「クララの処遇」
週が明けまた新たな1週間が始まる。
「にぃちゃん、バーイバーイ」
「じゃあね、アニキ」
「うん、二人とも頑張ってね」
昨日は、夕食に間に合い久々に家族で食卓を囲んだ事でスミの機嫌を損なう事はなかった。
そんな胸を撫で下ろしている俺の背後から耳になじむ声が聞こえる。
「おはようございます、鷹刃君」
「おはよう、井波さん。なんか嬉しそうだね」
「わかります?」
初めて会った頃と比べたら最近はかなり表情が明るくなった井波さんだが、今日は、特に機嫌が良さそうだ。
「もしかして、夏菜ちゃん関連?」
井波さんを喜ばせる原因は、今のところそれしか浮かばない。
「はいッ! 今週の金曜日に退院できるそうです!」
夏菜ちゃんが、ヤマト大学附属病院に入院してリハビリを開始して2週間。
ひと月は掛かると思っていたが、今週中に退院できるという事は夏菜ちゃんの頑張りがあったからだろう。
「頑張ったんだね、夏菜ちゃん」
「はい! それに今日からWEBで学校の授業に参加するらしくて、すごく嬉しそうにしていました」
「たしか、第二高校だったよね? 夏菜ちゃん」
「はい、私と同じ1年生です」
夏菜ちゃんは優秀で、研究者育成に特化した第二高校に小学生で飛び級している。
なので、眠りから覚め5年経った今、二人は同級生になっている。
「じゃあ、学校は来週から?」
「その予定です」
夏菜ちゃんが日常に戻れる。
本当に良かった。
「クララちゃん、大丈夫ですかね?」
「平日は、豪志が面倒を見てくれるから問題ないと思うよ」
クララが複合人間というカテゴリーに属するため、支部長はその扱いに困っていた。
主を失った複合人間は、この世界で複合人間を管理している機関である【世界複合人間連盟】、通称【WCU】に絶対的な帰属権利がある。
つまり、WCUに戻された後にまた新たな主の下で奴隷として生きなくてはいけないという事だ。
そんなクララを不憫に思った支部長は俺に相談を持ち掛けた。
“クララの主人になってもらえないか”という。
本来であればWCUには戻さないといけないが支部長としての地位と権力を行使し、クララをWCUには戻さずこちらで新たな主人を充てるという事だった。
そこで、人格とSランクとしての地位、そして鷹刃という苗字を持つ俺に白羽の矢が立ったと言う訳だ。
俺であれば、クララに自由を与えられると考えたのだろう。
クララの事を考えたら悪くない話だし、こんなに手間のかかる事を実行しようとしている支部長に対して好感を持てた。
だが、俺の余命はあと少し。
俺がこの世から去ってしまえば、クララはまた主を失いWCUに戻さないといけない事案ができる。そんなのは本当の自由ではない。
だから、俺はもう一つの方法を取った。
それは、身請け制度だ。
個体別毎に設定されている金額は異なるが、身請けをすればWCUへの帰属権利は消滅する。そして、身請けした複合人間を聖櫃具で縛ってもいいし解放してもいい。
身請け人の自由に扱っていいのだ。
カテゴリー2であるクララの身請け額は、37億円。
かなり高額だが俺に払えない額ではない。
因みにWCUの縛りがある場合は、補償金と毎月の使用料が掛かるのだが身請け金より遥かに安価だ。
あの無精髭の男は、何かしら不法な手を使ってクララを売り払おうと企てていたようだが……その方法を俺は知らない。まぁ、WCUの目を盗んで事に及ぶのだ、かなりリスクの高い方法だと言う事だけは確かだろう。
さて、俺は、その場でクララの身請け金を協会を通じてWCUに支払いクララの身請け人になった。
みんなは、眉一つ動かさず即決した俺に対して最初はかなり驚いていたが、それ以上に俺を称賛してくれた。
クララを聖櫃具で縛るつもりは俺には毛頭ない。
クララは自由になのだ。どこにでも行ける。
だが、奴隷としての生き方しか知らないクララは、この世界での常識や生きる術を持たない。
だから、俺は提案した。
俺達のパーティに入らないかって。
クララ程の希少な能力を持った人物はそうそういない。俺が抜けた後のパーティの火力になると思ったんだ。
もちろん、井波さん達もクララがパーティに入る事について異論はなく、後はクララが決める事だと意見を聞いたら、ぜひともの事だったのでクララは晴れて俺達のパーティの一員となった。
クララは高い戦闘力を有しているが、迷宮初心者。
俺達が活動できない平日帯に俺達と合流するまである程度のレベルになってもらうよう豪志に任せてある。豪志であれば問題ないだろう。
クララの話をしながら井波さんと学校へと向かうのだが、校門の前が何だか騒がしい。
「何かあったんですかね?」
「人だかりが出来てるね」
校門の前に出来た人だかり。
そこには俺達サンコーの生徒以外にも多数のイチコーの生徒も一緒になって騒いでいた。
だれか有名人でも来ているのだろうか?
若干の興味を覚え、人波を掻き分けながら前に進む俺の両目にこの騒ぎの中心と思える人物が映し出され、俺は驚かざるを得なかった。
「よっ、カイト。久しぶりだな!」
「元気そうで……何よりです……」
銀の乙女団の仲間であるグレンとミリーがそこに立っていたからだ。
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