「擬態系」
黒田を先頭に部屋の一室に入る。
そこには、60インチはありそうなモニターが設置しており、モニターにはスヤスヤと眠っている少女が映し出されていた。
眠ってはいるがどこか井波さんの面影が感じられる。
あの子が井波さんの妹で間違いないだろう。
「夏菜……」
モニターに手をあて、妹の名前を口にする井波さん。
早く何とかしてあげたい。
井波さんの妹さんが本当はこの常世の楽園の本部にいるのではという質問に対して黒田はあり得ないと言ったが、俺の真偽眼に映る黒田の心臓は真っ赤に染まっていた。
つまり、井波さんの妹が本当にいると言うのは真っ赤な嘘で、この建物のどこかにいるという事だ。
井波さんの妹さんの居場所を突き止めるためにいつしか使った広範囲察知を発動させる。
「そこかッ!」
広範囲察知を発動するや否や、鋭利な刃物が俺の眼前に迫る。
悲鳴に近い物が漏らす井波さんとは違い当事者である俺は、冷静に人差し指と中指の二本で挟むようにナイフを掴む。
傍から見たら何もない空間にナイフが浮いている状態だが……黒田は俺の事を認識しているため既に俺の姿が見えているはずだ。
「お嬢、これはどういうことですか?」
先ほどとは違いドスの聞いた低い声で井波さんを咎める黒田だが、視線を俺から外す事はない。
井波さんからの返事がない事に少し苛つきながら、黒田は俺に話しかける。
「お嬢の近くから変な違和感がしたから警戒しておいて正解だった。お前は何者だ」
井波さんと対面した時に何か考え事をしていたのは俺の存在を感知したからか。
「俺は、そうだね……ただのコソ泥だと言ったら信じてもらえる?」
「信じられる訳ねぇだろッ!」
「だろうね」
「お嬢、約束したはずだ! この事は誰にも口外しないと! 約束を違えたらもう二度と夏菜お嬢には会わせないと!」
「それは……」
「この件は、アダム様に報告させてもらう!」
「あんまり先に話を進めないでもらえないかな」
「部外者は黙ってろ!」
「それ言うなら、貴方も部外者だよ」
「何を言っている俺はアダム様の秘書だ!」
「そんな事を言ったら、俺は井波さんの友達だけどね」
今回の当事者は井波さんと妹さん、そして、叔父であるアダムであり俺と黒田は部外者だ。
「よくもぬけぬけと……まぁ、いい。お嬢、覚悟してもらいますよ」
「覚悟? それは井波さんが妹さんに会えなくなるって事?」
「そうだ!」
「それはないでしょ。今日、彼女の妹さんは連れて帰るんだからね」
「連れて帰るだと!? 夏菜お嬢は本島にいるんだ! どうやって連れて帰るつもりだ!」
「そんなの貴方が一番よく分かっているハズだよ。妹さんは、この建物の中にいるんだから」
「な、何を……」
「夏菜は、本当にここにいるんですか!?」
「うん、いるよ」
井波さんの表情が晴れる。
先程発動した広範囲察知は今も持続しており、この建物の一番下の方から井波さんに似た気配を感じる。
だから、答え合わせだ。
「ねぇ、妹さんはこの建物の地下にいるんだよね?」
「いるわけねぇだろ! さっきから、お前は何をほざいえるんだ!」
真っ赤に染まる黒田の心臓。
うん、ビンゴだね。
「ありがとう、よく分かったよ。もうここには用はないね。早く妹さんを迎えに行こうか」
「行かせるかッ!」
俺の首に向けて伸ばしてくる黒田の手を掴む。
そして、ほんの少し力を加えてやると黒田の口から苦痛混じりの声が漏れる。
「いぎっ……ば、かな……なんて力をしてやがる」
「別に貴方と争う気はないんだけどね」
「お前に無くても俺にはあるんだよ!」
俺に掴まれた反対の手が俺に襲いかかってくる。
襲いかかってくるも表現したのは、黒田の手が人の手よりも大きく鋭く長い爪を持つまるで熊の手の様になっていたからだ。
俺は黒田の手を離し、バックステップでそれを躱す。
俺の目に写る黒田の姿形がどんどんと変わっていき、最終的には元のサイズよりふた回りは大きい真っ赤体毛を携えたツキノワグマになっていた。
「擬態系だったんだ」
アークマスターは大きく二つのカテゴリーに分類される。
操作系と擬態系だ。
擬態系とは、動物やフィアー、もっと言えば機械に至るまでありとあらゆる物体に擬態出来るアークマスターの事を指し、例えば俺がよく使う身体強化や佐伯の重力操作、遠野が使った狂戦士化など、擬態系以外のありとあらゆるジャンルが操作系である。
操作系と擬態系は、アークマスターになるために必ず必要とされる47個目の単体の染色体であるD染色体の形で決まるとされる。
また、この世界には何らかの要因で複数のD染色体を持つマスターが存在する。
うちの団長がそれだ。
団長は、操作系と擬態系の両方のアークを保有しており、そのいずれも特級だ。
それが、【銀の乙女】鷹刃冴子がトップクラスのアークマスターとされる所以である。
因みに、俺のD染色体は操作系の物であるため、擬態系のアークは再現する事はできない。
俺がいた研究所では人工的に複数のD染色体を持つアークマスターを造り出す事を目的としていたが、上手くいかず数えきれない程の犠牲を払った。
そこで、研究所の人間達は、一つのD染色体で複数のアークを使える様に方向転換し、産まれたのがこの【再創造師】である俺だ。
さて、話を戻そう。
黒田の体毛は、赤色だ。
生命体への擬態系では、その体毛の色によってランク分けされる。
白く青く赤く黒く金の順に高ランクになっていくのだ。
操作系のマスターで例えるなら、黒田は上級に近い強さを有している。
『どうした、小僧! 勝ち目がないと思って諦めたのか?』
「そんなわけ無いじゃん。そうだね、格の違いというモノを教えてあげるよ」
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