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第34話 スノウとケインの初デート①

 レインとの偽りの恋人関係が解消されたその日から。

 俺の生活は表面上は大きく変わることはなかった。日中の殆どの時間をレインとスノウの屋敷で家族同然に過ごし、就寝だけ自分の屋敷に戻る。

 でも、俺たち3人の間に流れる空気感は明らかに変わった。


 まず、これまでは何度もあったレインとの二人きりの時間はめっきりなくなった。レインと二人きりになりそうになるとスノウが明らかに不満げに頬を膨らませたし、そしてレインの方もスノウに気を遣ってか、俺と二人きりになることを避けている――というかそもそも俺のことを少し避けているような気がした。


 そしてそんな中でスノウは少しでも俺の気を引こうとしてきた。これまでは俺とレインがイチャイチャするのをニコニコしながら見守っていたのとは一変、あざとい表情や言動で俺のことを徹底的に落そうとして来ているのが明らかに伝わってきた。そんな彼女の変化に俺は篭絡されかける以前に戸惑っていた。それでも、スノウもスノウなりの美学があるのか、姉に対してするように俺のことを強制的に彼氏になるよう命じてくることはなかった。


「そんなの本物の愛じゃないじゃないですか。わたしはケインさんにも本気でわたしのことを女の子として好きになってもらって、両想いになってからお付き合いしたいんです。お姉ちゃんとケインさんみたいな、偽りのカップルなんかじゃなくって」


 目をとろんとさせながらそう話すスノウはまさに恋する乙女、と言ったところだった。そんな彼女の猛アタックにレインからも付き合ってほしいと言われている手前、俺はスノウからの猛アタックを完全には避けるに避けられなかった。けれど、彼女からのアピールを受けても急変してしまったスノウに対する戸惑いが勝ってしまい、スノウのことを恋愛対象として見られるかどうかなんて、自分でもよくわからなかった。


 そんな俺にスノウも気づいたのだろか。


「ケインさん。ケインさんさえもしよければ3日後、2人きりでデートに行きませんか? そこで絶対、ケインさんにもわたしのことを女の子として意識させて見せますから!」


 スノウからの申し出に俺はつい、少し離れたところから複雑な表情を浮かべながら俺たちを見ていたレインの方を見てしまう。


「スノウはこう言ってるけれど、付き合ってあげてもいいか?」


 いきなり話しかけた俺にレインははっとして、それからまた無理に笑顔を作ってみせる。


「なんでわたしに聞くの? 別にケインは私の彼氏でも何でもないんだし、会ったばかりの時とは違うんだから、いくらケインが羊飼いだっていってもスノウとケインが二人でお出かけすることに対して警戒なんてしないって。むしろスノウの願いを叶えてくれた方が姉としては嬉しい、かな。スノウを楽しませてあげて――そしてもし可能ならあの子のことを女の子として好きになって、付き合ってあげて」


 そんなレインの返事に、俺は心にぽっかりと穴が開いたような気持ちになる。


 ――なんで俺はこんな気持ちになっているんだろう。レインに俺とスノウのデートを止めてほしかったのか? 何故?


 自問自答したけれど、結局答えは返ってこなかった。そしてスノウからの申し出を断る理由も思いつかないまま、俺とスノウの初デートはあっさりと決まってしまったのだった。



◇◇◇



 3日後のデート当日。その日、いつもより遅めに来てくれと言われた俺が10時過ぎにレイン達の屋敷に赴くと。


「あっ、ケインさん。来てくれたんですね!」


 俺の来訪に気づいた途端、スノウが目を輝かせて俺のことを振り向く。そんな彼女の姿を見た途端、俺の胸の鼓動は大きく跳ね上がる。なぜなら、その理由は彼女の姿が他の女の子のように一瞬見えたから。


 左右で異なるオッドアイ。左右とも空色の瞳をしているレインとは異なるその瞳は、間違いなくスノウのトレードマークだ。でも、今日のスノウのそれ以外の部分――服装と髪型は、普段と大きく違った。


 いつもはツインテールにしている鮮やかなピンク色の髪は今日はストレートに伸ばされている。そして普段はだぼっとしたワンピースを身に纏っているのに対して、今日はなぜかレインとお揃いのメイド服に身を包んでいる。


