ると、飛び跳ねるように大原様が近づいてきた。


「素晴らしいですわ、円華様! ぜひ私と一緒にエペグループに!」

「……先輩が手加減してくださっただけですよ。まぐれですわ」


 新入部員勧誘も大変ね。初心者を相手にするのは疲れないだろうか?

 大原様は私の手からマスクをもぎ取り、仁王立ちするとマスクを抱えていない方の手をビシッと斜め上方へ指差した。……ど、どこへ向かって?


「世界を制覇いたしましょう! 円華様!」

「せ、世界……?」

「フェンシングは競技人口がそれほど多くありませんから、国内を制するのも夢ではございません! そうなればオリンピックも!」

「はぁ……」

「フルーレばかり人数多くて残念でしたのよ。ぜひ、やりましょう、一緒に!」

「あぁ、えぇと……。とりあえず、着替えてもよろしいですか?」

「大原様。まだ私の部活動が残ってましてよ。さ、お早く!」


 キラキラした目でオリンピックの星とやらを目指す大原様と、困惑する私の背を真中様がぐいぐいと押した。


【参考文献】

『フェンシング入門』日本フェンシング協会/編 齊田 守/監修

 ベースボール・マガジン社 2016.10


 そのほか、日本フェンシング協会公式サイト、元オリンピック選手 千田健太さんのオフィシャルウェブサイトなどを参考にさせていただきました。

 理解が足りず、間違いなどありましたら申し訳ありません。

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