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第39話 進むべき方向

 結論から言うとレインの【時空】の魔法を奪い去る計画は半分成功した。しかし、そのために払った代償が大きすぎた。


 【時空】の魔法を奪う際にレインの魔法は暴発して、なんとスノウは【時空】の魔法だけでなく下半身の機能までも奪われてしまい、車椅子なしでの生活ができなくなってしまった。


 そして【時空】の力を手に入れたレインもレインで、単純に【時空】の力を自由自在に使えるようになったわけではなかった。もともと魔族と人類では体の構造が違い、魔法に対する耐性も全然違う。そんな魔族が扱う最強クラスの魔法を、幼い頃から神官になるための訓練を受けてきたとはいえ、ただの人間であるレインが完全に奪い去り、自由自在に使える訳もなかった。


 【時空】とは元々は時間と空間という二つの概念を自由自在に操る大魔法。しかしレインはその本来の力のせいぜい50パーセント、つまり『時間』概念に干渉する力しか七大魔法の力を使うことができなかったのだ。そして十全の力を発揮できない人には過ぎた力は、今も着実にレインの体を蝕んでいる。



 魔法に失敗し、自分がスノウの下半身の自由を永遠に奪ってしまった。そして自分は中途半端にしか【時空】の力を使えない。そのことにレインは絶望した。絶望したけれど、もうレインは開始してしまった計画を止めるわけにはいかないところまで来てしまっていた。


 【時空】の力がスノウからレインに移ったことはすぐにゼロロス協会上層部に知られた。しかしレインは、そんなゼロロス協会を相手に自身が手に入れた【時空】の力を盾に、次々に要求をのませていった。自分は時空の大聖女でありながらも教会の命令を受けて戦う気はないこと。ささやかなレインとスノウが二人暮らしするための小さな家を差し出すこと。その代わり他の大聖女につけられている多くの使用人や豪華な屋敷は自分たちには要らないことなど。


 そのように強く出たレインの要求を教会は飲まざるを得なかった。そうでないと【時空】の力を使って過去改変を起こして人類社会を滅ぼすと脅されたから。それができるだけの力が七大魔法にはあり、当時はそんな時空の大聖女の横暴を唯一止められる羊飼いを、教会はまだ見つけられていなかったから。


 それから。補佐官兼監視員のアンナは形ばかりに派遣されるものの、大聖女としては異例の教会による不干渉を勝ち取ったうえでレインとスノウの二人暮らしが始まった。しかし、レインの心は平穏な二人暮らしを勝ち取った後も晴れることなんてなかった。




「私の苦しみなんかはどうでもいいの。それ以上にスノウの下半身の自由を他ならない私が奪ってしまった、という事実が私は辛かった。スノウを助けるために良かれと思ってやったのに、私はスノウから、スノウが自由に駆け回ったり、車椅子なしで好きなところに行く自由を奪っちゃったの。ほんと、救いようのない罪人だよね、私って。だから、私なんかが幸せになっちゃいけないの」


「じゃあ唯一使える『時間』の魔法でさえもスノウのため以外にはかたくなに使おうとしないのは……」


「そう、スノウから下半身の自由を奪ってしまったっていう自責の念もあるけど、それ以前に【時空】の力は私のものだとはどうしても思えないの。今は私の体に宿っているとはいえ、その所有権は未だにスノウにある。少なくとも、私はそう思ってる。だから、スノウのためだけにしか使っちゃいけないし、ましてや私のためだけに使っちゃいけないの」


「【時空】じゃないレインの魔法が俺に効き目があったのは……」


「おそらくケインが予想してる通りだよ。ケインはあくまで『時空の大聖女』の羊飼いであって私の羊飼いじゃないんだよ。もっと言うと、ケインはもともとスノウと対になるべき存在なの。ただ、【時空】の力をたまたま私が手に入れちゃっていたからケインは私の使う時間干渉の影響を受けなかった、ってだけ。だから、時空の大聖女の力じゃないフツーの私の魔法は何の障害もなくケインに効くみたい。


 なのに、私はケインのことを自分の羊飼いだと思って、『特別』だと思っちゃった。ケインは私の羊飼い・『特別』なんだから付き合っても許されると思っちゃってた。ほんとは最初から、ケインはスノウのもので、それをスノウの力と一緒に私が横取りしちゃったってだけだったのにね。


 つまり、大聖女と羊飼いという関係性を考えてもケインは私なんかとじゃなくて、スノウと一緒にならなくちゃいけない人なんだよ。だからどうか、私なんかの恋人になっている暇があったらスノウの彼氏になってあげて。散々スノウを苦しめてきた私に、スノウからケインまで奪う資格なんて、ないから」


