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第22話 シオリの最後の望み

 翌日から。アンナは俺の屋敷にもレインの屋敷にも姿を見せなくなった。


 アンナが姿を見せなくなってから2日後のお昼過ぎ。


「誰で……ってケイン様? なんでそんなに顔色悪いんですか!」


 ゼロロス教会内にあるアンナの部屋に辿り着いてチャイムを鳴らした途端、俺は過労でつんのめりかける。そんな俺を見て慌てて外に出てくるアンナ。これまでアンナを見る時はいつもきっちりと修道服を纏っていたのに対し、今日のアンナは寝巻のような恰好だった。


「――あんなことがあったのに優しくしてくれるんだな」


「それはそれ、これはこれですよ。自分の家の前で自分の羊飼いが野垂れ死んだなんてことイヤですから。……隈、すごいですよ。早く寝た方が」


「いや、アンナに今すぐ見てほしいものがあるんだ。そのために必死で探したんだ。だから――今すぐ、俺と一緒に泡沫の禁書庫まで来てくれないか? 」


 俺の提案にアンナは怪訝そうな表情を一瞬したけれど、最終的にうなづいてくれた。



 アンナに介抱されるような形でふらついた足取りで泡沫の禁書庫までやってくると、俺は自然と俺の方に近寄ってきた紫色の雫型の宝石を手に取り、アンナの方に差し出す。


「これは……? 」


「いいから、この中にある記憶を覗いてみてくれ」


 俺に促されてアンナは渋々と言った調子で雫型の宝石に触れる。小さな宝石だから俺とアンナの指先が触れ合う。次の瞬間。俺達は10年前のとある一場面――シオリが死ぬ間際のシオリの部屋に立っていた。


 俺達の目の前にいるのは肉付きの良い美少女だった時の面影など見る影もない、やせ細った女の子だった。肉体的にも精神的にも限界なはずなのに、何故か彼女は小さく微笑んでいた。


「あはは、これが走馬灯ってやつかな。でも……思い浮かんでくるのはカンナちゃんとの楽しい思い出だけだね。死ぬ前にこんな楽しい思い出に浸れるなんて、わたしは幸せだな」


「死ぬ前なんて言わないで。私が今助け出すから、だから、もっともっと私と忘れられない思い出を作ろうよ、これからも!」


 悲痛な声を上げて必死に手を伸ばすアンナ。その手はもちろん届かない。これはあくまで記憶の追体験だから。


「カンナちゃん、今頃どうしているかな。わたしのことはちゃんと折り合いを付けて、前向きに生きてくれてるといいな。いつも明るくて、失敗してもすぐに前を向くカンナちゃんのことがわたしは大好きだったから」


「折り合いなんて付けられる訳ないじゃない。わたしもあなたのことが大好きだったんだから……」


「カンナちゃんと離れ離れになっちゃったことは残念だけど……でも仕方ないよね。大聖女の魔法なんていうものをわたしが発現しちゃったのは運が悪かっただけだし、他の誰かが引き受けるくらいなら、自分で引き受けられてむしろ幸せだったかも」


「そうやってシオリはいつも自分で貧乏くじを引きに行くんだから……そんなあなたのことを心配している私の身にもなりなさいよ……」


「これでいいんだ。大聖女の魔法なんて言うのは絶対誰かを不幸にしてしまう力だから、こうしてわたしの中に留め置いて、わたしが消えることで消えてくれれば、それが一番、世界にとっていいんだ。だから願わくば……カンナちゃんには大聖女の魔法なんて関係ないところで幸せになって欲しいな。わたしから卒業して心から愛せる人を見つけて、欲を言えばその人と王都で自分の店を持ってくれたら100点満点かな。


 わたしは一緒にお店の経営はできないけど、わたし達の夢を叶えているところを見せてほしい、社会の暗い部分なんて忘れてわたしの分まで幸せになって欲しいな。高い所からずっと見守ってるから、なんてね」


「そ、そんな。待って、シオリ! 行かないで……! 」


 そんなアンナの叫びも虚しく、記録の中のシオリはぴたりとも動かなくなった。




 それから暫くの間、アンナは泣きじゃくっていた。ようやく泣き止んだ後も、泣きすぎたせいで目元が真っ赤に腫れていた。


「シオリの最後を探し出して見せてくれたことには感謝します。でも……これを見せて、『シオリは私が時間を巻き戻してまでシオリを救うことなんて望んでいない』とかありきたりな言葉で私を説得するつもりですか? 」


