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お嬢様は平穏無事な日常をお望みです  作者:
第一章 春休み
14/79

13 お嬢様、作戦会議する


 父さんたちも帰ってきて、夕飯を食べてもらう間に凌久がお風呂を入れてくれた。狭いお風呂に、みんなで交代で入る。

 

「さて、姉ちゃん、作戦会議だ!」

「作戦会議?」


 お風呂から上がってほかほかしている凌久が、子ども部屋に入るなりそう言った。机で『胸キュン』を読んでいた私は振り返って凌久を見る。


「ちょっとここ座って、姉ちゃん」


 凌久がぽんぽんと畳を叩く。


「はい」


 私は『胸キュン』を丁寧にしまうと、凌久の前に座った。


「えへん、それでは!」


 わざとらしく咳払いをし、凌久が一冊のノートを取り出す。


「じゃーん! 俺が図書館で調べつつ立てた完璧な作戦を発表します!」


 ノートの表紙には大きく『聖クリストフォロス生活大作戦』と手書きで書かれている。


「作戦……?」

「そう。どうやって、お金持ちに馴染むか、だよ」

「馴染む?」

「うん。俺、今日図書館でとりあえず、金持ちに庶民が紛れこんじゃう話を探して片っ端から読んでみたわけ」

「……あるの? そんなの」


 図書館まで行って何をやってるのだ、我が弟は。


「往年の少女漫画やラノベにはよくあるパターンなんだ。『胸キュン』もその流れを汲んでる」

「ふぅん」

「他人事みたいに頷かないで! 姉ちゃんのこれからのことだよ!」

「話の先が見えないのよ」

「まあまあ、聞いてよ。俺、完璧に分類したから。――パターン1。完璧に擬態する」

「擬態?」


「本当は中身庶民なんだけど、持ち前の優秀さで、完璧なお嬢様を演じられるパターン。周囲からは尊敬されたりするわけ。でも本人も本当の自分じゃないから途中で苦しくなるし、ひょんなことから特定の人に正体がバレる。秘密を共有したその人が、強力な味方になるんだ。――ラストは最後まで擬態したまま終わるパターンが多い。本当の自分を見せられる仲間がいるからね。ちょっと変形バージョンは、本当の自分を周囲に告白し、なおかつ認められるハッピーエンド、ってのもあるね」

「ふんふん」


 凌久が図書館で借りてきた一冊の漫画を取り出す。

 パラパラ見ると、どうやら元々親はお金持ちだったが家を出ていて、貧乏暮らししか知らなかった少女が、親の死をきっかけにその実家に引き取られ、お嬢様学校に通う、というストーリーだ。そこには、似たように庶民出身の完璧に擬態している少女がふたりいて、同じ匂いを嗅ぎ取ったふたりに正体がバレ、それからは親友になり助け合う、という少女漫画だ。……面白そう。


 凌久は、変形バージョンの例として、別の漫画も取り出した。家ではだらしないのに外では完璧を演じている女の子が、ふとしたきっかけでひとりの男の子に家での姿を見られてしまう。秘密を共有するうちに、ふたりの間には恋が生まれ……、というストーリー。……続きが読みたい。凌久、なぜ、一巻しかないの。


「パターン2。庶民の振る舞いをしているのに、勝手に周囲が高貴な出身だと勘違いする」

「勘違い?」

「本人は全然無理してなくて、その庶民な行動を勝手に周りがいい感じに勘違いする。これも、真実を知って友人になった本物の金持ちの友人が、バレないようにいろいろフォローしてくれて、無事学校生活を送る、という平和なパターン。変形バージョンとしては、お嬢様と中身が入れ替わってしまった庶民が周囲に衝撃を与えつつも、秘密は特に話さないままなぜかどんどん周りを心酔させて、味方を増やしていく、という」

「へぇ」


 例として出された一冊は、もの凄い貧乏な少年が、奨学金を得てお金持ちが通う学校に通うストーリー。家事のスペックが高すぎるために、ただお金がなくて手作りしているものが、腕のいい職人がオーダーメイドしたものだと勘違いされたりする。読んでいる方は、それが極度の貧乏からくるものだとわかっているから、ギャップが面白いのだ。バレそうになるたびに、親友になる少年がフォローして、そのまま平和に学校生活が続く、というものだ。


 別の一冊は、小説だった。令嬢と庶民の少年の中身が入れ替わってしまい、そのまま学校に通うことになってしまった少年が、自分の欲のままに行動するが、なぜかいいように解釈されて、どんどん周囲を魅了していく、というファンタジーだ。

 どちらもコメディタッチでちょっと読んだだけで、吹き出してしまう。

 だから、凌久、なぜ一巻だけなの!? 続きは!?


