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第37話 ずっと秘めていた思い

 それから真夜中のゼロロス教会の中を星灯りだけを頼りに探し回ること一時間ほど。


 犯人は元居た場所に戻ってくるというかなんというか。屋敷の井戸の隣で体育座りをしているレインを俺はようやく発見した。


「ほんと、こうやって逃げ出しちゃうところは会った時と変わらないな」


「あははは、確かにそうかも」


 俺が声をかけるとレインは顔を上げて微笑んでくる。星明りに照らされたレインの微笑みは無理に作っているようなぎこちなさが残っていて、頬には泣き腫らしたような涙の痕が残っている。でも、さっきまでと比べたらレインもだいぶ落ち着いているように見えた。


「さっきはいきなり襲っちゃったりしてごめんね。馬鹿だよね、私って。ケインと私は恋人ごっこをしていただけで、今ではそれでもないのに、よりにもよってスノウの好きな人のことを寝取ろうとするなんて。自分でも自分がこんなに嫉妬深いイヤな女だって気づいて自分で引いてる。


 こんな思いになるくらいなら、まだ恋人同士のフリをしてる時に一線を越えとけば……って、また何変なこと言ってるんだろうね、私。私達は別に付き合っていたわけじゃないからケインは私のことが好きなわけじゃないのに、好きでもない相手に無理やり自分の気持ちを押し付けようとするなんて、ほんと最悪な女だよね、私って」


「って、いうことはつまり、その……レインは俺のことを恋愛的な意味で好き、ってこと?」


 恥ずかしさで顔が真っ赤になるのを必死に抑えながら口にした疑問に、レインは自嘲を漏らしながら頷く。


「そう。スノウの言っていた通りスノウを満足させてあげるためだけの恋人ごっこだったはずなのに……3年も一緒にいる中で私、レインのことが本気で好きになっちゃったみたい。困っている女の子に対して体を張って助けてあげようとするケインのことが、そして何より、いつも私なんかのことをほんとの彼氏みたいに気にかけてくれる優しいケインのことが。でも」


 そこでレインはいったん言葉を切る。


「そんなことが許される訳がないっていうのは私だってわかってるよ。スノウのこともあるし、大体、ケインにとって私はケインから家族を奪った憎むべき対象でしかない。フウカさんとは2周目の世界でも再会することはできたけれど、再会したフウカさんは結局は別人で、この2周目の世界では結局、ケインが再び奥さんを、そして娘さんと寄りを戻して家族に再びなることができないっていう残酷な真実を突き付けただけだった。


 そんな諸悪な根源である私だけど、優しすぎるケインは見ていられないほど惨めだったから私を『更生』させるために恋人ごっこに付き合ってくれただけ。そこに恋愛感情なんて芽生える要素がないよ。なのに、ケインが望んでくれたような成長は一切できずに、いつの間にか自分が記事つけてしまった相手との恋人ごっこを本気にして、いざスノウがケインと付き合いそうになったら焼きもち焼いて寝取ろうとするなんて。ほんと、最悪。恋人ごっこすら、もう終わったって言うのにね」


 自分を責めるように、喉からなんとか押し出すようにレインは語る。


「だから、さ。わたしとケインの関係、もうここで終わりにしよ? これ以上一緒にいると、また今日みたいな間違いを犯しちゃう。わたしは幸せになっちゃいけないのに、ケインと幸せになりたいと思っちゃう。あなたの全てが欲しいと思っちゃう。だから、もう二人きりになるのは辞めようよ。こんなの、誰も幸せにならないよ。ケインだって、自分から家族を奪った相手に無理やりえっちなことされるのは虫唾が走るような思いだろうし」


 星明りに映し出されるレインの辛そうな表情を、俺は見ていられなかった。それと同時に、俺の中からこみ上げてくる熱い感情がもう抑えられなくなっていた。そして次の瞬間。俺はレインの唇を奪っていた。


