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19 お嬢様、見学する(1)

「円華様、お昼ご一緒いたしませんか?」

「えぇ、ぜひ」


 午前中の授業が終わり、お昼休みになると、昨日最初に話しかけてくれた三人の女子生徒がお昼に誘ってくれた。


「食堂へ行きませんこと?」


 そのうちのひとりが言う。

 食堂があることは知っていたし、ホームルームでも説明された。

 教室で食べでもいいし、食堂でお昼を購入してもいいそうだ。


「私、お弁当を持ってきてしまったのですが……」


 凌久手製の美味しいお弁当である。

 わざわざお金を払って高い昼食を摂る必要はない。


「あら、大丈夫ですわ。食堂は持ち込んでもいいことになっていますから。お弁当をそこで食べる生徒も多いのですよ。中学と共用なのですけど、広いですから席は充分ございます」

「では、喜んで」


 三人のお名前は、大原様、真中(まなか)様、小田様というそう。

 小田様が一番背が高くて、真中様が中くらい、大原様が小柄だった。ややこしい。三人の雰囲気は良く似ていて、仲が良いのがよくわかった。

 なんだろう、あの寒い国の人形のような……ああ、そう! マトリョーシカ!

 入れ子人形のようにかわいらしい三人だった。

 三人に連れられて、食堂に向かう。

 本校舎から一度外に出て、食堂専用の建物に入った。

 古い木造の洋館のようで、校舎とはまた雰囲気が違う。

 まるで貴族の屋敷の大広間のように広い空間に、長いテーブルが置かれ、中学と高校の制服が入り混じって座っていた。

 高い天井をほぅ、っと溜め息を吐いて見上げた。

 明るい。

 古い建物なのに、南側に大きくとった窓から昼の光が差し込んでいるおかげで暗くなかった。足元の床はよく磨き込まれて艶やかだ。


「いかがですか? なかなか落ち着きますでしょう?」


 真中様が微笑んだ。


「本当に……。素敵ですね」

「放課後はカフェになるのですよ。ケーキや紅茶も美味しいですわよ」

「まあ……」


 ケーキ……。いいなぁ。食べてみたいわ……。

 でも、駄目よ。だって私の全財産は百六十二円だもの……。

 早いところアルバイトを始めなければ。


 あいていれば特にどこに座っても良いようだ。

 適当な場所に空いたテーブルを見つけ、私たちは座る。

 小田様はかわいらしいサイズのお弁当で、真中様と大原様は日替わりランチのAセットとBセットを頼んでいた。

 Aセットのメインはお肉で、Bセットは魚料理らしい。


 ――美味しそう……!


「サンドイッチやパスタなんかも美味しいのですよ」

「まあ……。機会があったらぜひいただきたいですわ」


 私はうっとりと想像した。いつか食べたいものだ……。

 いただきます、と挨拶してから私たちはそれぞれのお昼に手をつけようとした。


 そこで、微笑んではいるがあきらかに躊躇うような三人の視線が私たちと同じテーブルの、もう一人の人物に集中する。


「……あの、どうして久遠様はここにいらっしゃるのですか?」


 戸惑うように小田様が尋ねる。


「あ、僕のことはお構いなく。勝手に食べてるんで」


 優雅にクラブハウスサンドを食べながら、久遠譲は軽く私たちに掌を見せた。

 ――いや、違うでしょう!? 

 なぜ、女子たちのランチ会のテーブルに当然の顔をしてついているかを訊いてるのよ!


