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第30話 積み上げてきた『時間』は確かにそこに

 今週の平日に投稿予定だったフウカ編、残り2話も本日中に投稿します。

 いつの間にか降り始めた雨はいよいよ本降りになって俺の体を打ち付けてくる。そんな中。


「はい……って、ケイン! どうしたの、そんなびしょ濡れになって」


 俺は自分の屋敷に居ても立ってもいられなくなって屋敷を飛び出して、気づいたらレイン達の屋敷まで来ていた。そんな俺に気づいたレインは慌てた様子で屋敷から飛び出してきて、半ば強引にレインの屋敷の中に連れ込まれる。


「フウカさんのことでなんかあった、ってことでいいんだよね」


 体を拭かせてもらったり着替えさせてもらったりしてから。俺はレインの部屋で、レインと2人きりで向き合っていた。


 レインは俺の隣に座って話しかけてくる。と、言っても2人きりの時のレインはぐいぐい来すぎるフウカやアンナとは違って互いの肩が当たらないような距離感を保ってくれる。今では少し近づきすぎることも時々あるけど、これが今の俺達の本当の距離感。偽物の恋人で、大聖女と羊飼いで、そして互いのことを信頼できる友達。遠すぎず近すぎない。そんな、相手の温もりを感じられないちょっと間のある距離感の方が、今の俺には安心できた。


「まあな。……今日、俺が1周目の世界で積み上げてきたはずの3年間(時間)が全て無駄になっちゃったんだ、ってことを改めて突きつけられる機会があって、それでどうにも辛くなっちゃって」


 俺のそんな弱音にふっとレインの顔が曇る。それに気づいて慌てて俺は無理やり笑顔を作る。


「いや、べつにレインが時間を巻き戻したせいだ、とか糾弾したいわけじゃないんだ。時間が巻き戻ったこと、俺が積み上げてきた1周目の世界での時間は無駄になってしまったこと。それらには、もういい加減に自分の中で納得を付けたつもりだった。つけたつもりだったのに、いざ失ったものに気付かされるとこのザマだ。ほんと、情けないよな……」


 レインを安心させるために口を開いたはずなのに、つい泣きごとのようになってしまう。ほんとみっともないよな、俺。そう思って俯いた瞬間。


 柔らかい感触を感じて顔を上げると。レインが俺のことを緩く抱擁していた。


「確かにケインが、私が、巻き戻す前の世界で積み上げてきた5年間は無駄のように見えるかもしれない。誰の記憶にも残らず、今後はその時にしたことを誰からも褒めてもらうことはできない。でもね、逆に時間を巻き戻してこの3年間をやり直してきたからこそ、ケインに救われた人たちも沢山いるんだよ」


 そこで俺は気づく。これまで俺は失った5年間しか見ていなかった。でも、時間が巻き戻されたからこそ、やり直せたこの3年間も、レインが言うように確かにあった。


「例えばケインの幼馴染のナナミさん。ナナミさんが聖女としての重責に押しつぶされないで済んだのはケインが王都に来て、彼女の気持ちを変えたからだよ。アンナだってそう。もう殆ど呪縛のような、独りよがりの亡くなった恋人に対する思いを断ち切って未来(これから)を向くことができるようになったのはケインと出会って、ケインが必死になってシオリさんの過去を調べ上げたからでしょ。誰かのために時には自分のことをを犠牲にしながら頑張ってきたあなたを、私はずっと見てきた。そしてあなたに救われたのは私達だってそう」


「えっ?」


レインの思いもよらない言葉に俺はつい聞き返してしまう。するとレインは「あはははは」と小さく笑う。


「実は私とスノウって、1周目の世界ではうまくいってなかったというか、仲が悪かったんだ。――うんうん、その言い方も正しくないね。スノウが12歳くらいの時からかな、過保護すぎる私はスノウに一方的に嫌われていた。そのことを苦しく思いつつも、でもなんで嫌われているのかわからなかった私にはこれまで通り過保護すぎるくらいスノウのお世話をする接し方しか方法が思い当たらなかった。結論から言うと、そんな私とスノウの関係性は歪で、間違いだった」


 間違い。そんな強すぎる表現に俺は息を呑んでしまう。


「渡した時間を巻き戻したあの日。魔族によって陥落した王都で、スノウと私は遂に修復不可能なほど決裂しちゃった。私の態度に苛立ったスノウと、そんなスノウが理解できなかった私は大喧嘩して、状況が状況にもかかわらずスノウは戦争の真っ只中だったゼロロス教会の外に家出をした。でも、魔族に占拠された王都で自分の足で自由に動くことすらままならないスノウがどうなるかなんて……火を見るより明らかでしょう?」


