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16 お嬢様、勧誘される

 ホームルームが終わると、幾人かの女子生徒に話しかけられた。


「円華様、とお呼びしてもよろしくて?」


 にこり、と微笑まれて私も微笑んで答えた。


「えぇ、どうぞ」


 答えると、口調こそおっとりしているが、矢継ぎ早な質問がいくつも来た。


「円華様のご家族は何をなさっていて?」


 私は内心、来た……! と、思った。

 これは凌久と想定済みの質問だ。


『作戦1、嘘はつかないこと。……いい? 姉ちゃん。話せることは本当のことを話して、適当な嘘はつかないように。もし父さんの仕事を訊かれたら、必要以上のことは言わず、事実だけを言うこと』


 私は、凌久りくの言葉を思い出す。

 ――わかっているわ、凌久。


「父は公務員です」

「あら、そうなのですね」


 それ以上は突っ込まれなかった。


「私の家もそうですのよ」


 にこり、と微笑まれて私も笑みを返す。

 父は公務員だ。――高卒で、市役所勤務だけれど。

 たぶんこの子の父は国家公務員なのだろう。


「外交官の子女も多いのですわよ」

「そうですか」


 やはり国家公務員のようだ。

 別の子がさらに質問してくる。


「円華様、中学校までは何か部活動はされていて?」

「いえ、特には」


 実際、円華は勉強ばかりで、部活動は特に力を入れていなかった。

 運動神経は悪くなさそうだが、部活に入るほどの興味がなかったようだ。

 文化部にしても、漫画を読む以外に趣味はないから同様だ。

 ……何を楽しみに、生きてきたのだろう。円華の記憶を探っても「『胸キュン』好き!」という感情以外、見つからない。


「高校では何かされるご予定は?」

「……いろいろ、見てみたいな、とは思っています」


 私が考えつつ、そう答えると、一瞬、周囲の女子たちが目を見交わして、お互いの出方を探り合う様子が見えた。

 咳き込むように、ひとりが口を開いた。


「あの、では華道部はいかが?」


 慌てたように他の子たちも前のめりになる。


「あら、あなた早速勧誘ですか? それでしたら、箏曲部になさったら?」

「いえ、ぜひ、我がラクロス部へ!」

「いいえ、フェンシング部こそ相応しいですわよ」

「まあ、そのような。テニス部はいかが? 楽しいですわよ」

「生き物はお好き? 馬術部は馬がとても可愛いのですよ」

「英語弁論部は、ご興味ありません?」


 話しているうちに、どんどんと別の女子生徒にも囲まれて、次々と話しかけられ少々困惑する。

 どうやら、部活動の勧誘がしたいようだった。

 しかし、どの子も一年生のはずだ。もう入るところが決まっているのだろうか。


「皆様、もう入る部活動が決まっていらっしゃるのですか?」


 私が不思議に思って小首を傾げれば、親切に教えてくれる。


「ええ。私たち、エスカレーター組ですから、中学校の時から所属している部活動がございますの」


 聖クリストフォロス学院は幼稚園からあり、小学校、中学校、高校、大学、とそれぞれの節目ごとに外部生と呼ばれる、途中入学者を受け入れている。大学は別として、他はそれぞれ三十人から五十人程度しか受け入れていないようだ。


 外部生、と呼ばれる中学校まではクリストフォロス以外に通っていて、高校から入学する私のような生徒は学年で五十人にも満たない。

 全部で七クラスあるから、振り分けるとだいたい外部生はひとクラス十人もいない。

 聞けば、そのうち半数くらいは以前通っていた生徒で、途中で親の仕事の関係で日本と外国を行ったり来たりしている者らしい。本当に誰も知り合いがいない生徒はひとクラスで五人程度のようだった。

 私は言わば、転校生のようなものなのだろう。

 この持て囃され具合は、そのせいだ。

 

「大抵は六年間続けることが多いのですよ。ただ、高校は別の部活動をされる方もいらっしゃいますし、掛け持ちももちろん許されますから、いろいろ興味があるところは見て回りますのよ」

「円華様、よろしかったらこれから、私たちと部活動見学に参りませんこと?」


 ――それは大変魅力的な申し出だ。

 私も好きになれることを探したいところだった。


「ぜひ行きたいのですけれど……」

「それは困るな。僕と約束していただろう?」


 女の子たちの囲いの外、頭ひとつ飛び出したところから割り込むような男子生徒の声がした。――久遠くおんゆずる、だ。


 教室中がザワッとして、私のそばにいた女の子たちだけでなく、クラスのほとんど――おそらく、不思議そうな顔をしているのが、外部生だ。彼らを除く、男子生徒も含めたほぼ全員――が、こちらに注目したのがわかった。


