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第5話 巻き戻しの功罪

 数十分後。俺とアンナはゼロロス教会敷地内にある洋館の前にいた。



「ここが、ケイン様のお屋敷ですぅ!」


アンナのテンションに俺の頭はついていかない。


「いやちょっと何言ってるのかよくわからないんだけど。俺にしかできないことがあるからアンナ達は俺に王都にいてもらわないと困る、だからとりあえず王都での俺の住む場所に案内する、って話だったはずなのに……なんで一軒家に案内されてるんだよ!」


「これくらい当たり前ですぅ? 大聖女様も、羊飼いの皆さんも、みんなこの程度の屋敷は1つずつ支給されているですぅ。こんなんではお礼として不十分なくらい、私達は羊飼いの皆さんに期待しているんですぅ。この国の希望であるのに、実質的に軟禁状態にしてしまってますから、ここにいる時は少しでも快適に過ごしてほしいんですぅ」


 軟禁。その強烈すぎる言葉に俺は思わず身震いしてしまう。


 羊飼いであることがわかってしまった以上、俺はゼロロス協会に所属しなければならず、当然もう村には帰れない、という話はここに来るまでの間に聞いていた。そんなアンナの話はまだ半分くらいしか飲み込めてない。でも、それなら仕方がないのかな、とまた受け入れてもいた。すぐに実家に帰ると思っていたから驚きはあった。でも、俺しかできないことがあるならやらないといけないのかな、とも同時に思ったのだ。そのできること、はまだ漠然としていたけど。


 だから、これから一生王都で過ごさなくてはいけないことは受け入れたつもりだった。でも、改めて軟禁という言葉を聞くと動揺を隠せない。


 そんな俺に対してアンナは申し訳なさそうに身を縮こまらせる。


「わかるですぅ。まだまだお若いケイン様は一生教会暮らしなんてきっと嫌ですぅ。でもでも! 国中の美女を集めて後宮を作ったり、そこまでしなくてもケイン様の好みの女性をお連れして教会内ではありますが新婚生活を送れるように手配したり、できることはなんでもさせてもらうですぅ。一度人類が人魔大戦によって敗北している今、ケイン様にいてもらわないと困るんですぅ。だから……」


「人魔大戦……ってことは、やっぱりアンナも例の巻き戻しについては知ってるのか」


「時空の大聖女様に使える身として一応……。でも、ケイン様達とは違って自分の実感としてあるわけじゃないですぅ。


 ゼロロス教会中枢にはあらゆる魔法的干渉をはねつけて、この世界の全ての瞬間瞬間を克明に記録する図書館型の霊装があるのですぅ。そこに刻まれていた記憶は上層部のものしか知らされないのですぅ。でも、今回はアンナが直接仕えるレイン様のこと、ということで特別に知らされているんですぅ。


 1周目の世界で、レイン様にはなぜか羊飼いが見つからなかった。そのこともあってレイン様は教会に対して非協力的で、それは魔族との開戦後も変わらなかったのですぅ。それが原因で王都は陥落。人類完全敗北の目前で、世界が5年前にリセットされた。そう聞いてるのですぅ」


 説明するアンナの表情は必死だった。それも当然といえば当然、か。


 田舎暮らしの俺とは違い。アンナはずっと国防の最前線で働いてきているのだ。そして巻き戻される前の時間軸でも最後まで戦争の対応に奔走し、なんだったら命を一度落としていたかもしれない。そんな彼女が、戦争が再び起こった時に人類が生き残る可能性に縋るのは当たり前のことだろう。


 そして、その人類存亡の鍵が俺ーー正確に言うと人類存亡のための最後の1ピースである【時空】の大聖女を協力させられるのが俺しかいないのだと、彼女は言っている。


 引っかかることが何もないかと言ったら嘘になる。でも、駄々をこねることで重い使命を背負ったアンナを困らせることなんて、俺にはできなかった。


「そこまで気を使ってくれなくていいよ。アンナ達の気持ちはわかったし、自分の役目の重大さはわかってるからここから逃げ出すつもりなんてない。こちらこそ、俺にできることだったらなんでも協力させてもらうから、その……安心してくれ」


 無理矢理笑顔を作って言う俺。アンナの表情が明らかに明るくなった。




「部屋で少し休むですぅ? 教会の中を案内するですぅ?

それともわ・た・し、ですぅ?」


 屋敷の中に入って寝室に荷物を置いた後。アンナが言ってくる。


「新妻みたいなこと言うな。最後のを選んだらどうする気だよ……」


「もちろん精一杯ご奉仕させてもらうですぅ!」


「俺達さっき会ったばかりだよね⁉︎ もう少し自分を大事にしようよ?」


「安心してほしいですぅ。仕事外で既にアンナは5回ほど経験済みですぅ」


「いや、それはそれで神官としてどうなんだ……」


 アンナの言葉に俺は頭が痛くなる。


「まあアンナにご奉仕してもらうことはないから安心してくれ。そんなことしたら俺が妻にブチ殺されるからな」


「妻……」


 俺の言葉をアンナが反復する。そこで俺は失言に気づく。


 暫くの間沈黙が続いた。


「ケイン様、結婚してたんですぅ。そんなケイン様の気持ちも知らずにいきなり一生王都に住めだなんて、アンナは酷い女ですぅ……」


「あ、いや、そんな気にしないでくれ。まだ結婚してるわけじゃなくて3年後に結婚する予定だから……」


「な、なら! 教会の総力をあげて、絶対に彼女を探し出してケイン様と結びつけてみせるですぅ! それくらいさせ」


「いいよそんなことしなくて」


食い気味に言うアンナの言葉に俺はつい割り込んでしまう。その声は、自分でもぞっとするくらい冷たかった。驚いたような表情でこちらを見てくるアンナに、俺は慌てて


「あ、いや、なんかそういうのはちがうかなぁ、と思って。それに、俺は村にいれなくても、何かの偶然で出会える可能性もゼロでもないし、人魔大戦における人類敗北阻止に比べたら俺なんかの恋愛なんか小さいものだ! だから、気にしないでくれ」


取り繕うように明るい調子で言う。だけど、アンナの表情は曇ったままだった。


「そ、そう! 教会内を案内してくれるんだったよな。じゃあお願いしてもいいか?」


 気まずい雰囲気に耐えられなくて俺が立ち上がると


「も、もちろんですぅ」


とアンナも立ち上がる。


 わかっていた。ほんの少しの変動で世界は全然変わってしまう、というのはよくある話だ。そしてこの時間軸は既にこの歳の俺が本来いなかったはずの王都にいる時点でもう既に大きく変動してしまっている。この時間軸で田舎で出会うはずだった妻と出会える可能性はよっぽど人為的な介入をしなければ不可能に近い。当然、妻と俺の間に生まれた娘とまた再開することは絶望的だ。


 気丈に振る舞って見せつつも、俺の心にはそのことが重くのしかかっていた。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。

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