 レインに対して俺は頭に過った考えを口にすることができなかった。それを口にするのはどうしても憚られた。そして俺が言わなければもちろん、その台詞はレインが語ることになる。


「当然、人間であるスノウはすぐに魔族に見つかって殺された。スノウを追いかけて外に出てきた私の視界にスノウが殺されるのが入って、ギリギリのところで間に合わなかった事実に気づいた時――私は世界全体の時間を巻き戻していた。それが、この巻き戻しの真実」


 これまでもレインが魔族との世界大戦に参加していなかったということは何回か聞いたことがある。でも世界を巻き戻すその瞬間をここまで詳しく話してくれたのはこれが初めてだった。


「そして世界は世界大戦なんてなかったかのように5年前に戻り、私とスノウも、まだ互いが喧嘩する前の状態に戻った。でも、時間を巻き戻してもまた知らぬ間にスノウに嫌われて私達は同じことを繰り返すんじゃないか、っていう不安は少しあったんだ。


 それを不安に思いながらも、私は自分から1周目と違うことをすることはできなかった。そして、1周目の世界にはなかったスノウの些細な『私の恋人が見たい』って言うお願いをいつも通りにスノウに言われるがまま遂行しようと思いながらも頭を抱えていたその時。私は、私達はあなたと出会ったの」


 しんみりとした口調になって言うレイン。


「あなたとの出会いが、私達姉妹の運命を変えた。ケインは私に会ったばかりの時から『自分のことをもっと大事にしろ』って言ってくれたよね。私が気づかなかったスノウから嫌われていた理由、たぶんそれだったんだよ。罪の意識から私は、自分で思っている以上にスノウのことしか考えらえなくなっていた。それがスノウからしたら重すぎて、私が危なっかしすぎて嫌だったんだろうね。


 でもケインと出会って、良くも悪くも私はスノウのこと以外を考えさせられるようになった。幼馴染さんの件にしてもアンナの件にしても、ケインはよく厄介事を持ち込んでくるからそのことを一緒に考えなくちゃいけなくなったり、不覚にもあなたのことを考えちゃったり。そして、ケインと言う第三者が私達姉妹の間に入ったことで私とスノウの関係を私達は客観視することができるようになった。これまで私が一人でやっていた家事が単純に減ったから心の余裕ができた。


 そして今。スノウが13歳になりながらも、私達は仲のいい姉妹で居られている。1周目の世界では最後まで見せてくれなかった本当のスノウを私に見せてくれている。それは、全部全部ケインと出会ったお陰なんだよ」


 そこでレインは一呼吸おいてから。真剣な瞳でまっすぐに俺のことを見つめてくる。


「だから自分で時間を巻き戻しておいてあれだけど……私としては時間が巻き戻って、ケインが王都でやり直しをしてくれたのは良かったと思ってる。そして、そんな風に私達を救ってくれた時に、ケインが積み上げてきた1周目の世界での5年間は、絶対に無駄なんかじゃなかった」


「それってどういうこと……?」


「つまり、1周目の世界での経験は私やケインの頭の中ぐらいにしか残っていなかったけれど、そこでの経験は私達が2周目の世界でケインに救ってもらうことに繋がっていたってこと。ケインがフウカさんに会う前に村で積み上げた二年間と、フウカさんと過ごし、子育てに励んだ3年間があったから、ケインに人としての深みが増していたんだと思う。5年間の人生経験があったから10代のただの男の子では救えない相手の心を救ってくれたんだと思う。


 だから、誰もが忘れてケイン自身すら存在を否定する1周目の世界でのケインの5年間を、私だけはずっと肯定したい。だってそれを否定すると、ケインの失われた5年間の延長上にある2周目で救われた私達のことを否定することになっちゃう気がするから」


 ――そっか、そうだったんだ。


 人生に無駄なことなんてなかった。それは時間が巻き戻ろうと、巻き戻らない一直線の時間軸に生きていたとしても変わらない。自分以外の全ての人がそのことを忘れ去ろうとしても、自分が、もしくは誰か一人がその時間を覚えていていて、今後に生かそうとしてくれる限り、その時間は無駄じゃなかった。少なくともその『一周目の時間』があったから、他でもない『今の俺』がいる。


 そう思えてはじめて、この3年間ずっと心の中で引っかかっていた心のつかえがようやく取れた気がした気がした。


「……ごめんな、こんな話を聞いてもらっちゃって。でも、お陰で大分気持ちが楽になってきた」


「そっか。それは私としても嬉しい」


 そう言って満面の笑みをみせるレイン。そんなレインの笑顔を見ていると、なぜか胸がとくん、と大きく高鳴った。

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