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第36話 決意の夜

 スノウとのデートを通じて自分の気持ちに気づいた日の夜。スノウが既に寝静まってから。俺は少し緊張した面持ちでレインの部屋の前に立っていた。その理由はもちろん、レインにこれまで伝えてこなかった自分のレインに対する恋慕を伝えるためだった。


 レインとの恋人ごっこが終わってからは夜のレインとの打ち合わせもなくなって、深夜にレインの部屋に来ることなんてなかった。だからレインの部屋に入るのは実に数日ぶりになる。


 それまでは毎日何気なく入っていた部屋。でも、レインに対する恋愛感情を自覚してしまった今、好きな女の子の部屋と考えると妙に意識してしまう。部屋の前に立っているだけで自然と緊張で体が強張ってくる。


 ――過去の俺、よく平気で女の子の部屋で二人きりになれてたな。その度胸が少し羨ましい。でも、ちゃんとレインと二人きりで話さなくちゃ。ここで逃げちゃダメだ。


 深く息を吸い、吐く。そしてようやく意を決してドアノブに手をかけ、扉を開こうとしたその時だった。


「ケイン?」


 部屋の中から当のレインがひょっこりと顔を覗かせて、俺の心臓ははちきれそうになる。


「どうしたのこんな時間に。私に何か用事? だったらちょうど良かった。私もケインとちょっとだけ話したいことがあったんだ。廊下で立ち話もなんだし、部屋に入って」


 そう言ってなんの躊躇いもなく俺を自室へと招くレイン。そんなレインは俺を全くもって異性として意識してなそうで、そもそも異性に対して無頓着ないつものレインで、そんなレイン相手に緊張しきってしまっていた俺は少し肩透かしを食らった気持ちになってしまう。


 ――まったく、レインって自分の部屋に男を連れ込むことに何の危機感も抱いてなさそうだよな。俺の苦悩も知らないで。まあ、そういう危機管理意識の低さはレインらしいし、そんなレインのことを俺は好きになったんだけどな。そうそう、会ったばかりの頃も、こうして俺が部屋にやって来てるのに平気で俺の目の前で着替えようとしてたっけ。


 会ったばかりの頃の懐かしい思い出が脳裏によみがえり、俺はつい頬を緩める。そんな俺のことをレインは怪訝そうに見つめてくる。


「なんか楽しいことでもあった?」


「い、いや!? なんでもない」


 裏返った声で答えてしまう俺。でもレインはそれ以上追及してきたりはしなかった。




 それからレインに促されるまま俺はベッドに腰掛ける。レインはデスクの椅子に座るのかな、と思っていると。


「よいしょっ」


 椅子が空いているのになぜか俺の隣に座ってくるレイン。それも、少し動けば肩と肩が触れ合いそうなほどの至近距離。そんな真隣からレインの熱を感じた瞬間、いったんは落ち着いていた俺の心臓が再び激しく高鳴る。


 ――今これ、どういう状況? レインってこんなに距離感おかしかったっけ。

 

 内心俺がパニックに陥りかけていると。


「それで、どうだった、今日のスノウとのデートは。楽しかった? ちゃんとスノウを楽しませてあげられた?」


 この距離感をまったく気にしていないかのように普段通りに聞いてくるレインに俺は動揺しながらも


「あ、ああ。スノウと今日一日一緒に過ごしたことでようやく自分の気持ちに気づくことができたかあ、有意義ではあったな」


と、なんとか返事をする。でも、『有意義だった』というのは別に口からの出任せじゃない。


 これまでずっと目を背けてきて、意識しないできていたレインに対する俺の本当の想い。そしてそんなレインと俺はこれからどうなりたいかということ。スノウの荒療治ともいえるデートは、それらのことに対しての俺の『答え』に気づかせてくれた。


 そしてその気づいた俺の本当の想い・願いを今、俺は勇気を出してレインに伝えなくちゃいけないんだ。そうしないと、俺たちは何処にもたどり着けない。そう意気込んでいた時だった。


「その……スノウと手を繋いだり、きききキスをしたりはしたの?」


「えっ?」


 予想もしていなかったレインからの質問に俺の頭から一瞬にして決意が消し飛んでしまった。そして思わず真隣にいるレインの顔をのぞき込んでしまう俺。そんなレインは熱でもあるのか、頬が紅潮し、目は泳いでいた。そして――。


