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14 お嬢様、入学する

『聖クリストフォロス学院は、明治八年、ひとりの修道女が来日したことに始まる。

 まず前身は女子の聖書講義と語学教育を目的とした私塾として開設され、明治三十七年、高等女子教育を行う聖クリストフォロス女学校として改めて開校。

 明治四十二年、同じく修道会による男子の教育を目的とした聖クリストフォロス学院が開校し、戦中の一時的な校名変更などを経て戦後同校と統合、現在のキリスト教系共学校、聖クリストフォロス学院となった』


 と、いうのが、聖クリストフォロス学院の沿革だ。

 学校案内のパンフレットに載っていたものを、凌久と一緒に読み込んだ。

 敵を知るためにも、真剣にやった。完璧だ。


 家からはなんと徒歩十五分。……一番近い学校だった。

 交通費がかからない、というところも入学の決め手だったようだ。


 ハンガーにかけてあった制服を手に取る。

 ほとんど黒に見える濃い藍色の上品なワンピース。この濃藍色は日本の伝統的な色で「勝色かちいろ」と呼ぶのだという。

 白い丸襟、袖口には臙脂のラインが入る。腰にはベージュの細いベルト。胸元には臙脂のリボンタイが揺れる。

 初めてその制服に袖を通した。しっとりとした重厚な生地なのに重すぎず、スカートは膝下丈でふわりと控えめに広がった。


 制服を着ると、いよいよ、という気になる。


 ――いよいよ、入学式だ。





 私は、その壮麗な校門の前に立つ。

 目の前には長い桜並木が続く。

 先週満開になった桜はちらちらと花びらを散らしている。

 なんとか入学式までに、桜の花はもったようだ。

 その中へ一歩を踏み出した。


 小道を覆うかのように張り出した桜の枝は薄桃色に天を染める。

 ザアッと、風が吹いた。桜色に染まった視界に、思わず髪を押さえて天を仰いだ。


「綺麗……」


 桜という花は、なんて綺麗なのだろう。

 一気に咲いて、一気に散る。――潔い。

 髪についた花びらを払いながら、再び校舎に向かう並木を歩いた。

 ふと、視線を感じたような気がして、桜に霞む木々の向こうを見た。

 ……きっと、気のせいだ。

 ここには、私を知る人はいないはずだ。

 視線を感じるはずがない。


 校舎へ向かい、長い道を歩いた。


 聖クリストフォロス学院の敷地は広大だった。

 住宅地の中にあるとは思えないほど、緑が多い。途中で分かれる小道の向こうにはこんもりした林のようなものも見える。

 ――どれだけ歩くのかしら。

 時間は大丈夫だろうか、と若干不安になる。

 初日から遅刻など、目立って仕方ない。

 私が目指すのは、平穏無事な学校生活だ。目立ってはならない。

 心なしか早足で進んだ。


「ご機嫌よう」

「ご機嫌よう」


 そこかしこで挨拶の声が響く。

 円華の常識だと挨拶は「おはようございます」や「こんにちは」だったが、円華が脅えて――一方で楽しみにしていたとも言う――ように、本当に「ご機嫌よう」が挨拶のようだ。私としてはやりやすい。

 すれ違う上級生に私も「ご機嫌よう」と挨拶を返した。






「以上、建学の精神に基づき、正しい学校生活を送ることをお約束いたします。生徒代表、北大路(きたおおじ)鷹雅(たかまさ)


 壇上では、入学生代表の挨拶が行われている。

 すらりとした背の高い男子生徒だ。

 気負ったところもなく、一礼すると壇上を去っていく。人前に立つことに慣れているのだろう。代表挨拶をするくらいなのだから、きっと幾度もそんな場面に立ったことがあるのだろう。話し方には安心感があった。


 入学式は無事終わり、講堂を出て校舎に戻る。

 お手洗いに寄っていたら、戻る新入生の集団から外れてしまったようだ。

 まあ、一度来た道だから問題ないだろう、ホームルームまではまだ時間もあるし、とてくてく歩き出した。

 講堂から校舎までは一度、外の小道を通らねばならない。通路でつながっていれば楽なのだが、この学校は無駄に(ではないかもしれないが)、とにかく広いのだ。

 散歩のような気持ちでひとりで校舎へ戻る道を歩いていた――はずだった。


 ――どこですか、ここは?


 私は、林の中で途方に暮れていた。


 ――迷った。こ、校舎はどこ?


 目の前にはさらに分かれ道がある。どちらにしても、先が見えない。

 なんだか周りは鬱蒼として、遠目に見えていた校舎や尖塔のような建物の屋根も、木々が覆い尽くしていて、よく見えない。方向もよくわからなかった。


 ――正直に、言います。

 道順を覚えるのは得意です。

 でも、方向感覚は皆無なの……実は。

 自分が知っている道なら滅多に迷わないけれど、行ったことのないところは確実に迷う自信がある――なんの、自信よ、私!?

 王宮でもいつも迷いそうになって――実際、何度か迷ったこともあるけれど――大抵そばに従者のオスカーがいたから、ちゃんと間違っていたら止めてくれた。

 当然、今はひとりだ。

 ――完全な、迷子だ。


「えぇと……」


 とりあえず、歩こう。

 建物のあるところに出ないと。

 建物さえあれば、誰かいるだろう。


 分かれ道の、右へ足を向けた。なんとなく。

 ……はい、特に根拠はございませんことよ。方向音痴になぜその道を選んだか、理由を訊くことの愚かさを知っていて?


 えい、と足を踏み出したところで、突然腕を掴まれた。



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