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第25話 1年遅れの遭遇

「ねえケイン、今から買い出しに行こうと思うんだけど荷物持ちとしてきてくれない? 」


「了解。そうだ、スノウもせっかくだからどうだ?」


 レインに声をかけられ俺がリビングで本を読んでいたスノウに声をかけると。スノウは本から顔を上げて俺の方を見、それからレインの方に視線をやる。


 それにつられてレインの方を見ると、レインはどこか不満げな顔をしていて、それを確認するとスノウは何かを察したかのようにふっと笑う。


「わたしは遠慮しておこうかな。ラブラブな2人の間を邪魔しちゃ悪いし」


 そう言われて俺とレインは揃って顔を真っ赤にして、それが面白くて3人同時にぷっと吹き出してしまう。



 俺がゼロロス教会にやってきてから3年の月日が経った。その間、歴史が変わって戦争が前倒しになって魔族が攻めてくる……などと言ったこともなく、俺とレイン・スノウ、そしてアンナは来たばかりの時と大して変わらない、ごく平凡な毎日を送っていた。


 でも、表面上はかわり映えがしなくとも、俺達の心理的な距離は大分縮まったと思う。始めたばかりの頃はぎこちない恋人の振りだったけれど今ではすっかり板について夫婦のように言われても動揺することが少なくなった。それ以上に進展したのはレインとスノウの関係だった。


 13歳になったスノウはこれまで実の姉に隠していた素の自分をとうとう明かした。実の妹がまだまだ手のかかる妹だと思い込んでいたレインはそれを明かされた当初は当然、戸惑っていた。でも、スノウが心配していたほどレインが壊れることはなかった。その理由が、レインの心を支える要素が「スノウのお世話」以外に俺の何かも加わったからなのか、それはわからない。でも、歪な姉妹の関係性に気をもんでいた1人として、2人の関係の進展は喜ばしいものだった。


 スノウの告白以来、俺達はしばしば、2人きりで買い物に行ったりすることが徐々に増えていった。まあ、まだまだレインはスノウに対して甘すぎるところもあるし、自分のことを大事にしないで危うすぎるところはあるけれど、それも少しずつ改善している……ような気がする。


 ――何もかもが上手く言ってる気がするな。


 そう感じて、自然と顔がほころんでいる時だった。


「ン! ケイン!」


 レインにどっつかれて俺はレインと市場に買い物に来ている現実に引き戻される。


「ご、ごめん」


「もう! さっきからこっちのリンゴとあっちのリンゴ、どっちを買うべきかって聞いてるのになかなか答えてくれないなんて」


 それこそリンゴのように、ぷくっと紅く頬を膨らませるレインが可愛くて、つい俺は微笑んでしまう。


「そうだな、今日はアップルパイを作るから、こっちの品種の方が煮崩れしにくく酸味もあって良さそうだな」


「ほんと、ケインって家庭的だよね。まあそんなところもケインの魅力的なところの1つなんだけど」


 そう言ってニコっと、レインも笑いかけてくる。




 そんな風にいろいろと話しながら買い物を終得た頃には持ってきた3つの袋はパンパンに膨れ上がっていた。レインには1つだけ持ってもらって俺が2つ持とうとすると。紙袋を握ったレインと隣り合っている方の手がレインの手と触れ合う。


「私も一緒に持つよ」


「いいよ。今日の俺荷物持ちだし、俺、これでも男だし」


「遠慮しなくていいの! その……私がケインと持ちたいだけだし」


 視線を逸らしながらも俺と手が触れ合うことも厭わずに一緒に紙袋を握ってくるレイン。そんな大胆なレインの行動に驚きはしたけど、嫌だとは感じなかった。


 ――会ったばかりの頃は自分の魔法が効かない俺のことを怖がって仕方なかったのに、今は肌が触れ合ってもなんとも思わないなんて、俺達もずいぶん遠くまで来たものだな。


 そう思うとまた感慨で胸がいっぱいになる。と、その時。


「そこのあなた! あたしのこと、使用人として雇いませんか~? 掃除洗濯、なんでもしますよ~」


 俺の感慨は風情の欠片もない宣伝の言葉で俺の感慨は早々に崩される。誰だよ王都の真ん中でハウスキーパーの求職活動なんてやってるやつは。そう思って声のした方で手描きのビラを配っている女性の方を恨めし気に見た瞬間。俺は一瞬、言葉を失ってしまう。だってそこにいたのは……。


