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第28話 逡巡

「ってことで、これから暫くレイン達の方には顔を出せなくなるかもしれないから」


 草木も眠る深夜二時。スノウはもちろん、フウカが寝静まってから。俺はその日、ようやくレインと落ち合うことができ、今日の家事の手伝いに行けなかったお詫びと明日以降も無理そうなことを伝えることができた。


 俺が一通り伝えたいことを伝え終わると。


「そっか。もうスノウも大きくなってるし、こっちの方は心配しないで」


 レインはそう言ってくれる。その時、レインがどんな表情をしていたのかは、おぼろ月の淡い光に照らされた横顔しか見えなかったのでわからない。でも、どこかいつもよりも儚い気がしてつい、


「まさかレイン、嫉妬してる……?」


と聞いてしまう。聞いてしまってから後悔する。自分でそんなことを聞くなんて、まるで自分が女の子から恋心を抱かれて当たり前に思ってるみたいじゃないか。それにあくまで俺達は――。


「あははは、そんなわけないじゃん。それは私に対して期待しすぎ。あくまで私達はスノウのために『恋人の振り』をこれまでしてきただけだから」


 レインがそう笑い飛ばしてくれて俺は不覚にもほっと安心してしまった。でも次の瞬間。


「でも、今はスノウももう大人になって私が変わってきたのもわかってるから、いい機会だしここで恋人の振りを辞めてもいいかもしれないね」


 レインが口にした言葉に俺は唖然としてしまう。


「えっ? 」


「幼馴染さんの時みたいに本当の奥さんの前で"恋人の振り"をする私達を見られて、勘違いされちゃ困るでしょ。だって何処まで言っても私達の関係は"振り"でしかないんだから。そんな偽物の私達との関係を考える前に、"本当の奥さん"との時間を大切にしてあげて。あなたの隣にいるべきなのは本当は私じゃなくて、フウカさんなのよ。それが時間の巻き戻しなんかに巻き込まれなければケインが刻むはずだった、『正しい歴史』なんだから」


「レイン、本当にそう思ってる?」


「当たり前じゃん。だって出会った時からずっと思い続けていたのに、私の魔法のせいで諦めさせちゃった"本来あるべき恋"が実るかもしれないんだよ? なんだったらそのまま順当にいけば、ケインはもう二度と会えないと思っていた娘さんに会うことができるかもしれないんだよ? そしてそれを阻むものは教会のルールとか含めて何もない。こんなの奇跡で、運命以外の何物でもないよ。そんなハッピーエンド、どうして喜ばない理由があるの? 」


そう微笑むレインは、なぜか触れたら砂糖菓子のように崩れてしまいそうなほど脆く感じられた。




 レインのことを少し気がかりに思いつつも、次の日から、俺はレイン達のところにあまり顔を出さずにフウカと自分の屋敷にいることが多くなり、当然だけどレインと顔を合わせない日が続いた。


 フウカと一緒にいる、と言っても、特別な何かをするわけじゃない。一緒に家のことをしたり、時間ができたら教会内や王都を案内したり。そこに特別な何かがある訳じゃない。でもそんな当たり前で、本当の夫婦のような時間が俺にとっては懐かしく、愛おしいものだった。