「ごめん、もう我慢できない」


 いきなりレインに腕を掴まれたかと思うと、俺はベッドの上に押し倒されていた。


「ちょ、レイン!? これは一体……」


 理性がこの状況はヤバいと警鐘を鳴らし、俺はレインの拘束を解こうと必死にもがく。このままじゃ俺の理性が飛び、レインと俺は一線を越えてしまう。俺としては願ったり叶ったりだけど、レインの恐らくの「はじめて」をそんな風にないがしろにしていいわけがない。 その一心で必死に暴れるけれど……レインの腕の力は思いのほか強くて微動だにしない。


 熱に浮かされたように目をとろんとさせたレインは、そんな俺のことを恍惚とした表情で見下ろしながら、片手で自分のブラウスのボタンを一つ一つ外していく。そうすると同然、清楚でシンプルな下着が顔をのぞかせるわけで。


 レインらしい下着だな。いつもだったらそう思って少し顔を赤くしてしまうところだけど、この状況だとそんな余裕なんてあるはずがない。


「ま、まずは落ち着こう、な? 幾ら相手が俺でも、好きでもない異性に」


「……落ち着くことなんてできないよ。私がこんなに気持ちがぐちゃぐちゃになっちゃったのは全部全部、ケインがスノウとイチャイチャデートなんてしちゃったからなんだからね。責任取って――私に抱かれてよ」


「え、それって……」


 思いもしなかったレインの言葉に俺の頭は一瞬フリーズし、レインに対する抵抗の力が弱まる。そんな俺にレインはお構いなく


術式略式発動(オミットアクト)_不自由の刑(クロスフォン)


なんらかの()()()()()した瞬間。淡い紫色の魔力光が瞬き、体が急に重くなってもがくことすらできなくなる。かけられた瞬間、本能的にそれがレインの魔法によるものだと分かった。でもその気づきは更に俺のことを困惑させる。


 ――なんで俺に対してレインの魔法が効いているんだ? 俺はレインの、時空の大聖女の羊飼いのはずじゃ……。


 そう考えて俺のうなじに汗が滲んだ時だった。急に俺のことを馬乗りにして恍惚とした表情で見下ろしていたレインの瞳にハイライトが戻り、彼女の浮かべる表情は一変して哀しげなものに変わる。そして。 


「やっぱり、魔法という点でもわたしはケインの『特別』じゃなかったんだね。ケインにとっての特別はスノウしかいなかったんだ。私がケインとスノウの間に挟まる隙間なんて、ない」


 一瞬にして俺の拘束を解いて訳の分からないことを呟くレイン。


「……どういうことだよ。今のはレインの魔法だよな。なんでレインの魔法が俺にかかってるんだよ?」


「あははは、そりゃそうだよね。私はスノウから全てを奪った罪人なんだから、誰かのことを好きになって、男の子と普通に付き合って幸せになる夢を抱くことなんて許されていいはずがなかったんだ。そんなこと、あの日からもうずっとわかってたはずなのに、なんでこんな気持ちになっちゃったのかな、私。ましてや、スノウが好きなケインの『はじめて』を無理やり奪おうとするなんて、最悪だよね、私」


「だから何を言ってるのか訳が分からないよ。順を追って説明してくれ!」


 つい叫んでしまう俺。でもレインがそれに答えてくれることはなかった。レインは掠れた笑い声を漏らしたまま


「ごめんね。さっきまでのわたし、きっとどうかしてた」


とだけ言い残すと。


 ブラウスのボタンをさっと留めて、逃げるように部屋から駆け足で去ってしまう。


「ちょっ、レイン! 待ってくれ!」


 その声はレインには届かなかった。


 そんな逃げるレインの後ろ姿が、会ったばかりの時にレインにカフェで逃げられた時と重なる。


 ――あの時だってレインは逃げた先で一人で泣いてた。きっと今回だってそうだ。レインが好きとか付き合いたいとか、そんなこと以前に、もう二度とレインが泣いている所なんて見たくない。だから、レインが何を抱えているのかわからなくても手を伸ばしてあげなくちゃ。


 そう思った次の瞬間には、俺の体は自然と動いていた。

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