 これで空色のカラーコンタクトでもつけようものなら、まるで車椅子にレインが座っているように見える。と、いうか実際、一瞬レインと見間違えそうになった。


「スノウ、どうしたんだよその格好……」


「気づきました? ケインさんってお姉ちゃんみたいな清楚系メイドがタイプなのかなぁ、と思って、まず見た目からケインさんの好みに合わせてみたんです。どうです? かわいいですか、メイド姿のわたし!」


 そう答えながらスノウは上目遣いで俺のことを見上げてくる。そんなあざと可愛い彼女に再び俺の胸の鼓動は早くなって、頬が紅潮していくのが自分でも分かった。


「その反応は苦労してメイド服を着せてもらった甲斐があったみたいでよかったです。そのまま素直にわたしのことを好きになってくれちゃってもいいんですよ? わたしは今すぐにでもケインさんを受け入れる準備はできているんですから」


 いたずらっぽく笑ってそんなことを言ってくるスノウ。


 ――確かにメイド姿のスノウのことは一瞬見惚れて、ドキドキしてる。でも、このときめきは、本当にスノウに対する気持ちなのかな?


 ふと頭を掠めるそんな疑問。その途端、さっきまで頬に帯びていた熱がすぅっと消えていく。それにスノウも気づいたのか、彼女は小さく溜息を吐いてから言う。


「おふざけはこれくらいにして。そろそろ行きましょうか」




 今回のデートプランは全てスノウが立ててくれた。そんなデートプランの最初の目的地はレインとの初デートの時も訪れた王立の水族館だった。あの時はスノウに恋人アピールをするために急遽初デートをすることになったんだっけ。そのことを思い出すと懐かしさで自然と頬が綻んでしまう。


 そんなレインと隣り合って歩いたちょっと薄暗い水族館を、今度はスノウの車椅子を押しながらスノウと二人きりで、ゆっくりと進んでいく。


 ――そういえば、スノウがレインの前でいきなり俺に告白してきてから、こうしてスノウと二人きりでじっくりと話せる状況は初めてだな。


 ふとそんなことに気づく。


 レインと俺のことを無理やり別れさせ、俺のことが好きになってしまったとスノウが告白してきたあの日以来。スノウは俺を彼氏にするために猛アタックを仕掛けてきた。仕掛けてきたけれど、その時は常にレインが傍にいた。まるでレインに見せつけるかのように。そう思うと、とある仮説が俺の頭に浮かんでくる。


 ――スノウの突然の俺に対する告白はやっぱり何らかの演技で、本当はスノウはレインのことを想っててこんな変なことをしてるんじゃないか。うん、あんなに姉想いで姉を心配して素の自分を隠し通してきたスノウだから、きっとそうに違いない。


 そう半ば確信めいた勢いでつい俺が尋ねてしまうと。


「それは違いますよ、ケインさん」


 色鮮やかな魚が泳ぐ水槽から目を離さずに、スノウはあっさりと俺の仮説を否定してくる。


「わたし、本気でケインさんと彼氏になりたいと思っちゃったんです。もちろん、お姉ちゃんに対する罪悪感はゼロじゃないし、ちょっと強引だったかな、と自分でも思うところはあります。でも! 人のことを好きになることってそんなにいけないことですか? 誰かを少しぐらい蹴落としてでも振り向いてほしい、一緒になりたい相手がいるってそんなにいけないことですか? 恋に落ちてしまった乙女が好きな人に振り向いてほしいと思うことはそんなに悪いことですか?」


「でも……スノウはあんなにも姉想いだったじゃないか。なのに今回は、自分の欲望のためにレインの気持ちを利用するようなことまでして! そんなの、スノウらしくないよ」


 感情的になって言う俺。でもスノウはあくまでやんわりとした調子で反論してくる。


「ふふ、確かにわたしらしくないかもしれませんね。でも、こうでもしないとケインさんは絶対わたしのことを女の子として振り向いてくれないじゃないですか。ケインさんにとってわたしはいつまでも、『お姉ちゃんの妹』、お姉ちゃんのおまけのままじゃないですか」


 自嘲気味にそう言うスノウに、俺は返す言葉が見つからなかった。

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