 唐突な俺の行為に、これまで自嘲気味な表情を浮かべていたレインが目を丸くする。そして。


「ぷはっ、な、なんのつもりケイン?」


 数秒とたたずに俺の接吻は無理やりレインに引きはがされる。そんなレインは少し慌てたようで、頬には朱がさしていた。


「これが俺の答えだよ。俺がレインのことを好きになることがない? 勝手に決めんな。俺も、レインのことがいつの間にか好きになっちゃったんだよ」


 俺の告白にレインは暫く放心したような表情を浮かべていた。それから少しだけして。


「あっ、そういうことか。ケイン、また無理して私に合わせてくれてるんでしょ。ケインは優しいから、嘘をついてこれまでずっとスノウが一番だった私が、私のことを優先できるように導いてくれようとしてる。ほんとは好きでもなんでもないのに。でも、今は逆にその優しさが私にとっては苦し」


「あー、もう、このわからずや! レインに対するこの気持ちは本気だよ!」


 またも的外れな自虐をするレインに我慢できずに叫んでしまう俺に、レインは驚いたような表情で俺のことを凝視してくる。


「な、なんで私なんかを?」


「レイン「なんか」じゃない! レイン「だから」俺はここまでしてるんだ。今この瞬間、俺が世界で一番好きなのはフウカでもスノウでもアンナでもナナミでもない。今、目の前にいる哀しそうな目で無理に笑おうとしてるお前なんだよ! 3年間恋人のふりをし続けた共犯で、盟友で、家族なんだよ! ひねくれてないでいい加減この気持ちを素直に受け取ってくれ!」


「でもケインに好かれる理由なんてないよ⁉」


「理由なら十分すぎるほどある! お前と『偽物の恋人』として、そして『家族』として時を重ねていくうちに、レインの隣が、俺にとって一番居心地のいい場所にいつからかなっていたんだ。そして一緒にいる中で自分の罪にしっかりと向き合おうとしているレインの姿勢や、慈しむような目でスノウのことをいつも見つめるレインのことが美しいと思ってしまったんだ」


 言ってて自分で気恥ずかしくなって、俺はぽりぽりと頬を掻く。


「そしてそんなレインと、本物の恋人になりたいと思った。レインが自罰的ならばその償いを、恋人として誰よりも近くで支えてあげたいと思った。同時に、贖罪から解放された、心から笑えるようになったレインとこれからも一緒に時を刻んで行けたら楽しいだろうなって思った。だから――もしレインが俺のことを恋愛的な意味で好きでいてくれるなら今だけはスノウのこととか関係なしに、自分の気持ちに素直になってほしい。素直になって、俺の本物の恋人になってください」


 1周目の世界でもしたことがないような一世一代の告白。そんな俺に、レインは嬉しそうに目を潤ませ、差し出した俺の右手をとろうと手を伸ばす。しかし。


「……ごめん。やっぱ無理だよ。もちろん、私も本当はケインのことが好きだよ? でも、わたしは幸せになっちゃいけないの。自分がスノウにしてしまったことを考えたら」


 手を引っ込めてレインはまた俯いてしまう。そんなレインの肩に俺はそっと手を置いて言う。


「だったら俺にも一緒に背負わせてくれよ、恋人として、レインの犯してしまった罪を。いつまでも一人で苦しそうにしてるレインを見てるのは、こっちも胸が締め付けられそうな気持ちになる」


「ケイン……」


「だからまずは教えてくれないか。レインとスノウの間に、本当は何があったのか」


 俺の言葉にレインは暫く逡巡していたが、最後には納得してくれたのか、小さく頷いてくれた。


 それから。レインはようやくこれまで話してこなかったことを告白してくれた。なんでレインがここまで重度のシスコンになったのか、なぜレインの魔法が俺に効かなかったのか、そして大前提として大聖女とは、羊飼いとはなんだったのかを。

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