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第26話 HTT~半夜のティータイム~

 それから。家事も手伝わずにずっとレイン達の屋敷で俯いていたら、いつの間にか深夜になっていた。


「――さすがにそろそろ自分の屋敷に帰るか」


 そう思って寝静まったレイン達を起こさないように、俺はレイン達の屋敷を後にした。



 帰ったらさすがにフウカはもう寝てるだろう、と思っていたから、キッチンの方から灯が漏れ出ているのに気づき、俺はびくっとする。そしてキッチンの方を覗くと……。


「あっ、ご主人。ようやく帰ってきたんだね」


 白磁のティーポットを片手にしたフウカがキッチンに立っていた。


「ちょうど今お湯が沸いたところなんだ。ご主人もハーブティー飲むよね? 」


 そう言ってこっちの返事を聞かずに2杯分ハーブティーを注ぐフウカ。今更だけど使用人が主人に対してさすがに馴れ馴れしすぎやしないか、と思った。けれど、別に使用人がほしくてフウカを連れ込んできたわけじゃないし、あの自由奔放なフウカが俺に対して敬語なんて、違和感しかないから結果オーライだと捉えておく。


 こう一方的に振り回してくるのもフウカらしいな、と一瞬懐かしさを覚えるけれど、それと同時にもう『夫』として俺を振り回してくれてるわけじゃないんだよなということを思い出して、胸が苦しくなる。


 今のフウカと話しているとどうしても暗い気持ちになっちゃうな。やっぱフウカとは距離を取った方が俺の精神衛生を保つうえで得策な気がする。

 いくらそう俺が思ったところで、当のフウカは俺に対してぐいぐい来るのをやめてくれない。


「うーん、ご主人っていう言い方、なんか気持ち悪いなぁ。ご主人の名前はなんていうの? 」


「ケインだけど……」


 またフウカのペースの呑まれて答えてしまう俺。


「へぇっ。じゃあこれからケインくん、って呼ぶね」


 フウカの声で「ケインくん」と呼ばれた瞬間、脳に電撃が走ったような気がした。俺のことを「ケインくんなんて呼ぶのはフウカだけだった。それもまた、フウカと俺が夫婦だった証。夫婦だけの、特別な距離感を表すのが俺の中でその呼び方。そんな呼び方をされたら、愛しいフウカのことを抱きしめたくなる衝動に駆られてしまう。でも。


 理性のタガが外れようとしたその瞬間。フウカがきょとんとした様子でこちらを見つめているのに気づいて俺の中で先ほど高まった熱は急激に冷めていく。俺が彼女を抱擁しようとした時、フウカはそれを受け入れるかのようにまどろんだ表情を見せてくれた。でも、今のフウカは違う。今のフウカにとって俺は「会ったばかりの他人」でしかなく、引いたり怖がったりすることまではないとしても、逆に言うと男女としての一線を越えることなんか考えすらしない相手。だから、こんな表情を俺に見せてくる。


 ――目の前にいるフウカはフウカだけど、俺がよく知っていて俺の『妻』だったフウカじゃないって、何度もそう言い聞かせてるだろ。


 再び自分をそう納得させようとするけれど、やりきれなさがどうしても残ってしまう。


 これまで明確に意識することがなかっただけで、これが時間の巻き戻しに取り残される、ってことか。自分の中ではこれまで確かに積み上げてきた5年間の時間が、愛する人と育んできた愛が、全てパーになる。レインもこんな気持ちを、例えばスノウに対して感じたりしていたのだろうか。


 そんなネガティブな気持ちになっていたからだろう、気づかないうちに目元から一筋の涙が流れる。その時。


 誰かに涙を拭い取られてはっとする。気づくと、俺の目と鼻の先にフウカの顔があった。


「ケインくん、なんか辛いことでもあった?」


そう言いつつ、自然に俺の手に自分の手を重ねてくるフウカ。そんなフウカの温もりに、俺はその相手が妻でも何でもない相手だとわかっているのにどこか安心感を感じてしまう。


「あたしでよければ相談に乗るよ」


 このシチュエーションで、その台詞はずるい。俺はつい、全てを打ち明けてしまいたい衝動に駆られる。でも。


 そんなことはできなかった。だって今、俺の心を苦しめているのは他ならないフウカが忘れ去った「1周目の世界」での彼女のことなのだから。


「……」


 何も答えない俺に、フウカは無理やり何かを聞き出そうとすることはなかった。ただ、俺の肩と触れ合いそうなところまで近づいてくる。


「言いたくないんだったら無理に言う必要はないよ。ただ、傍にはいさせてもらうね。今のケインくんはやっぱり、独りぼっちだと寂しそうだから」


 会ったばかりとは思えないほど優しく甘い言葉。なのに、隣にいるはずの彼女の存在が、俺にはとても遠く感じられた。




 それからどれほどの時間、そのようにしていただろうか。


「冷めちゃったし、ハーブティー淹れ直すね」

 