 ――あら、困ったわね。この方、どうやら人気のある方だったようね。

 そうね、中学では生徒会役員だった、と話していた。優秀な人なのだろう。


 ああ、あまり容姿など気にしていなかったが、確かに見目もいいのかもしれない。

 しかし、どうしよう。目立たないことが第一目標だったのに。

 どうやら、悪目立ちしている。

 ただ、約束なんてしていない、などと言うのも憚られた。結局、本当のことを言うしかない。――凌久に言われているもの、嘘はつくな、って。


「……確かに、お約束しました。何か、私にお話がある、とか」


 再び、ざわっと周囲の空気が揺れる。

 彼は動じない風情で、ああ、と頷いて私の周囲に目を向けた。


「……みんなに勘違いされてるね。僕がこれから告白でもすると?」

「え、ち、違うのですか? 久遠様」


 女子生徒のひとりが彼に尋ねる。


「もちろん。今日初めて会った人に告白なんかするものかい? ふふっ、違うよ。彼女、入試の成績が一位だったから。外部生は優秀な人が多いしね。早めに生徒会に勧誘しておこうと思って。……まあ、君たちと同じだね」

「まあ、円華様。やはり優秀でいらっしゃるのね」


 納得したように、女子生徒たちが頷いた。


「……あとね、彼女、ホームルーム前に校内で迷子になってたんだ。あやうく遅刻するところだったよ。だから、生徒会の勧誘をしながら、軽く案内してあげようと思ってね」


 ――あっ! ひどい。それを言うなんて……。

 真っ赤になった私に、女子生徒たちは「あら」「まあ」などと言って朗らかに笑う。


「無理もございませんわ。私たちは慣れておりますけれど、来客の方々もよく迷っておいでですわ」

「広いですからねぇ。高校の校舎は何度か立ち入ってますけれど、それでも私たちもまだ慣れておりませんのよ。迷子になるのもわかりますわ」


 場が一気に和やかになった。

 みんなが私を、しようのない人、という生あたたかい目で見ている。


 ――ああ、方向音痴がばれてしまったではないの。


 少しだけ、彼を睨みたくなったが、同時に、うまいな、と思う。

 人気者の彼と私が一緒にいても、おかしくない雰囲気を作ってしまった。

 私が恨まれるような形ではなく。

 ――故意なのか、偶然なのか。

 彼を少し窺うと、目だけでふっと微笑まれた。


 ――ああ、故意、か。なかなかの策士かもしれない。


 そこで、凌久の声が頭の中で蘇る。


『作戦2、強力な味方を作ること。……いい? 姉ちゃん。『胸キュン』で主人公がなんでいじめられたかわかる? 孤立無援な上にいい男にちやほやされてるからだよ。庇ってくれるような味方をまず、探さなきゃ。間違っても人気者に恋心を抱かせたりしないように! ――もちろん、彼氏になってくれるなら別だけど。姉ちゃんを守れるような男じゃないと、俺は許さないよ』


 可愛いことを言ってくれる弟の言葉を思い出して、ちょっと笑いそうになったが、我慢した。

 ――さて。この人、味方にできるかしら?


「じゃあ、こちらが先約ということでいいかな?」


 彼が女子生徒たちに訊けば、皆こくこくと頷く。


「も、もちろんですわ」

「どうぞ、そちらを優先なさって」


 どうぞどうぞ、と皆両手を、差し出すようにした。

 ……残念だ。本当はそちらに行きたい。

 私は溜め息を吐いて、謝った。


「皆様、申し訳ございません。もし明日など、お時間がございましたら、案内してくださいませんか?」


 本当に残念に思っている気持ちが伝わったのだろう。皆微笑んでくれる。


「もちろんですわ、円華様。仮入部期間は四月いっぱいまでですから、まだまだ時間はございます。ゆっくりご覧になって、決められればよろしいのですよ」


 頷いて、私は鞄を持った。

 ――とりあえず、明日の約束は確保した。

 

「では、参りましょうか、方向音痴さん」


 久遠譲はおどけた口調でそう言った。

 ――絶対、面白がっているな、これは。


「その呼び方、やめてください。――それでは皆様、また明日」


 私が挨拶すると、皆礼儀正しく会釈してくれた。


「ご機嫌よう、円華様」

「ご機嫌よう、皆様」


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