「パターン3」

「まだあるの?」

「あるよ。姉ちゃんが大切にしてる『胸キュン』だよ」

「――ああ……」

「庶民だからっていじめられるパターンね。そこを王子様に助けられて、たくましい庶民根性に王子が惹かれてハッピーエンド、っていう」

「簡単にまとめないで! 感動傑作なのに!」

「今は中身の評価をする時じゃないんだよ。単なる例なんだから。大まかに言うと、こんな感じだね」

「それで?」

「うん。姉ちゃんの場合は、前世が令嬢でその記憶があるわけだから、言葉遣いとか行動は問題なさそうでしょ?」

「そうね」

「そこは完璧なわけだよ。それ、好都合なんだよね。いじめられないためには、周囲から浮かないことが重要なの」

「……そうかしら?」


「あと、外見。これはもう、蛍ちゃんマジックとしか言いようがないけど、黙ってれば結構お嬢様に見える。お嬢様がいっぱいいる中なら、普通かもしれない。少なくとも、変に目立って目をつけられることはないと思う。起きてからの言動を考えると、逆にクリストフォロスで良かったよ。その口調とか、いろいろぽこぽこ忘れてることとか、姉ちゃんを知ってる人たちがたくさんいるところじゃ、目立って変に思われてたところだよ」

「凌久はさっきから『目立つな』と言ってばかりね」

「……じゃあ訊くけど。姉ちゃんはさ、どういう学校生活を望んでるの? いじめられてもいいわけじゃないでしょ?」

「それはまあ、そうだけれど。うーん……どういう、と言っても」


 こちらの世界のことをあまりよくわかっていない自覚がある。

 突然、別の物語の中に放り込まれた気分なのだ。

 そこでふと口をついて出た言葉があった。


「真正のお嬢様や令息を間近に見てウハウハしたい……?」


 ――円華だ! 円華の意識が今、言わせた! な、何それ!?

 ウハウハって!?

 凌久も胡散臭そうな目で私を見る。


「……姉ちゃん?」

「……と、円華が思っています、たぶん」

「やっぱり、姉ちゃんか!」

「……なるべく目立たず、平和に学校生活を送って、密かにお嬢様たちを眺めて楽しみたい、みたいな。あわよくば『胸キュン』みたいな恋物語を繰り広げる人たちがいれば、そっと物陰から観察したい、みたいな……?」

「そこ、自分じゃないんだ!? 主役じゃなくていいの!?」

「いいみたい……」

「――ヴァイオレットとしては?」

「私? そうねぇ……」


 どんな学校生活を送りたいか? 王子の婚約者としての責務も、足元固めも必要ない。ただ、実際そうなってみると、何をしたらいいかわからなくなる。

 ――『しなければならない』という義務が生じない日常は有り得なかった。


「……好きになれるものを見つけたいわ。なるべく目立たず、という円華の考えは悪くない。……今まで平和に過ごしたことがないの。ささやかでいいから波風が立たず、自分の楽しみのためだけに平和に暮らしたい。穏やかに」

「……それが、本当はヴァイオレットの願いだった?」

「――そう、かもしれないわね。考えたこともなかったけれど。自分以外の誰かになれるなんて、思ったこともなかった。……そうね、本当は修道院にでも入って野菜なんか育てながら、穏やかに暮らせれば良かったのかもしれないわ」

「じゃあ、平穏無事な学校生活を送ることが目標ってことでいい?」

「ああ、そうね。それがいいわ」

「……ねぇ、姉ちゃん。俺ね、いつだって本当は自分以外の誰かになれるんだって、思ってるんだ。姉ちゃんは今、強制的にそういう環境に放り込まれてるわけだけど。努力次第で、なりたい自分になれるんだって、思いたいんだよ。……違う、かな?」


 真剣な眼差しで、凌久がそう言った。

 本当に、そう信じている目だった。――いや、そう思いたいのかもしれない。

 私は、ふっと微笑んだ。

 ――そうね。まだ凌久は十二歳だものね。その希望や願いを壊す必要はない。

 

 自分以外の誰かに。


 ――でも、私はヴァイオレットだ。たとえ生まれ変わっても、意識してしまったら、私以外にはなれない。それは、二十年足らずの人生だったけれど、わかっていた。自分は、自分以外にはなれない。私は、私としてしか生きられない。

 それを貫いたがために、命を落としたのだと、思う。だが、それを後悔してはいない。ちゃんと生きた、と思いたかった。


 ただ、確かに。

 凌久の言うことも、嘘だとは言い切れない。

 凌久が信じているなら、私も信じてみよう。

 もし、生き直せるなら、生き直してみたら、いいのかもしれない。

 円華として、私と円華自身が望む、平穏無事な人生を。

 贅沢は、前世で死ぬほどした。

 しかし、贅沢には重責が伴う。お金というものはあるに越したことはないが、たくさんは必要ないのだ。増えれば増えるほど、それに付随して、責任も増す。どんどん、自分が生きたいように生きられなくなるのだ。


 だったら、貧しくとも身の丈に合った毎日が過ごせるなら、それが幸せではないだろうか。

 一般市民として、目立たず、好きなことをして。

 ささやかだけれど、大切な人に囲まれて穏やかな生活を送り、大往生――なんて、最高じゃない?

 

 私が頷くと、凌久も「よし」と頷いた。


「じゃあ、平穏無事なクリストフォロス生活を目指して! 具体的な作戦を伝授しよう!」


 それから私たちは、凌久が立てた作戦をもとに、新しい学校生活の方針を深夜まで、話し合った。


【参考文献】


『笑う大大天使』全3巻 川原泉/著 白泉社<花とゆめCOMICS>

『彼氏彼女の事情』全21巻 津田雅美/著 白泉社<花とゆめCOMICS>

『山田太郎物語』全15巻 森永あい/著 角川書店<あすかコミックス>

『無欲の聖女』1~4 中村颯希/著 主婦の友社<ヒーロー文庫>

『花より男子』全37巻 神尾葉子/著 集英社<マーガレットコミックス>


※『愛されて胸キュン』は創作です。実際に存在する本ではありません。


◇◇◇


次から第二章に入り、やっと学園生活が始まります。

その前に別視点の閑話が数話入ります。

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