 そう言って淹れ直してくれたハーブティーをその場の雰囲気から逃げるつもりもあって一含みすると。


「美味しい」


 ついそんな正直な感想が口をついて出てしまう。でも実際、ハーブの格調高い香りが口いっぱいに広がって、少しだけ落ち着いた気持ちになれる気がした。

 そんな俺の反応を見て胸を張るフウカ。


「ふふーん、そうでしょうそうでしょう。最近のあたしはハーブに凝っててね。ハーブティーに関しては一家言あるんだよ」


「そういやフウカはそんなヤツだったな。飽きっぽくて、興味がないことはからっきしで、でも一度興味を持ったものに対しては何処までも熱意を傾ける真っすぐさがある」


 自然とそんなことを言ってしまってはっとする。今のフウカを知ったような口調はフウカに怪しまれてしまうかもしれない。


 でも、そんな心配は杞憂だった。フウカは満面の笑みを浮かべて


「うんっ、ありがとう!」


と言ってくれただけだった。俺がフウカのことを何で知ってるのかなんて、それこそ興味がないだけかもしれないけど。


「そう言えば、フウカ――これからそう呼ばせてもらうな――はなんで王都で使用人の仕事を探してたんだ? フウカは別に王都生まれの王都育ち、ってわけじゃないだろ」


 大分気持ちが落ち着いてきて、俺はふと湧いてきた疑問を口にしてみる。フウカは元々、俺が生まれ育った村の隣の村で生まれ育ったと聞いている。当然結婚する前に王都なんて行ったことがないと――少なくとも1周目の時間軸のフウカは言っていた。


 1周目の世界で言うと今日・2120年4月は既に俺とフウカは結婚していたことになる。つまり、2周目の世界では俺と結婚しなかったからフウカが王都にやってくるように展開が変わった――そう考えるのが自然だ。でも、俺も1周目の世界はずっと村の中で生活していたからわかる。ただの農民は、王都に出かけたりする用事なんてない。


 俺の問いに対してフウカの答えは、彼女らしくもなく歯切れが悪かった。


「あはははは、まあそりゃ聞かれるよね」


「別に言いたくないんだったら無理に言わなくてもいいけど」


 俺がそう言うとフウカは首を横に振る。


「うんうん、別に大した話じゃないから。実はあたしさ……お見合い結婚することになっていたんだ」


 結婚。その言葉に俺は動揺してしまう。でも仕方ないと思う。だって、時空の大聖女の羊飼いになるなんていう運命のいたずらさえなければ自分と結婚していたかもしれない相手が、自分ではない婚約相手のことを話しているのだから。


「相手は隣村の大地主の跡取りでね。仕事に対して生真面目すぎるくらいで、結構顔も良くて、地主だからもちろん資産もそれなりにあって――傍目から見ると断る理由なんてどこにもないくらいのありがたい話だった」


 フウカの話に俺は耳を覆いたくなった。元々の時間軸で結婚するはずだった俺がいなくなった以上、フウカが他の人と結婚することはごく自然なこと。今の俺には嫉妬する権利すらない。そのはずなのに、顔すら知らないフウカの今の婚約相手に俺はもやもやしたものを感じていた。


「でも、あたしはいよいよ結婚が決まってウエディングドレスや婚約指輪も選んだ、ってタイミングになってなった時に逃げだしちゃった」


 それを聞いた途端。素直に安堵してしまった自分が自分でイヤになる。そんな俺の心中を知ってか知らずか、フウカはそのままの調子で続ける。


「ケインくんにはそれが、なんでだかわかる?」


「それは……他に好きな人がいたとか?」


言ってしまってから後悔する。それはただの俺の願望だ。巻き戻る前の記憶はなくとも心のどこかでは俺のことを覚えていて、俺がいるから他の人と結婚するなんて考えられない、そうあって欲しいな、というただの欲望。


 フウカは俺のその良そうに微笑を浮かべて


「ケインくん、意外とロマンティストだね」


とからかうように言ってきただけだった。


「あたしはそんなロマンチックじゃないよ。その人はもっと言うと真面目過ぎたんだよ。ちょっと話しただけで分かった。彼はあたしの自由奔放な生き方とは正反対の性格をしていて、あたしに対しても厳しく『良妻』であることを求めてきた。そんな人の妻になっちゃうと、あたしがあたしじゃなくなっちゃう。そんな危機感を抱いて――村を逃げ出しちゃったんだよ。そして流れるままに、あたしは王都に辿り着いていた。そして、生きるために職を探していた。まあ、そんなところ」


 フウカの言葉に俺は内心がっくり来ていた。それを誤魔化すように俺は作り笑いを浮かべて言う。


「なのに王都では住み込みの使用人とかをしなくちゃ生きていけないなんて、少し本末転倒な気もするけど」


 俺の言葉につられたようにフウカも微笑む。


「それは間違いない。良妻として家事から逃げて王都にやってきたのに、結局メイドさんとして家の仕事をやらなくちゃ生きていけないなんて。世の中は世知辛いなぁ。でも」


 そこでフウカは一旦言葉を切って、俺のことをまっすぐ見つめてくる。


「なんでかわからないけど、君のメイドさんとして働くのはイヤじゃない気がする」


 フウカがどんなことを言としてそんな科白を口にしたのか、俺には本当の所はわからない。だけど、俺は俺でその言葉に勘違いしそうな自分を押さえるのに必死だった。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。


 今更新している2章の次の最終章以外は1年以上前に書き終えていて、執筆当時に何を考えていたか細かいことは正直覚えていません。しかし、フウカ編はケインがタイムリープによって妻子を失ったという設定を思いついた時から逃げられないテーマだと思って、どうしたら一周目と二周目のギャップに傷つくケインを描けるか悩みながら書いていったような気がします。そんなケインの心の機微が少しでも伝わる作品になってますと嬉しいです。

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