「イカロス」
少女の身体を青い炎が包み込む。
アークを発動させたのだ。
複合人間は、アークマスターでいう所の操作系と擬態系のデュエルマスターに近い存在だ。異なる所は、擬態系のアークマスターは魔力を消費する事で高い身体能力を持つ存在へと擬態できる。つまりのところ魔力が尽きたらそこで擬態は解かれる。
しかし、複合人間は元がフィアーのソレなのでタイムリミットなしに常に高い身体能力をキープできるのだ。
あの身体を包み込むうような青い炎を見る限り少女の母体は、魔法を行使しながらの近接戦を得意とする上級アークマスター【魔闘士】で間違いないだろう。
少女の姿がブレたと思ったら一瞬で俺との距離を詰め青々と揺らめいている炎を包んだ拳を繰り出す。
首を横に向け拳を躱す俺の鼻に髪が燃えた時の不快な臭いが入り込んでくる。
どうやら拳を避けた際に少女の炎が髪に触れたらしい。そんな事を考えながらも少女の繰り出す攻撃を全て躱していく。これ以上髪を燃やされるのは御免なので先ほどまでの最小限の動きからやや大袈裟に動きをスイッチする。
「ぎゃっははは! さっきより余裕がないんじゃないのか!? いつまで持つか見ものだぜ!」
どうやら動きを大きくしたことで男を勘違いさせてしまっているらしいが、攻撃を繰り出している当の本人は、これでも俺に攻撃が当たらない事にかなりの焦りを感じているようで、段々と表情が曇っていく。
「……このままでは……」
「俺との力の差はわかるよね? もう、止めにしたらどう?」
「……ボク、だって……やめられたら……」
「おい! 何をちんたらしてんだ! もっと本気を出せ!」
中々俺が倒されない事に痺れを切らした男の怒号に反応して、少女の首のチョーカー光りだす。
「うっ……ごめんなさい」
少女は、そう謝罪し首を抑え込みながらバックステップで俺と距離を取りながら詠唱を始める。すると、莫大な魔力が絞り出され、同時に少女の身体を包んでいる青い炎が段々大きくなっている。
詠唱を終えると少女の頭上には自動魔動車大の青い狐が、俺を睨むかの様に鋭い視線を向ける。
「へぇ、これは見事な魔法だね。まるで、生きているみたいだ」
「……お願い、死なないで……【紺碧狐】」
少女が魔法を発動する。
まるで生きているかの様にみえる狐が、キェエエエエエエエ! と甲高い雄たけびを上げて空を駆けるように迫ってくる。
「大丈夫、これくらいでは死なないから」
右手を挙げると氷で出来た羽根が渦巻き、次第に巨大な一対の翼と化す。
「なんで、魔法を……それも、あんな……格闘士じゃなかったのかよ!?」
「格闘士だよ、一応ね。さぁ、行っておいで【イカロス】」
分かったと言わんばかりに翼を一度はためかせたイカロスは、風を切るように飛んで行き紺碧狐と衝突する。
炎と氷がぶつかり合った事て、ジュゥゥゥゥっという音と共に辺りに一面に湯気が立ちこめる。
そして、イカロスは両翼を広げて紺碧狐を包み込むとキェエエエエ! という断末魔にも近い悲鳴を上げながら紺碧狐の姿は大気の中に溶け込んでいった。
「そ、そんな……紺碧狐が……」
「ありえねぇ、そいつはカテゴリー2なんだぞ……魔闘士なんだぞ……」
未だ目の前で起こった事態を飲み込む事が出来ずにいる男を余所に、俺は、少女に近づく。
俺がやり合う気がないと分かっているのか、そもそも勝つのは難しいと思っているからなのか少女は警戒する事もせず、ただただ俺をジッと見つめている。
「ねぇ、君、名前は?」
「……今は、そんなものない……」
「今は? と言うことは昔はあったって事かな?」
少女はこくりと頷く。
「じゃあ、聞き方を変えるね。君の母体の名前は?」
「……クララ」
「そう、クララか。可愛らしい名前だね」
「……ありがと」
「さて、クララ。俺は君をその絶対服従の聖櫃具から解放して上げたいと思っている」
「……そんな事できるわけ、ないよ」
「おい! 何を勝手な事を言ってるんだ! クソッこうなったら!」
男がアークを発動する。
あれは……【狂戦士化】。
刃威餌亡の遠藤が使っていたのと同じ、上級アークだ。
配下の身体能力やアークの効果向上の恩恵を与える代わりに狂戦士と化した者達は自我を持つ事なく、あるとするならば【司令官】が敵と認識した者に対して効力が切れるまで攻撃し続けるというものだ。
別にクララが狂戦士化しても大した脅威にはならない。
狂戦士化したクララを圧倒し、男を絶望の淵に落とすのも僥倖だろう……が、それではクララが可哀そうだ。
今にも狂戦士化しようとしているクララの頭に手を置く。
「少し待っててね」
「……ん」
俺がそう呟くとクララは糸が切れたように気を失う。
そんなクララの身体を支えてゆっくりと地面に下ろす。
「何をした……」
「狂戦士化する前に眠ってもらっただけだよ」
「なぜ、それを……お前は一体なんなんだ!? 中級アークしか使えない落ちこぼれじゃなかったのかよ!」
「別にそれをあなたに説明する義理も暇もないんだ。それよりもさ、俺の事をどこで知ったのか教えてほしいんだけど」
俺のアークに関する情報や取得品の買取金額など、モドキが知っている事に違和感を覚える。協会職員による情報漏洩だと考える方が辻褄があう。
「ま、待ってくれ! 取引をしよう!」
「取引?」
「そ、そうだ! その奴隷を解放したいんだろ?」
なるほどね。男の言いたい事は分かる。
男は、司令官のアークマスターだ。司令官は、部下がいてなんぼのマスターで単体ではなんの驚異にもならない。カテゴリー2を圧倒する俺には勝てないと踏んで絶対服従の聖櫃具を解除する事を交渉のテーブルに乗せているのだろう。
「大丈夫。それは、自分で何とかなるから」
そう言って、クララの首に付けられたチョーカー外す。
「うそだろ……? 何でそんな事が出来るんだよ……」
「企業秘密ってことで。それで、話す気になったかな?」
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