〈閑話〉蛍、喜ぶ
私が円華ちゃんを一番最初に「カッコイイ」って思ったのは、保育園の時なの。
それは、私の人生最初と言ってもいいくらい古くて、でもすごく大切な記憶。
砂場で遊んでいた時だと思う。
たぶん、二歳か三歳の頃。
どんな状況だったかは忘れてしまったけど、とにかく、男の子に意地悪をされて私は泣いてしまったの。
悲しくて、お母さんに会いたくて。なんでこんなところにいないといけないんだろう、ってとにかく帰りたくて仕方なかった。
わんわん泣いてた私の前にサッと誰かが立ちはだかって、意地悪をした男の子をドンッと突き飛ばした。
「ほたるをいじめるな!」
男の子は尻餅をついてびっくりしたようにぽかん、と腕組みをして仁王立ちになるその子を見上げて、それから火がついたように泣き出した。
逆に私の涙は引っ込んじゃった。
「いこう、ほたる」
その子は泣きじゃくる男の子をほったらかして私の手を引き、駆け出した。
――なんてカッコイイ子なんだろう……!
振り返ったその子は、悪戯っ子みたいに笑った。
「ほたる、またいじめられたらいちばんにわたしにいいな。いつだって、たすけてあげるから」
「うん……! ありがとう、まどかちゃん……!」
おままごとのお父さん役はいつだって円華ちゃんだし、ヒーローごっこなら悪役から助けてくれるヒーローは円華ちゃんだった。
お姫様ごっこでお姫様役をやったらとっても高貴で綺麗だし、王子様なんか待ってる前に自ら幸せを掴みに行っちゃう、カッコカワイイお姫様だった。
そう、円華ちゃんはいつだってカッコイイ。
それに誰よりも綺麗。
いつまでも私のヒーローで、お姫様だ。
――だから、小学校高学年になって、急に眼鏡をかけて髪を伸ばし始めて、クラスの他の子たちから距離を置くようになっても、私は円華ちゃんが変わっただなんて思わなかった。
だって、円華ちゃんはどんな姿でも円華ちゃんだもの。
そりゃあ、私だってもったいないとは思ったよ?
円華ちゃんを好きに飾りつけられないのも残念だった。
私はお洒落もお化粧も大好きだし、人にしてあげて、その人が可愛くなるのを見るのも大好きだ。だから、円華ちゃんにそうできないのは、とても残念なの。
でも、飾りつけなくったって、私が好きな円華ちゃんはいつだってやっぱり円華ちゃんなんだった。
「――蛍。私、聖クリストフォロスに行くよ」
中学生になったある時、円華ちゃんがそう言った。
真っ直ぐ前を見て、そう、静かに宣言するみたいに言った。
「行きたい」でも「行くことに決めた」でもなく「行くよ」という、まるで未来でも語るみたいな言い切り方が、円華ちゃんらしかった。
本当は一緒の高校に行きたかったよ。
でも、中学に入った頃から――ううん、きっとそのちょっと前から――一緒の学校には行くのが無理なんだろうな、っていうのはわかっていたの。
だって、あまりにも成績が違いすぎるし、私には私の夢もあったから。
私のためにレベルを落として、興味もない学校に付き合う円華ちゃんなんて円華ちゃんじゃないし、私だって嬉しくない。
私は私の夢に向かって全力で頑張るし、もちろん、円華ちゃんだって自分の夢に向かって前を向いていてほしい。
だから、すぐに頷いたの。
「うん……、応援する。円華ちゃんならできるって、私、わかってるよ」
そこで、円華ちゃんは笑ってくれた。
眼鏡と前髪に隠れちゃって、本当は表情なんかわからなかったけど、でも私にはわかるの。顔なんて見なくたって私にはわかるもん。
行く道が違っていたって、円華ちゃんはやっぱり私のお姫様で、ヒーローだ。
私の一番の親友なんだもの。
「――蛍、これ、もらってくれる?」
円華ちゃんが初めて私に髪を切らせてくれて、化粧までさせてくれて、やっぱりものすごい美人なんだって改めて確信した高校入学を数日後に控えた日だった。
凌久くんと円華ちゃんがうちを訪ねてきて、なんとお礼のプレゼントをくれたの……!
「え……?」
「その……、クッキー、なの。凌久に教えてもらって作ったの。髪を切ってくれたお礼、こんなもので悪いのだけれど」
「クッキー……。え、ま、円華ちゃんが……? え? て、手作り……? 円華ちゃんが……!? お、お菓子を手作り……!?」
「ご、ごめんなさい。迷惑だった……?」
「め、迷惑なわけないよ……! もらうよ、もらう! ありがとう!」
お礼なんてこちらがしたいくらいだったのに、まさか手作りのクッキーなんてものをもらえるとは!
あの、円華ちゃんが……!
お料理すれば鍋を焦げ付かせ、オーブンを壊し、台所をドロドロにしてしまう円華ちゃんが……! よりによってお菓子とは……!?
十五年間一緒にいて、初めてのことだよ……!?
「一応、味見したからちゃんと食べれると思うよ?」
凌久くんがフォローしてるけど、味なんてどうでもいいの!
だって円華ちゃんが、調理実習でさえ端で見ている円華ちゃんが、おそらく初めて作ったクッキーだよ!?
たとえ石と言われたって食べるよ!? いや、食べるのもったいないな!?
「ありがとう! ありがとう!! 私、嬉しい!」
嬉しすぎて、シャンプーとかコンディショナーとかトリートメントとか化粧品とかの試供品をどっさりあげてしまった。
「あ、いえ、蛍。またこんなにいただいたらお礼の意味がないのだけれど……」
「いいの! 持って行って、お願いだから! そんなのいくらでももらえるから、いいの!! 私の気持ちだから……!」
「そ、そう……? ありがとう、蛍」
円華ちゃんは多少戸惑ったようにしながらも、微笑んでくれた。
――本当を言うとね。
退院してきた円華ちゃんは、少し変わったように思うの。
口調とか、仕草とか。
わざとそうしてる、って言ってたから納得したフリはしたけど、本当はちょっと別の人みたいって、こっそり思ってる。
でも、似合ってないわけじゃないの。
まるで、元からこういう人だったみたい。
ただね、うまく言えないんだけど、まったく円華ちゃんじゃない別の人って感じもしないの。
どんな口調をしても仕草をしていても、円華ちゃんは円華ちゃんだった。
真っ直ぐ前を見て、常に上に向かって全力で走っていくような。
それはこの間の事故のせいかもしれないし、何か他に理由があるのかもしれないな、とは思う。
何か理由があるのなら話してくれたら嬉しいな、とは思うけど……、話してくれなくてもいいの。
私が円華ちゃんの親友でいられたら……、いいえ、たとえ円華ちゃんに別の一番の人ができてしまったとしても。
私の中の一番の親友はいつだって円華ちゃんだから。
「円華ちゃん、また私に髪切らせてね?」
円華ちゃんはにこり、と微笑んでくれた。
「ええ、もちろん。だって蛍は私の専属美容師だもの」
「円華ちゃん……!」
大好き……!
ギューッと抱きしめてしまった。
「ほ、蛍……? ちょっと、苦し……」
嫌。離してなんて、あげない。
「しょ、しょうがない子ねぇ……」
ふふっと、円華ちゃんが耳元で笑ってくれた。
やっぱり。
円華ちゃんは私のお姫様で、ヒーローで、一番の親友。
それは、変わらないわ。




