「楽しかった」
「う、うそだろ……」
「あの佐伯さんが、あんなに、あっさり……」
「なにもんだよ、あいつ。サンコーの癖に」
自分達が見下していたサンコーの生徒に佐伯が倒された。
佐伯一派の人達は信じられない物を目の当たりにしている様子で各々の反応を口から洩らしていた。
ざわざわとしたなか、俺のデバイスにメッセージが届く。
スミからだ。
『ルミと今から帰るけど、アニキもう家についてる?』
俺もまだ帰っていないと返事をすると一緒に帰ろうときたので了解と返す。
これからフォースステーションの前で落ち合う事にした。
「さてと」
俺の発した言葉にざわついていた道場内が静まり返る。
そして、誰一人俺と目を合わせようとしない。
このままこの場を去ってもいいけど妹達のために念を押しておくか。
「ねぇ」
「は、はひッ! 生意気言ってすんませんでしたッ!」
絆創膏君は、直立不動でぶるぶると震えている。
「別に生意気だなんて思ってないから大丈夫だよ。えっと、君の名前は?」
流石にずっと絆創膏君とは呼ぶわけにはいかない。
絆創膏はいつか取れる物だからね。
「足立、足立次郎です!」
「じゃあ、足立君。君に二つお願いがあるんだ」
「はい、なんなりと」
「ん。まずは、佐伯君が起きたら楽しかったって伝えてくれるかな」
圧倒的な力の差があった。
弱い者いじめをして楽しかったという意味ではない。
いつも俺が相手にしてきた者達じゃ戦いを楽しむ余裕なんて持ち合わせていなかった。
それもそのはず、命が掛かっているから。
だけど、佐伯は違った。
楽しそうに戦いに興じていた。
もちろん、ここに命のやり取りが無かったという事も理由にはなるだろう。
それをひっくるめて、そんな佐伯が相手だったから楽しかった。
だから、少しばかり本気も出した。
「次にまた戦うのを楽しみしていると付け加えてね」
この一言で、佐伯はこれから更に強くなるだろう。
佐伯はそんな男だ。
こと戦いに関して俺に楽しさを教えてくれた佐伯への感謝でもあり、強くなった佐伯とまた拳を交えたいという俺の願望でもある。
「はひッ! 必ず伝えまっす!」
足立は、ピンと身体を伸ばして敬礼を向ける。
「ん。それともう一つは――」
道場からフォースステーションまでは目と鼻の先だったため、先に到着してスミ達を待つ。
「あっ、おにぃちゃんだ!」
「ちょっと、待ってよルミ!」
俺の姿に気付いたルミがすごい勢いでこちらに向かって来ており、その後ろをスミが追いかけている。見た感じ運動神経はルミの方が優れているようだ。
それから俺達は、電車に乗り込み家の最寄り駅であるサードステーションで降りて駅前のスーパーで夕飯の買い出しをした。
今日はグラタンを作ってくれるらしい。
買い物を終え、家路に向かう。
「スミねぇったらね、おにぃちゃんと一緒に帰りたくて凄くそわそわしてたんだから」
「ちょ、違うし! 買い物袋重いから荷物持ちにしようと思っただけだし!」
そんな俺の両手には買い物袋が握られている。
【運び屋】からコピーしたアーク【収納箱】に入れてもいいが、自分で持てる物は自分の両手で持ちたい。この身体とも後少しの付き合いだから。
「それよりも、ルミ! 明日こそは早く起きてよね! 今日もギリギリだったし!」
真っ赤に染まった顔でルミに抗議するスミ。
そう言えばまだ言ってなかったな。
「二人とも明日からは今日ぐらいの時間に出れば十分間に合うと思うよ」
「どういうこと? それより、聞くの忘れたけど今朝大丈夫だった? 私達が置いて行って……」
「うん、大丈夫だよ。学生ごときに遅れを取るような軟な鍛え方はしていないからね」
「さっすが、ママの部下! それで、間に合うというのは?」
「スミとルミが迷惑しているから、朝みたいなことはもうしないように釘を刺しておいたから」
俺が足立に頼んだもう一つのお願いとは――
「僕の義妹達に対する朝みたいな行為は金輪際ないようにして欲しんだ」
「えっと……」