 悟り切ったように言うレイン。そんなレインのことが、俺は見てられなかった。


「そんな。レインは何も悪くないじゃないか。ただ、不幸な事故が重なってしまっただけで。スノウだってちゃんと話せばきっと許してくれるはずだ。レインが自分のことを思ってくれたが故に、少し失敗してしまったことくらい」


 そう言って必死にレインを励まそうとする俺。でもレインは掠れた嗤い声を漏らすだけだった。


「あはは、ケインはやっぱり優しいなあ。でも、許してもらえるとか、そういう問題じゃないんだよ。これは私自身の問題なの」


 ぴしゃり、と言い放つレインに俺は思わず口を噤んでしまう。


「誰よりも私自身が許せないの。いくら言葉の上で許してもらっても、ケインもスノウも優しいからそう口では言ってくれてるんだろうな、って感じちゃう。心の中では本当は許してくれてないんだろうな、って思っちゃう。それは、【時空】の力がスノウじゃなくて私にあったからこそスノウのことを助けられた、幸せにできた、なんて思えるくらいのことがなければきっと、いつまでも消えない」


 あくまで達観して、自分が幸せになることを拒むレイン。


 そんな彼女に俺は何をしてあげられるんだろう。どうしたらこの罪で押し潰されそうな彼女が心から笑えるようになるんだろう。そうぎゅっと目を瞑って考えた時。一つの考えが俺の頭を過った。


「……つまり、レインが【時空】の力を手に入れたことでスノウのためになったと思えたらいいんだな。例えば、レインが時間を巻き戻したからもともとはスノウが死んでしまうはずだった運命を回避できた、とか思えるようになれれば」


 俺の言葉にレインは驚いたように目を見開く。


「それ、本気で言ってるの?」


「本気も本気だ。そもそも、一度は命を落としてしまったスノウを救うためだけに、レインはわざわざ世界ごと時間を巻き戻したんだろ。スノウが命を落としてしまうことになってしまったその原因から変えてしまうために。だったらスノウを生き延びさせるだけじゃ物足りない。あと2年後に勃発する第三次人魔大戦。そんな戦争自体を止めてやろうぜ」


「戦争を止めるってことは、私に大聖女として戦えってこと? 無理だよ。私は時空の大聖女としての力を半分しか使えない。だから私が戦ったところで」


「そういうことじゃない!」


 つい口を挟んでしまう俺にレインは口を噤んで俺のことをまっすぐ見つめてくる。


「時間が巻き戻るまで俺はただの農民だった。だから戦争がどんなに悲惨なものなのかは想像することしかできない。でも、戦いが起きたらきっと誰かしらが傷つき、命を落とすことになる。そんなのは絶対に嫌だ。だから、残された2年間で俺が第三次人魔大戦の開戦を回避してやる。もしそれが成功したら――レインだって自分が【時空】の魔法を持っていてよかったってスノウに胸を張れるようになるんじゃないのか? そしてスノウに胸を張って自分が幸せになることを受け入れられるんじゃないのか」


 俺の話を聞いた後。レインは暫くぽかんと口を開けていた。それから。呆れたように長い溜息を吐く。


「ケイン、自分がどれだけ大それたこと言ってるかわかってる? 戦争をやめさせるどころか、始まる運命にある戦争をそもそも始まる前にやめさせようとするなんて。ほんと、ケインって理想主義者で夢見がちだよね。国際交渉の仕方も何もかも、なんにも知らないくせに」


 レインに痛いところを突かれて俺の自信は急速に萎んでいく。


「そ、そうだよな。やっぱ無謀すぎるよな……」


 そう言って俯いてしまう俺。だけど。


「でも、そういうケインのところ、嫌いじゃないよ。そして、わたしを想ってそこまで言ってくれるのは、正直めちゃくちゃ嬉しい」


 レインの言葉に俺はつい顔を上げて彼女のことを見てしまう。そんなレインは嬉しそうに顔を綻ばせながら、目元の涙を小指で拭っていた。そんな彼女の涙に込められた意味は後悔でも絶望でもなかった。


「だから。もしケインがその気があるなら、力を貸して。私と、ケインと、2人で終わるはずの運命だった世界を変えてやろ? 無意味な戦争なんて、始まる前に回避してやろ? そして【時空】の力で始まるはずだった戦争を回避できたら――その時はきっと、自分の中の罪悪感を少しは清算できて、ケインと素直にお付き合いできる気がするから」


 そう言って小さくはにかむレイン。それは、俺が大好きな人の、一番大好きな表情だった。そしてこれからは彼女がずっとこの表情で居られるように護りたいと、心の底から思った。

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