第40話 【断章】2人を数百年見守り続けてきた、とある一人の女の子のお話 前編
今回、全編スノウ視点です。少し分かりづらかったらすみません。
井戸に面した勝手口の扉をほんの少しだけ開けて、その隙間からお姉ちゃんとケインさんが両想いになった瞬間を見届けてから。わたしはそこで、ようやく安堵の溜息を漏らした。
「8938回目のやり直しでようやく二人が260年ぶりに再会し、カップルになる未来が見えてきましたね。ようやく及第点、と言ったところでしょうか」
お姉ちゃんとケインさんが再び出会い、恋人同士になること。それは最初に二人に出会ってから260年間、やり直しを何度もした分も含めた体感時間にするとその何十倍もの時間、わたしが見届けたかった光景だった。生まれ変わる前、今から十数代前の【魔王】として彼らと対峙し、戦った記憶を持つわたしにとっては。
わたしがお姉ちゃんとケインさんに初めて会ったのは今から260年前、第一次人魔大戦の時だった。当時、【時空】の魔法を受け継いで七大家の中でも最強だったわたしはこれまでの取り決め通りに魔王として君臨し、その時は時期が時期だったので不本意ながら人類軍との戦いの指揮を執っていた。
こんな不毛な戦争、早く終わるといいな。でも、人類は徹底的に潰さないでなあなあで戦争を終えると、終戦してすぐにまた戦争を仕掛けてきそうだからな。どうせわたし達が人類を蹂躙するだけで終わるんだから、人類側から仕掛けてきた戦争の割にはかなり譲歩した終戦条約を飲んでくれればいいのに。そう憂鬱に思っている時だった。
「君が魔王だな」
背後から声がしてわたしはぎょっとする。振り向くとそこには銀色の甲冑に身を包んだ、ぼろぼろになった人間の騎士が立っていた。彼の剣先はわたしに向けられながらも魔王を前にした恐怖のためか震えている。そう、彼こそがケインさんとして生まれ変わる十数回ほど前の、前世のケインさんだった。
――なぜ貧弱な人間が魔王城までたどり着いているのでしょう。
そう思いながらもわたしは【時空】の魔法の一様態である【停止】を発動させた。停止させた状態で痛みもなく目の前の人間の騎士を殺してあげようと思って。
しかし、【停止】を使っても彼の剣の震えは止まらなかった。そこではじめてわたしは、自分の目の前に対峙している騎士がわたしに対応する"羊飼い"だということに気づいた。
「羊飼い、ですか。だとしたら人類なのにここまでたどり着いたのも納得ですね。まあ、羊飼いだってわたしの魔法が通じないだけでそれ以外では普通の人間と何ら変わりがないのでしょうから、人の身でここまでたどり着いたのは努力と運の賜物なんでしょうが。で、わたしをどうするつもりですか?」
「き、決まってるだろ。ここで魔王である貴様を倒し、戦争を終わらせる。愛する人を護るために」
ケインさんの言葉にわたしは頭が痛くなってこめかみのあたりを押さえてしまう。
「あなた、この人魔大戦がどんな戦争だかわかっていますか。わたし達は平穏を望んでいるのに、醜い欲をだした人類が吹っ掛けてきた戦争じゃないですか。あなた達羊飼いだって、人類軍のお偉方にいいように言いくるめられて利用されているだけなことを、少しは自覚した方がいいですよ」
「そんなことはわかってる! だとしてもこのまま戦争が続けば俺の愛した人も命が危険にさらされる。俺たちが全て悪いのはわかってるんだ。でも、愛する人を救うために、ここであなたの首を取らせてくれ。それで戦争を終わらせてくれ」
そんな彼の愛する人に純真な気持ちをわたしは、敵ながら美しいと思ってしまった。だとしたらせめて真正面から答え、そして一思いに殺してあげるのが情けってものだろう。そう思って玉座から立ち上がろうとした時。
「ケイン、ようやく見つけた!」
そう言って魔王城にもう一人の乱入者が入ってきたかと思うと、彼女は騎士に勢いをつけて抱き着く。そんな突然の乱入者に時空の羊飼いも戸惑っているようだった。
「レイン、どうしてここにお前が」
「えへへ、心配でついてきちゃった」
そう、彼女こそがこの時代のケインさんの戦う理由にして婚約者――お姉ちゃんとして転生する十数世代前のお姉ちゃんだった。彼女は目を少し潤ませながら、必死にケインさんの腕を引っ張った。
「ケインくん、もうこんな間違った戦争は辞めて田舎に帰ろうよ。これ以上ケインくんが命の危険を冒してまで、人の犯してきた罪の責任を背負って戦う必要なんてない。二人で一緒に逃げようよ。私、ケインくんは何も悪くないのにぼろぼろになるまで戦わされているの、もう見てられないよ……」
お姉ちゃんの必死の懇願にケインさんの決意は揺らぐ。
「レイン……でも、ここで魔王さえ倒せば、レインが戦火に巻き込まれないで済む。戦争が終わるんだ。確かこの戦争に人類側に正義がないのはわかってる。でも、始めてしまったら誰かが終わらせるしかないんだ」
互いを愛し合っているが故のすれ違い。目の前で繰り広げられる二人のやり取りを、わたしは鬱陶しいとは感じなかった。むしろ愛おしく、この2人には美しいと思った。そんな2人を見ているとこちらの戦意は段々と喪われていく。もう戦争とか復讐でもどうでもいい。ただただ、この互いを愛し合った二人には末永く幸せでいてほしい。彼女らにはその権利がある。そう思って、わたしが剣の柄から手を離した、その時だった。
「危ないっ!」
そう言ったかと思うとお姉ちゃんはケインさんを突き飛ばした。そして次の瞬間、お姉ちゃんのお腹には人類軍が魔王の玉座めがけて飛ばしてきた魔力の槍にお腹を突きさされ、だらだらと血液を流す。そんな彼女を見て、ケインさんの顔からは血の気が失せていく。
「レイン、レイン! しっかりしてくれ!」
「あはは、私、もう駄目みたい。でも、ケインくんは私の分までちゃんと生きてね。戦争が終わってからも」
そレから間もなく。お姉ちゃんはケインさんの腕の中で息を引き取った。
「―――――――――――――――――」
魔王の玉座の魔に響き渡るケインさんの絶叫。そしてわたしもあまりにも救いようのない人間のカップルの最後に目を伏せてしまった。そして。
――二人がこんな形で引き裂かれるなんて間違ってる。この二人が幸せになれるまでわたしは、【時空】の力で何度も世界を繰り返してやる。
そう思ってしまったわたしはその場であえて人類軍に殺されて戦争を終わらせ、【時空】の魔法で世界をやり直すことにした。しかし、何度繰り返しても、そこでお姉ちゃんが死んでしまうことは変えられなかった。
だとしたら来世だ。戦争が終わった次の時代で、生まれ変わったお姉ちゃんとケインさんを結ばせ、幸せな家庭を築かせる。そう意気込んだわたしは【時空】の魔法自体にわたしの人格と記憶を固定化し、子孫が【時空】の魔法を覚醒させると同時に前世の記憶と「わたしの幸せにしなくちゃいけない推しカップル」のことを思い出すようなプログラムを組み込んだ。次の世代の『【時空】の継承者』にわ、たしが一目惚れして推したいと思ってしまったカップルの幸せを託すために。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
前回に引き続き情報開示ラッシュが続いておりますが、twitterでも告知している通り、本作はあと2話で完結となります。よっぽどのことがない限りGW中には全て公開できるかと思いますので、もう少しだけお付き合いいただけますと幸いです。