「スミは、義母さんの代わりに家事全般をやってくれているんだけど、朝の君達の行為がスミの時間を奪っているんだ」
本当は、もう少しゆっくり寝たいし、もっと余裕を持って色々と準備をしたいはずなのにいつも時間に追われているのかと思うとスミが不憫でしょうがない。
「お願いできるかな?」
「も、もちろんです! これから妹さん達に迷惑を掛けない様にします! 他の奴らにもよく言っておきます」
「ん。助かるよ」
とまぁこんな感じだ。
「釘をさしたってのは怖いけど……本当にそうなら凄く助かる! ありがとう、アニキ!」
「やったああ! これで毎朝ゆっくりできる!」
「ルミ、あんたはいつもゆっくりしてるでしょ!? 今日もバタバタだったし!」
「えぇーそうだったけ?」
「そうだったけ? じゃないわよ! こら、逃げるなあ!」
「オニさんこっちら~」
「誰がオニだああ!」
本当に仲がいいなぁと目尻を緩めながら夕日が沈みオレンジ色に染まった空を見上げながら、一歩、そして一歩と進んで行った。
◇
一方そのころ佐伯は――
「うぅ……」
「いっくん!」
「ミーコかぁ……俺、どれくらい落ちてた」
「1時間くらいっす」
ミーコの代わりに足立が答える。
「そうか……悪かったなミーコ。待ち合わせの時間過ぎちまって」
「そんな事はいいの! 大丈夫? 痛い所ない?」
「あぁ、俺は首に一発貰っただけだからな」
海人に攻撃された首元を摩りながら、大丈夫だと口にしミーコ頭を撫でる。
「アイツ、カイトはどうした?」
「その……佐伯さんとのタイマンの後すぐここを出ました」
「そうか……」
佐伯は、すっかり意気消沈していた。
上級アークマスターとしての才能を持ち、それに慢心せず血反吐を吐くような努力をしてきたつもりだ。
だけど、海人相手に全く通用しなかった。
「思い上がっていたな……全く歯が立たなかった。こんなんじゃ、特級になんてなれねぇな」
「何言ってんのよ、いっくん! いつもの自信満々ないっくんはどこにいったのよ!」
「だってよ、ミーコ。本気でやってまるで相手にされなかったんだぜ? そんな野郎が自信満々でいられるかよ」
「そんな事で諦めるの? 今まで沢山努力してきたじゃない! 次は勝てるって!」
「あれは、無理だ。次元が違い過ぎる」
「うぅぅ! そんないっくん全然かっこよくないッ!」
「ちょ、ミーコ!」
ミーコは泣きながら道場から出て行く。
佐伯は、ミーコを追いかける事も出来ずクソッと拳を畳に打ち付ける。
「あの……佐伯さん」
「あぁ!? 俺は今気が立ってんだ! 殴られたくなかったら黙ってろ!」
今度は足立にに当たってしまう。
そんな自分に自己嫌悪を覚える。
「す、すみません! ですが、あの鷹刃さんからの言伝が……」
「カイトから!? あいつは」
なんて言ったと言いかけた言葉を佐伯は一度呑み込む。
――弱かった。
――期待外れだった。
そんな言葉を聞くのが怖かったのだ。
それでも聞かないといけない。
現実を受け止めないといけないと思い、再び口を開く。
「何て言っていた」
「楽しかった。次にまた戦えることを楽しみにしているって」
佐伯は全身の毛穴が開くようなそんな歓喜に包まれる。
あいつが楽しいって言ってくれた。
しかも、次に戦えることを楽しみにしていると。
「がっはははは! そうか! そんな事を言ってくれたんか! こりゃあ、立ち止まる訳にはいかねぇな!」
「佐伯さん!」
「おうよ! 俺はもっと強くなってやる。待ってろよカイト! 特級になってリベンジだ!」
足立をはじめとする佐伯一派の歓喜の声が道場包み込む。
「よし! じゃあ、早速」
「訓練すか!? 俺達も付き合います!」
「ばぁか、まずはミーコだろうが!」
「そうっすね、ミーコさんすね!」
「よし、野郎ども。ミーコの機嫌が直ったら明日から厳しくいくからな! 覚悟しやがれ!」
「「「おおおお!」」」
この日からおおよそ1年後。
佐伯は、特級アークマスターへと昇格する。
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