「フウカ……」


 俺の言葉に隣にいたレインもぎょっとする。


「フウカさん? ってことは、ケインの奥さんの……」


 そう話しているとフウカの方も流石に俺達の存在に気付いたのか、ビラ配りを中断してこっちに近寄ってくる。


 ――フウカも俺のことに気付いてくれたのか? そう期待した直後のことだった。


「初めまして、お兄さん! もし良ければ、あたしのことをメイドとして雇いませんか?」


 俺の妻であったはずの少女はそう言って、誰にでも向ける満面の営業スマイルを俺にビラと共に向けてきた。


 少し考えればわかったはずのこと。だってこの世界はレインの魔法によって時間が巻き戻されてて、2周目のこの世界でフウカと俺はまだあってすらいない。だから、フウカにとって俺は初対面で当たり前。そう理屈ではわかっているのに……。


 3年間夫婦として愛し合ってきた相手から忘れ去られ、俺だけが相手との記憶を持っている。そのことを目の当たりにさせられると、流石に俺の心も深く抉られたような気持になった。




「で、ケイン。なんであの子――フウカさんを自分の屋敷で雇うことにしたの? ケインは自分の屋敷になんて寝るためにしか帰らないし、使用人なんて一人も雇ってなかったよね?」


 教会内の自分達の屋敷に帰った後。2人きりになった俺は、レインからそんなことを尋ねられていた。


 レインの言う通りあの後。俺は職を求めていたフウカのことを自分の屋敷で雇う、と連れてきてしまった。そして有り余っている俺の屋敷の一室をあてがって仕事は明日だから今日はゆっくり休んでくれ、とだけ言い残して、逃げるように俺はレイン達の屋敷に転がり込んだ。自分は夫婦としてのフウカの記憶が確かにあるのに、相手は俺のことを見知らぬ同年代の男の子としてしか見ていない。そんな相手と同じ建物にいることなんて、俺には耐えられなかった。


「その……自分の妻を使用人として雇うとか、普通はイヤじゃない? 」


「いや、むしろ逆だよ。自分で雇えるのに自分の妻だった女の子が他の人の使用人になるのがどうにも許せなかった、だから後先考えずにつれてきちゃった、っていう方が正しいかな。独占欲強い、って言われるかもしれないけどな。――連れてきたら気まずくなることぐらいわかっていたはずなのに」


 自嘲気味に哂う俺に、レインは申し訳なさそうな表情になる。


「ごめんね、私が魔法で時間を巻き戻したりさえしなければ、ケインがこんな苦しい気持ちになることなんてなかったのに」


「いや、これは俺の問題だ。いつかはこんな気持ちにさせられることになるかも、っていうことが最初から分かっていて、もう2年も経ってるしとっくに心の準備はできてると思ってたんだけどな……。これは俺の弱さの問題だ」


「そんなことないよ。誰だって、自分には親しくした記憶がある人から自分のことを全く知らない人のように思われたら、動揺したり傷つかない方がおかしいって! 全部私がいけないんだって」


 そう言って俺のことを抱擁しようとしてくれるレイン。でも、俺はその手を振り払ってしまう。


「だからレインは何も悪くない。悪くないけど……ごめん、やっぱ一人にしてくれ」


 自分からレインの所に転がり込んでおきながら申し訳ない気持ちで心がいっぱいになる。でもレインは何も言わず、最後にちらっと俺を心配そうな目で見つめただけで部屋を出ていってくれた。


 そして部屋には俺一人が残される。


「くそっ……」


 拳を壁に叩きつける。何より動揺しすぎている自分自身に腹が立っていた。

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