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第31話 フウカの告白

 と、その時。レインの部屋の前でバタッと鈍い音がする。


 何事かと思ってドアを開けると、そこには服をびしょびしょに濡らしたまま放心した様子のフウカと、きまり悪そうに笑うアンナとスノウがいた。


「雨の中フウカさんがアンナの所にケイン様がいないかどうか尋ねてきたのですぅ。そして、自分の屋敷にいないならたぶんここですぅ、って案内しちゃって……スノウ様、アンナ達は席を外していた方が良さそうなのですぅ」


 気を利かせた風にそう言ってアンナはスノウの車椅子を押していき、その場には俺とレイン、そしてフウカの3人が残る。


 そして訪れる気まずい沈黙の時間。それを最初に破ったのはフウカだった。


「あははは、やっぱ正妻は手ごわいなぁ。あたしがあんなに必死になってすり寄ろうとしたケインくんの懐に自然と入って言っちゃう。ちょっとずるい」


 そう言いつつもフウカの表情はそこまで暗くなかった。


「その言い方……まるでフウカは俺のことを好きみたいじゃないか」


「好きだよ」


 俺がぽろっと漏らしてしまった感想に即答してくるフウカに、俺は思わずたじろいでしまう。


「うんうん、この言い方は正確じゃないね。好きになっちゃった、っていうのが正しいかな。最初は王都の真ん中で見つけたケイン君のことをただ、『面白いな』と思っただけだった。なぜだかわからないけれど興味を惹かれただけだった。それで、君に近づきたくて、婚約相手から逃げ出してきたから職探しをするのと兼ねて、君の使用人という地位に収まってみようと思ったんだ」


 そこまで言われてはっとする。フウカは興味の対象にまっすぐだったところは何も変わってなかった。その興味の対象が何故か『俺』だっただけで、他の人が引くくらい、まっすぐだったんだ。


「でも、最初にアプローチをかけた時にはもうあたしの負けは確定してたんだろうね。あの日、既にケインくんはそこにいるお姉さんと仲睦まじそうに手を繋いで一緒にお買い物をしていた。その時のケインくんがどんな表情をしていたか、自分で気づいていた? あたしには見せたことのない安堵しきった表情だったんだよ。でも、その時のあたしはそれを見て焦燥感とかは抱かなかった。君に対するこの思いが、その時はまだ恋心だなんて気づいていなかったから」


「ちょ、ちょっと待て。農民でその歳なら既に結婚相手くらいいるだろ? なのになんで……」


「いないよそんなもの。と、いうか、薦められるお見合い結婚は全て断ってきたから。薦められる人はみんな、自由奔放なありのままのあたしに辟易しそうだったし、何より――よくわからないけれど、あたしには『運命の相手』がいる、って直観がそう言ってたから。だから、そう簡単に結婚する気にはなれなかった」


 運命の相手。その言葉に俺とレインは思わず顔を見合わせる。


 時空の大聖女の魔法の影響を受けないのはこの世界に立った2人――大聖女本人とその羊飼いしかいないはずだ。なのに、フウカの今の話を信じるならフウカもはっきりとは覚えていないまでも、ぼんやりと1周目の記憶を持ち続けていている……ってこと?


「そんな運命の相手がケインくんなのかな、ってちょっと思っちゃった時期があったんだ。それで、ケインくんとの距離をあたしはぐいぐい詰めていった。元々興味のあるモノや人にはそうやって自分から近づいていく性格だったから。


 でも、ケインくんと一緒に過ごすうちに、これまでは感じたことのない胸の苦しさをあたしは感じるようになっていった。ケインくんが他の人と2人きりでいるのを想像しただけで怖くなっるようになった。そこでようやく気付いた。ケインくんが運命の相手がどうかはわからないけれど、あたしはこの人に自分のことを好きになって欲しいんだ、って。そして、ケインくんの方もあたしに気があるんじゃないかって途中までは思っていた。だけど」


 そこでフウカは一呼吸置く。


「それは結局、あたしの思い過ごしだったのかもしれないね。ケインくんにはレインさんっていうお似合いの相手がいて、今のケインくんにとっての『一番』は間違いなくレインさん。ケインくんの全てを受け止めてくれて、ケインくんが全てを預けられるのはレインさんだけなんだよ。それは、イマイチ内容がわからないながらも、さっきまでの2人を見て確信した」


「そんなことは……」


「無い、って言うなら、あたしの唇に口づけして」


 挑発するように言ってくるフウカに俺は躊躇してしまう。


 実際に今を生きるフウカに出会うまで、俺とレインの関係はあくまで偽りの恋人に過ぎないと思っていた。恋人の振りをすることには妥協したとはいえ、やっぱり実の妻のことを俺は忘れられない。ずっと俺はフウカのことを愛し続けている、そう思っていた。


 でも実際にフウカに再会してみたらどうだっただろう。結局、フウカは1周目と2周目で大きくは変わっていなかった。俺と過ごした記憶は失っているものの、その代わりに『運命』を感じて、俺に会いに来てくれた。俺が愛した部分を引き継いだまま、俺のことを好きだと言ってくれた。そんな彼女の思いを、俺は受け止めることができるのか。


 そこまで自分の考えを整理して、ようやく俺は答えに辿り着く。時間が巻き戻されてからの3年間。その時間の重みは確かにあって、レイン達と一緒に時間を過ごすうちにいつの間にか俺には妻子よりも大事なものができていた。一緒にいたい相手・帰りたい場所。そんなものが、新しくできていたんだ。それを今更捨てて、またフウカと一緒になりたいとは、俺には思えない。


 その答えに辿り着くと、俺はもう迷うことなんてなかった。


「……レインと俺が本当に恋人なのかは、俺にはまだわからない。でも、今の俺にとってレイン達は明らかに一番大切な存在で、だから、フウカの気持ちには答えられない。フウカの気持ちは嬉しかったけれど」


 俺の答えにフウカは目を伏せ、それから無理に笑って言う。


「そっか。うん、こうなるってことはわかってた」


 半ば自分を納得させるかのようにそう呟くフウカ。


「やっぱ君は、あたしの『運命の相手』じゃなかったのかもしれないね。ケインくんのことを好きになっちゃったのはたぶん、一時の気の迷いだよ。だから――これまで付き合ってくれてありがとね、ケインくん。そして、なにとぞお2人でお幸せに」


 それだけ言って、フウカは俺達に踵を返すと逃げるかのようにまだ雨の降り続く、外へと走り去っていく。


 その際に目元で煌めいた水滴が彼女の涙だったのか、それとも雨の雫だったのか。それは、俺には判断がつかなかった。

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