第24話 ケインの元カノ
今回から新章突入、5人目のヒロインの登場です!
俺は最初フウカ――自分の妻となる女性のことが苦手だった。
俺とフウカがはじめて出会ったのは俺が18歳の時。親や村長が決めた俺の見合い相手が隣の村の豪農の三女であるフウカだった。地方の農民に恋愛結婚なんて概念はない。親が決めた相手とお見合いし、そのまま結婚が当たり前。だから俺の場合も何か言うことなく、周囲に言われた通りに結婚した。フウカの方も多分文句とかなにも言ってなかった気がする。
そのようにして互いが互いのことをほとんど何も知らない状態で始まった俺たちの結婚生活。そこでようやく俺はフウカの本性を知ることになった。
と言ってもフウカがDV癖があったとか不倫体質があったとかそういうものじゃない。フウカはとにかく好奇心旺盛で飽きっぽく、それでいて行動力に満ち溢れていたので、結婚してからと言うものの俺はフウカに振り回されっぱなしだった。
その時に抱いていた感情は今からもう少しちゃんと考えてみると「苦手」じゃなくて「困惑」と言う方が正しかったのかもしれない。これまで同年代の女子と言うと幼馴染のナナミくらいしか知らず、ナナミも俺を引っ張っていってくれる側だったけれどどちらかと言うとお姉さんとして自分のことを導いてくれる、と言った感じで母親達とある意味印象は近かった。それに対してフウカは俺がはじめて会うタイプの女の子だった。
気の向くままに色々なことに手を出し、その殆どを途中で投げ出すので尻拭いをするのはいつも俺。そんなフウカに対して芽生えてくる感情だって当然、俺にとってはじめてで、フウカと一緒にいることによって感じる息苦しさは負の感情なんだと、まだ何も知らない俺は思い込んでいた。
「それは旦那が奥さんに恋してるからなんじゃないか?」
成人してからよく訪れるようになった村に一軒しかない酒場。その主人にいつものようにフウカに振り回されている愚痴を聞いてもらっている最中、俺は突然そんなことを言われた。
そんなこと思ってもみなかった。だから、俺は凄い勢いで
「いいや、ないないない」
と全力で否定した。主人はその時、それ以上踏み込んできたりせずに「そっか」と残念そうにため息をついた。
「まあそれならいいけどさ。旦那はこれまで誰かを好きになったことがあるのか? ないんだとしたら、どんな気持ちが恋愛感情なのかなんて分からないだろうから、そうじゃないと決めつける必要は無いと思うけどな。でも――ほんとに好きじゃないなら、旦那ほど振り回されてやらないと思うぜ」
その日。酒場で主人に言われた言葉はなかなか俺の脳裏から離れてくれなかった。
――俺がフウカに抱いている感情は恋愛感情なんじゃないか。
酒場の主人にそう言われた日以来、俺がフウカを見る目は少し変わってしまった。新しいことに対して目を輝かせているフウカの瞳をふとした瞬間に綺麗だな、と感じてしまう。新しい興味の対象を見つけて笑顔で俺のことを振り返ってくるフウカのことが愛おしくてたまらなくなってくる。結局フウカに後片付けを押し付けられてもなんだかんだ言いながら頼られているのが嬉しい自分がいる。
その時、俺はようやくわかった。この、これまで俺が出会ったことのないタイプの女の子に俺はいつの間にか恋をしていたんだと。これが、俺にとって初恋を自覚した瞬間だった。そうわかった途端。
「付き合ってください」
ぽろっと口から出てしまってから俺は慌てて口を押えるけれどもう遅い。ばっちりフウカに聞こえてしまっている。
俺からそんな突然の告白をされたフウカはきょとんとしていた。でも暫くしてから不思議そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる。
「へぇっ、ケインくんはあたしのこと、好きなんだ」
「わ、悪いかよ」
開き直って不貞腐れたように言う。からかわれる、と思ってたけれど、フウカの対応は違った。
フウカはゆっくりと首を横に振る。
「ううん。実はあたし、ずっとケインくんに嫌われてるんじゃないか、って思ってたんだ。でも、一度しかない人生なんだから自分の生き方は曲げたくないし、それで結婚が破棄されちゃうならそれならそれでいっか、って半ば諦めてた。だから、ケインくんにこんなあたしのことを肯定してもらえて、すっごく嬉しい。だからさ」
そこでフウカは楽しそうにくるっと1回転してから、また俺の方を見てくる。
「ケインくん、あたし達、付き合っちゃおうか? その方がこの先、もっともっと楽しいことが待ってるよ」
そう言って左手を差し伸べてくるフウカは、俺には彼女が女神のように見えた。
俺は丁寧にフウカの左手を両手で包み込む。
「ああ」
その瞬間、フウカがくすくすと笑いだす。
「でもおかしいね。あたし達、もう既に夫婦で結婚式もしたのに、今更プロポーズし合うだなんて」
朗らかに笑うフウカにつられて俺も笑ってしまう。
「まあな。でも、別にいいんじゃないか。今日が俺達が、本当の意味で夫婦に、恋人になった日、ってことで。別に夫婦の関係性が正解である必要もないし、正解なんてそもそもないだろ」
「そうだね。これからも一緒に、いっぱい楽しいことをしようね」
「ああ。これからも俺に、いろいろな新しい世界を見せてくれ」
顔を合わせて再び笑い合う俺達。そこで……。
◇◇◇
「はっ」
勢い良く起き上がると額に乗せられていた冷やしたタオルがずり落ちる。そして目の前にいたのはフウカではなく、驚いたような表情をしたまま固まっているレインだった。
心臓の鼓動はまだ早いまま。パジャマは汗でびっしょりと濡れている。
「この状況は……」
「ケイン、数日前から体調崩して寝込んでたんだよ。で、私が看病に来させてもらっていたんだけど……余計なお世話だった? 」
そう言われて俺の頭はだんだんと働いてくる。
そう、今は2周目の2119年4月。俺がいるのはケルト村ではなく王都。そして俺と一番近くに今いる相手はフウカじゃなくてレインで……フウカとは出会ってすらいない。
「そんなことないよ。助かった」
俺のその言葉にレインは安堵したような表情になる。
「そっか。でも無事に目覚めてよかったよ。このまま死んじゃうんじゃないか、ってちょっと怖かったんだから」
「そんな、大袈裟だな。ーーそういやスノウのお世話をほっぽり出して俺の面倒なんて見てていいのか? 」
「スノウももう12歳よ。お留守番ぐらいしてくれるわ。それに……他ならないスノウが『そんなに気になるならお義兄ちゃんのところに行って来なよ』って背中を押してくれたんだし」
それを聞いて俺の顔は思わず綻んでしまう。
俺が王都にやってきてからの2年間で、レインとスノウの関係はだいぶ健全になったと思う。今でもレインはスノウに甘いけど何でもかんでもやってあげる、と言った行き過ぎた偏愛ぶりはだいぶ緩和されて、確実に成長してる。それに比べて……。
「変わってないのは俺だけ、か」
独り言のように呟く。世界が5年前に巻き戻って、人間関係がリセットされ、そして時間が再び動き出してから早2年。失った人間関係にはいい加減諦めをつけられた、はずだったのに。ふとした瞬間にどうしても、一度は自分の妻だった彼女の事が頭をよぎってしまう。
「うなされてたみたいだけどケルト村にいた時のことでも思い出してたの? 」
俺が沈み込んでるのが伝わったのか、レインが心配そうな表情で俺のことを見てくる。
「あ、ああ。まあ気にするな」
そう口にしてみるけど、レインは暫く、思いつめたような表情のまま沈黙していた。