「いえ、あの、もしかして円華様とお約束されてましたか?」


 真中様が遠慮がちにそう言った。


「それでしたら、私たち、今日はご遠慮いたしますけれど……」


 大原様も困ったように提案してくる。

 私は慌てて三人に微笑んだ。


「いいえ。お約束などしていません。この方が勝手についてきているだけですわ。お気になさらなくて結構ですわよ」

「冷たいなぁ……紫野くん。生徒会の勧誘がまだ途中なんだから。昨日は突然帰ってしまったし……」


 にやりと笑う譲を軽く睨んだ。


「それでしたら昨日お断りしたはずです。生徒会には入りません」


 凌久は入れ、と言ったけれど、やはり気が乗らない。


「あら、円華様、生徒会はお断りされるのですか?」


 大原様が目を丸くして不思議そうにこちらを見た。

 小田様も顎のあたりに手をやって小首を傾げるように私を見る。


「そうですわよ、もったいない……。生徒会は優秀な方しか入れないので、私たちなんかは入りたくても入れないのですよ。全生徒の憧れですのに……」


 全生徒の憧れ? 大仰な。

 この人たちも『王子』とやらに憧れているクチなのだろうか。


「そうだよ、もっと援護して。放課後、改めて生徒会室に案内するよ、紫野くん」

「今日は皆様方とお約束しています。こちらが先約ですのよ、少しは遠慮なさったら?」


 強い口調でそう言ったが、譲は軽く肩を竦めるだけだ。


「あ、あの、円華様、私たちはまた今度でも……」


 私は遠慮する三人ににこりと笑顔を見せた。

 隣にいた真中様の手をそっと取り、きゅっと握りしめた。

 目を上げれば、なんだか真中様はうっすらと頬を赤らめている。

 残りのふたりにもゆっくりと微笑みかけた。


「いいえ。私は皆様とのお約束を優先したいです。部活動に大変興味がございますの。昨日から楽しみにしていたのですよ」


 そしてそのまま氷点下の笑みを譲に向ける。


「私の楽しみを奪うなんて、ひどい方。せっかく新しいお友達ができそうなのに。友人との語らいも邪魔されるのですか?」


 控えなさいよ、オスカー!

 という気持ちを籠めると、譲はくすり、と笑った。

 ――そこ、反応違うわよ! なぜ、笑うの! 反省なさいよ!


「怖いねぇ、お嬢様。わかりましたよー」


 お嬢様、という呼びかけにピクリと眉を上げると、待っていたかのように譲は面白そうに目をすがめた。……わざと慇懃にしてるわね。面倒な人。本当にわかったのかしら。


「じゃあ、生徒会に勧誘するのはまた今度にするよ。代わりに僕もご一緒してもいいかな?」

「いや、だから、違う……! ゆ、……久遠様、遠慮して!」


 譲が目だけで「惜しい」と囁いた気がした。譲、と呼んでしまいそうだった。

 危ない……! うっかり命令するところだったわ。

 なぜそんなにボールを投げてもらいたそうな犬と同じような目で見るの!?


「く、久遠様も良かったらご一緒に……?」


 半疑問系で小田様が言いかけたが、さすがに譲も潮時だと思ったのか、食べ終わった皿を持って立ち上がった。


「冗談だよ。あんまりやりすぎると嫌われそうだ。――でも、僕はまだ諦めてないからね? また今度ね」


 あっけにとられたようにその背中を見送った三人が、私の方に戸惑った視線を向ける。

 ――まあ、そうよね……。


「円華様、久遠様と、その……何かございましたの?」

「いいえ、特には何も」

「そう……なのですか?」


 遠慮がちに問いかけてくる三人に、私はにこりと微笑んで頷いた。


「さあ、お昼の続きをいただきませんか? お昼休みが終わってしまいます」

「え、えぇ、そうですわね……」


 それからは和やかな食事になった。

 ――結局、久遠譲のペースに振り回されっぱなしで、全然真剣な話をする雰囲気になれない。こう言えば私がこういう反応をする、と見抜かれている気がする。……やりづらい。


 ただ、少しだけほっとしてもいた。先送りにすることが愚かなことだとわかっていても、前世の話をするのは辛いことだったから。






 放課後、マトリョーシカ三人組と約束通り部活動見学に行くことになった。

 久遠譲がついてくるのでは、と懸念したけれど、本当に冗談だったのか、彼の姿はなかった。……良かった。


「皆様、所属されている部活動があるのですよね? 今日は活動はよろしいのですか?」

「えぇ。今週はどこの部活も見学に行けるように、一年生は自由参加なのですよ。参加しても構わないのですが」

「まずは円華様に私たちの部活動を紹介したくて」


 三人は「ね?」と目を見交わしながら、微笑んだ。


「今日はそこを順番に回ったらいかがかしら、と思うのですが」

「もちろん、他に先に円華様がご覧になりたいところがあれば、そちらから参りましょう」

「あ、いえ。特にどこ、というところはないので」

「では、参りましょうか」

「よろしくお願いします」


 私がぺこりと頭を下げると、三人は優しく笑ってくれた。

 ――うーん、本当可愛らしいわね。


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