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第38話 偽りの大聖女

 大聖女とは魔族に対抗するための人類側の切り札である――。


 そんな、今の時代だったら子供だって知っているはずの常識。その前提が、そもそもの間違いだった。大聖女と大聖女が使う魔法は元々は人類と戦う魔族側の最終兵器だった。


 魔族の中には【強化】【再生】【原素】【零無】【創造】【幻想】、そして【時空】という、魔族側最強とされる7つの魔法・七大魔法がある。その七大魔法は魔族軍の中にいる七大貴族と呼ばれる、7つの一族の家長たる少女に発現した。魔族軍のトップである魔王はその七大貴族の家長でも、各時代で最も優れた少女が務めることになっていた。そんな魔族軍最強の7人の少女、もっと言えば魔王候補者が、人間にとっては規格外の魔法を扱う"大聖女"の正体だった。


 そしてそんな魔族側の最強戦力である大聖女に対抗し得る人類軍の希望――それが他ならない、大聖女の魔法が効かない"羊飼い"だった。そんな羊飼いはかつては"勇者"とさえ呼ばれていたという。そして大聖女なんて言う規格外の力を魔法を持つ大聖女を7人も擁する魔族に対して、その対処療法的な戦力しか持たない人類側は、常に魔族に押され気味だった。そんな人類側と魔族側のパワーバランスが一転したのは、第一次人魔大戦末期のことだった。


 第一次人魔大戦末期。当時も人類軍を指揮していたのは教会で、教会は諜報活動を行う神官を魔族領に何人も派遣していた。そんな諜報神官の1人が犯した非人道的としか言いようがない禁忌によってこれまで劣勢だった人類側は魔族に対して反旗を翻すことになる。その禁忌とは、まだ生まれてきていない七大貴族の将来の家長となる少女の胎児を、母親の魔族の腹を割って盗み出してくるという暴挙だった。


 七大魔法が使える七大貴族の胎児を奪われれば当然、これまで七大魔法を頼りにしていた魔族軍はそれだけで瓦解する。しかし、残忍な教会は魔族の戦力を削るだけでは飽き足らなかった。なんとその七大魔法を将来使えるようになる胎児を人間の母親の腹の中に無理やり移植し、人間として産むことによってその七大魔法を使える少女を人類側の戦力にしようとした。


 どのように元々魔族だった少女を人間として産むのか。その細かい原理はここでは省くが、七大貴族の母親の腹をかっさばいて奪ってきた胎児を特殊な保存を施して人類側に持ち帰り、それを魔法をかけた人間の女性の腹に移植して、その母親の腹の中で七大魔法を持った魔族の胎児を人類へと変換し、七大魔法を持った少女を人間として母親に産ませる。そして産み落とされた子供はもう母親の腹の中で魔族としての特徴を喪っており、生まれてから周囲に人間しかいないから、まさか自分が本当は魔族だと思うことなんてない。そんな中で、七大魔法を持った少女は教会によって『大聖女』として育てられるのだ。この世界を魔族の魔の手から救うための切り札として。


 そして、そんな禁忌の魔法に付き合わされる人間の母親にかかる負担は小さいわけがない。本来異物である他人、しかも魔族の胎児を腹に埋め込まれただけでなく、腹の中で魔族から人類への生物種変換までさせられるのだ。七大魔法を持った少女、もとい"大聖女"を出産した女性は"聖母"なんて称えられるものの、その出産に耐え切れず出産とほぼ同時に例外なく命を落とした。つまり"大聖女"とは魔族最強の子供を誘拐し、少なくとも一人の女性の命と引き換えに産み落とされる、鮮血で染まった非人道兵器以外の何物でもない『兵器』だったのだ。


 そんな、残酷なんて言葉で言い表すのも烏滸がましいことが、第一次人魔大戦末期の人類側の勝利に味をしめて以降、教会内部ではずっと行われ続けた。七大貴族の胎児が奪われるようになって以降、魔族は七大魔法もとい大聖女を警戒して人類への進行を控えるようになったが、魔族の怒りが頂点に達して起こったのが第二次人魔大戦だった。しかしそんな第二次人魔大戦は"大聖女"を擁した人類側の圧勝に終わった。そしてかつて"勇者"とさえ言われた羊飼いは、第二次人魔大戦の時期にはそんな人類側最強戦力である"大聖女"が暴走した際の安全装置・保険程度の存在に成り下がっていた。



 これだけでも十分気持ち悪さで吐き気を催す真実だというのに、それからが更にえぐかった。


「そして私はもともと人間――それも教会諜報部に属する父親と、教会に属し近い将来、"聖母"として大聖女を産むための人柱になることを運命づけられた母親の間に生まれた、生まれながらの教会のエージェントだった。家系的に将来は父親を継いで魔族から七大魔法を宿した胎児を誘拐し、場合によっては自身も"聖母"となって命と引き換えに大聖女を産むことを運命づけられていた。


 そんな私は将来、父親の諜報活動を引き継ぐために七大魔法を宿した胎児を周囲に敵しかいない状況下でいかに誘拐するかという犯罪技術を子供の頃から叩き込まれた。と、いってもまだ子供の私がすぐに魔族領に行かされることなんてなかったけどね。そんな私に与えられた最初の任務は何だと思う? 妹――スノウのお世話及び教会にとって都合のいい"大聖女"にするための教育よ」


「大聖女にするための教育ってことは、大聖女だったのはレインじゃなくて……」


「その通り。スノウとわたしは同じ母親のお腹の中から生まれてきた、という意味では間違いなく姉妹。だけど、一滴も血は繋がってないの。なぜならスノウはもともと、【時空】の魔法を代々受け継ぐ七大貴族から誘拐されてきた子だから。と、いっても誘拐されてきたのは胎児段階の時だから、まだ生まれてなかったんだけど」


 それからもレインは淡々と説明を続ける。



 最初の頃。生まれながらの神官だったレインは自身も教会が絶対だと教え込まれていたから上からの任務通り、スノウを教会にとって都合の良い女の子へと教育していった。その時は既に母親が命を落としていたが、そのことを何とも思っていなかった。むしろ"聖母"として命を燃やし尽くした自分の母親は素晴らしいし、誇らしい。そうとすら思っていた。それが、教会に刷り込まれたまだ自信も幼女でしかないレインの心の中にある唯一の価値観だったから。


 しかしそんなレインの価値観は、まだ自分よりも幼い赤子であるスノウと触れ合っていくうちにだんだんと変化していった。すくすくと成長していく、無邪気な自分の『妹』を見守り、育てていく中で、レインの中でこれまで絶対の価値だった『教会』がだんだんと揺らいできた。そして当然、年端が行かないながらも神官の端くれであるレインはスノウがこのまま成長して【時空】の魔法を発現させたらスノウがどう扱われるか、痛いほど知っていた。


 スノウが成長しきった時。スノウは人類側の最強戦力である大聖女として本来は同族であるはずの魔族と戦わされる。そして、聞こえのいい言葉で騙されながらも一生教会内での軟禁生活を強いられる。そんな人生を愛おしい妹に送らせることなんて妹思いのレインには耐えられなかった。


 そんなレインは今から八年前、妹を守りたい一心で禁忌の魔法に手を出してしまう。教会禁書目録の奥深くに封印されていた魔導書に記載されていた、他者から魔法を奪う魔法に。


 この魔法を使ってレインはスノウから【時空】の力を奪おうとした。スノウからレインが【時空】の力を奪い取れば教会が戦わせるのはスノウではなくレインになる。だからスノウに苦しみを味わわせなくて済むようになる。そう思ってしまったのがある意味、運の尽きだった。

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