 そうそう、ある時、こんなことがあった。


「ケイン様ケイン様! また女の子を囲ったって話、本当ですぅ?」


フウカが屋敷に来てから2日後の朝。何とも人聞きの悪いことを叫びながら屋敷に転がり込んできたのはアンナだった。


「女の子を囲ったって……そんな人聞きの悪いことを言うな。使用人を雇っただけだ」


「えー、でもあたしってケインくんの"所有物"なんでしょ? だったら囲ってるっていう表現も間違いじゃないんじゃない」


「しょ、所有物……」


 騒ぎを聞きつけてやってきたフウカの不用意な発言でアンナの顔色が見る見る蒼白になっていく。あーあ、やっちゃったよ……。


「な、ならアンナとフウカさん、どっちの方がケイン様に相応しいか勝負ですぅ?」


 そんなアンナの一声で、その日はアンナとフウカの対決が勃発したっけ。


 それ自体もまあお料理対決やファッション対決やらで内容が濃かったんだけど、何より忘れられないのはその日も夕方になって別れ際のアンナとの会話だった。


「あの人がケイン様の本当の奥さんになる人、なんですぅ?」


「気づいてたのかよ」


「補佐官の情報網をなめるな、ですぅ」


 いたずらっぽく笑ってくるアンナ。その表情に悲壮感とかはなかった。


「……『どっちが俺に相応しいか』、なんて言いながら、フウカがやってきたことに対する危機感とかないんだな。アンナもその……俺のことが好きなんだろ」


 俺の言葉にアンナは目を閉じて小さくうなずく。


「ケイン様のことは大好きですぅ。正直、今この瞬間にも押し倒して既成事実を作ってしまいたいほどに好きですぅ。黄昏時の情熱的な太陽が、アンナの心をいつも以上に揺さぶってくるのですぅ」


「感傷的な情景でそんな下品なことを口にするな」


 アンナの頭に手刀をお見舞いするとアンナは「痛いっ」と可愛らしく頭を押さえる。


「まあ既成事実を作る云々は4割くらいは冗談にしても、今更フウカさんに対して焦る気持ちとかは全くないですぅ。レイン様と同じように、ケイン様に対する自分の気持ちを自覚した時点でフウカさまは既にケイン様を争う席の前側に座っていた人。そんな人たちと争おうなんて気は最初からなかったのですぅ。だって、アンナはせいぜい、ケイン様の2番目3番目の女。一番が欲しいなんて言う気はないのですぅ。だからむしろ、ケイン様とフウカさんの中は応援したいくらい」


 珍しく素に戻ってそう言うアンナ。


「むしろ初めて会った時にケイン様がフウカさまのことを諦めてから、ずっとフウカさまのことを探し出せないか気を揉んでたりしたくらいなんですぅ。まあ結局、無理矢理フウカさんを教会に連れてくることなんてしなかったですぅ。でも、まぐれとはいえ自分からこっちに来てくれたのは好都合だったと思うのですぅ。なら、アンナはもうお2人の仲を応援するだけなのですぅ。好きな人には、なるべく満ち足りた気持ちでいてほしいのですぅ。――そこに本当の愛がある限り」


 アンナの言葉のトーンが急に落ちて、俺はビクッと身体を震わせてしまう。


「本当の愛って……」


「ケイン様が本当の奥さんと再会して近しい関係を築きつつあると聞いた時、その運命を喜ばしく思う反面、1つだけ気がかりなことがあったんですぅ。ケイン様は『1周目の記憶』に囚われすぎているだけじゃないか、1周目に自分の妻だったから、2周目のこの世界でもそのことをなぞらないといけないという強迫観念にとらわれているのではないか。だとしたら、それはケイン様の本当の意思じゃないのですぅ。そこに、本当の愛はないのですぅ。本当の愛がない恋愛は、互いにとって辛いだけのものになってしまうのですぅ」


「……」


「1周目の記憶に囚われる、というのがどういう感覚なのか、アンナには今この瞬間の2周目の記憶しかないから本当の所ではわからないのですぅ。でも、お2人を見ていて安心したのですぅ。アンナの目には、ちゃんとケイン様がアンナ様のことを見ているように映ったので。それはもう、ケイン様の2番手3番手に甘んじることを決めたアンナでもちょっと悔しいくらいに。それじゃ、アンナはそろそろ帰るのですぅ。お2人の大人な時間を邪魔するほど、第2婦人第3婦人は空気が読めない奴じゃないのですぅ」


 冗談めかしてそれだけ言い残すと。フウカは自分の部屋へと戻っていく。そんなアンナを見送った俺は暫くその場に立ち尽くしていた。


 『1周目の記憶』に囚われすぎているだけ。


 その言葉が、俺の中でぐるぐると回っていた。

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