第4話 補佐官と羊飼い
それから王都を彷徨うこと数十分。ようやく俺は路地裏で縮こまっているレインを見つけ出すことに成功した。
体育座りをしながら何に怯えているのか小刻みに震えている。そしてはでにすっ転んだのかメイド服は土で汚れ、せっかくの透き通るように白い素肌が所々擦り剝けていていた。
魔法を使えるならそれくらいの傷はいつでも癒せるだろうに。と、いうことはこの人が大聖女だって言うのはやっぱり勘違いなのか?
そう思いつつも俺は鞄からハンカチや消毒用の薬品を取り出して彼女に近づく。
よっぽど怖くて視野が狭くなっているのか、彼女は俺がかなり近づくまで俺がいることに気付かないようだった。
しかし、一度俺の存在に気付くと
「こ、こないでよぉ! 」
と半泣きになりながら近くに転がっていた石を俺に向かって投げてくる。そしてすぐに石のストックは尽き、後には絶望しきった表情だけが残る。
そんな表情しないでほしい。虐めてるわけでもなのにこっちの心まで痛んでくる。
彼女にここまで嫌われているならもう関わらないでいてあげるのが正しいのかも、とも思う。確かに彼女は大聖女の魔法が効かないイレギュラーで何かしらを知っているかもしれないけれど、それはゼロロス教会で聞けばいいことじゃないか。
そんなことは俺にもわかっていた。でも、自分の損得抜きにして、こんなボロボロになっている女の子を放っておくことなんて俺にはできなかった。俺は黙ったまま彼女に向かって歩み続けて、傍まで来ると屈んだ。
俺が殴るとでも思ったのか、目をぎゅっと瞑るレイン。でも、すぐに殴りも蹴りも飛んでこないことに気付いて最後には恐る恐る、といった調子で目を開けてくれた。
「いろいろ聞きたいことはあるけれど、話したくないなら話さなくていい。でも、怪我している女の子を放っておいたら、妻や娘に合わせる顔がない。だから、最低限の手当だけはさせてもらうな。染みるけれど我慢してくれよ」
一応忠告してから傷口を消毒し始める。レインは顔を顰めながらも、その表情から警戒の色は大分消えていた。
俺が最低限の応急処置を終えると
「なんで、私に対してこんなに優しくしてくれるの? 」
ぽつり、とレインは言う。その時の彼女の声からは警戒の色は消えていたけれど、喫茶店での会話とは打って変わってどこか弱弱しかった。
「なんでって……確かに訳も分からずに逃げられたら驚きはするけれど、自分のせいで明らかに怖がらせちゃった女の子を追いかけて謝りに来るのに、それ以上の理由なんて必要か? 」
「いや、そう言うことじゃなくて……。君、大聖女の魔法が効かないんだよね? だったら普通、大聖女に優しくなんてしないでしょ。大聖女を屈服させて言うことを聞かせようとすることはあっても」
投げやりな調子で言うレインの言葉に俺は内心頭を抱えていた。なんで大聖女の魔法が効かないってだけでそんな横柄になるって決めつけられてるんだ? いや、そもそも……。
「そういうってことはレイン、やっぱり君が"時空の大聖女"で合ってるのか? 」
「そうですぅ」
俺の問いに答えたのは聞きなれない女性の声だった。振り向くとそこには、真黒な礼服に身を包んだ修道女のような人が立っていた。
「初めましてですぅ、ケイン様。申し遅れましたですぅ。アンナはゼロロス教会大聖女管理局第2班所属のアンナと申しますですぅ。これからケイン様直属の補佐官になるので以後お見知りおきを」
恭しく礼をしてくるアンナ。そう一気に言われても頭が全然ついてこないんだけど……。
「俺の補佐官って一体……? 俺は田舎から出てきたただの農民の息子で、今回だって数日間の検査を受けに来」
「あなたには特別な才能があり、その才能を使って国に奉仕する義務があるのですぅ」
話に割り込んできてきっぱりと言い切るアンナ。
「特別な才能? そんなのある訳ないだろ。さっきも言った通り俺は」
「1人だけ時間の巻き戻しに取り残された」
またもや割り込んできたアンナの言葉に今度はビクッとしてしまう俺。
「そして、さっきも時間の停止から取り残された。あなたの反応を見る限り、心当たりがあるはずですぅ」
「……だとしても、魔法が効かないだけで俺自体は魔法を使えるわけじゃない。そんな俺にアンナたちは何をさせようっていうんだ」
「あなた達にしかできないことがあるのですぅ。人知を超えた大聖女の管理。それは、大聖女の魔法の効かないあなた達にしかできないのですぅ」
それからのアンナの話をまとめると次のようになる。
この国には一般の魔法の才能に秀でた聖女とは別に、彼女らですら比べ物にならないくらい強大な力を持った大聖女が、常に7人存在すること。
そしてその7人の大聖女にはなぜか1人につき1人ずつ、その大聖女の魔法のみが全く効かない特異体質を保つ"羊飼い"と呼ばれる男性が存在すること。
人の手に余る力を持った大聖女を王国の最終兵器としてコントロールするため、ゼロロス教会は大聖女と共にその天敵である"羊飼い"をセットで管理していること。
羊飼いも共に管理することで大聖女が暴走した時は羊飼いにその力を抑えさせることで教会は大聖女の力を完全に制御し、その力を王国の発展に使わせることに成功してきたこと……。
「なんか教会に対して棘のあるまとめ方ですぅ。昔はともかく、今は大聖女様に無理やり力を使わせたりなんてしないのですぅ~。あくまで羊飼いの皆さんは暴走してどうしようもなくなった時の安全装置として一緒にいてもらっているだけで。だから、ケイン様にお願いするのもレイン様の執事? の1人としてなるべく一緒にいてもらう、程度ですぅ。別に人権侵害とかする気はないですぅ。
まあ、どうしても頑固な大聖女様にはお灸を据えざるを得ない時もありますし、あくまで任意の協力を求めるって言うのは教会全体のスタンスであって、大聖女様と羊飼いの皆さんが個人的にどのような関係を持つのかは各自に任せてますけどぉ」
いやだなぁ、という調子で言ってくるアンナ。目が笑ってないんですけど……。
「そして、アンナはレイン様に仕えるケイン様に仕える補佐官、って言うことなのですぅ。基本的にお2人と教会との連絡もアンナを通してくれればいいのですぅ。アンナがお2人を仲介して引き合わせようと予定してたですけど、お2人が自分達で出会ってくれて手間が省けたですぅ。これから3人で仲良くやってきましょ」
「嫌だから」
アンナの言葉に割り込んだのはレインだった。それは、これまで俺が見たどのようなレインとも違う、険しい顔つきだった。
「私は妹以外のために、ましてや絶対教会なんかのために魔法なんて使ってやらないんだから! そこの羊飼いを使って私の自由を奪って私に魔法を無理やり使わせようとするならやってみればいいじゃない。でも、私は絶対あなた達に屈したりしない! 」
吐き捨てるように言って立ち去るレイン。そんな彼女は俺はただ見つめることしかできなかった。
対してアンナは肩をすくめる。そして。
「出会い頭に嫌われることでもしました? メイド服のレイン様が可愛すぎてスカートめくったとか」
「そんなわけないだろ! 」
俺の裏返った叫び声が路地裏に響いた。
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