 敵意をむき出しにしたアンナの言葉に、俺はゆっくりと首を横に振る。


「確かにそれもあるけれど……それ以上にアンナ、いや、カンナは幸せになる義務があると思うんだ。今のカンナは無理ばっかりして、本当の自分を押し殺して執念に囚われている。だってシオリさんだって言ってただろ、『自分の分まで幸せに生きて』って」


「そんなのよくある常套句でしょ」


「お前がそう思うならそれでも構わない。でも、俺はそうは思わない。自分の分までに幸せに生きて、って言うのは残された者の義務だと、俺は思う。その願いを、お前は踏みにじって本当にいいのか? 最愛の相手の最後の言葉を踏みにじって、自分を虐めまくった末に自分の信じる『シオリを救い出す』っていう正しさをシオリさんに押し付けるのか? 確かにシオリさんだったら困った顔をして受け入れてくれるかもしれない。でも、そんなのいつも貧乏くじ引いていたシオリさんと変わらないんじゃないのか? 本当にシオリさんのことが好きなら、最後くらいシオリさんの願いを叶えてやれよ。お前、シオリさんの彼女なんだろ!」


 俺の言葉にはっとするカンナ。


「……それでもカンナが時間を巻き戻したい、っていうならレインを説得するのに協力する。レインに魔法を使わせる方法はだいたい分かってる。まあ無関係の人に対する影響について納得したわけじゃないけど……もう一度俺も俺なりに考えてみたんだ。そして出た答えは、カンナがこのままはやっぱり嫌だ、ってことだった。我が儘だってわかってるけど」


「……なんでケイン様は、私なんかのためにここまで優しくしてくれるの?」


 聞き逃しそうなほどか細い声で言うカンナ。そう言うカンナの姿は王都に来たばかりの時に出会った、俺のよく知っている女の子と少し重なる。でもカンナに対しての答えは、その時の女の子に対する者とはちょっぴり違う。


「それは……俺達が既にそれなりの時を共に刻み、カンナのことを、いや、アンナのことを知り続けちゃったからだよ。ただでさえ苦しんでいる女の子に手を差し伸べるのに理由なんていらないのに、相手がそこまで知っている相手で、報われないとおかしいくらい苦しんでいるなら、理由なんてお釣りで金塊が返ってくるぐらいだよ。それじゃダメか?」


 俺が言うとカンナはようやく小さく笑う。


「……ケイン様ってやっぱおかしいですよ。自分のことを目的達成の道具としか見てなかった女の子のために膨大な量の記憶を手繰ってその女の子が見たかった記憶を探し当てるなんて。とても人のすることじゃないです。でも……そんなところがケイン様らしくて、レイン様の閉ざされた心を開けることが出来たんでしょうね」


 そうしみじみと言ったかと思うと。


 突然頬から柔らかい感触が伝わってくる。あまりのことに俺は反射的に顔を離すと、そこには接吻から逃げられたことが残念そうに、でもいたずらっぽく笑うカンナの顔があった。


「私、時間を巻き戻すのはやめにします。シオリの本当にしたかったこと、私に託してくれた夢を叶えるために精いっぱい頑張って、そしてシオリの分まで幸せになって見せます。だから――責任取ってくださいですぅ、ケイン様」


 次の瞬間、カンナが俺の腕に抱き着いてくる。2房の柔らかいものが当たってるのは多分わざと……。


「せ、責任を取ってくれって……」


「シオリだって心から愛せる人を見つけてほしい、って言ってたですぅ。それは今のカンナ――ううん、今のアンナにとってはきっとケイン様なのですぅ。だから、アンナが幸せになるお手伝いをしてほしいのですぅ」


「お手伝いって……」


「もちろんアンナをケイン様の一番にしてくれ、とは言わないですぅ。アンナは分を弁えてるのですぅ。だから二番でも三番でも、補佐官としてでもいいからアンナのことを愛してほしいのですぅ。シオリの分まで幸せになれ、っていったのはそもそもケイン様ですぅ」


 そう言って頬を擦りつけてくるアンナ。


 そんなカンナ――アンナに俺は少し困惑しつつも、ほっとしていた。今目の前にいるアンナはこれまでの被り物をしたアンナじゃない、本当のアンナなんだろうな、って思えたから。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。アンナ編、クライマックスでした。あと1話エピローグがありますが、アンナ編はいかがだったでしょうか。このお話が少しでも面白い、続きが気になる、と思ってくださったら↓の⭐︎評価や感想、いいね、ブックマークなどで教えてくれると嬉しいです。


 それでは、引き続きお付き合い頂けると幸いです。

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