第2話 始まりはいつも突然に
王都グランドゲイツ。その真ん中で俺は
「この教会、一体どこだよぉ! 」
叫んでいた。
話は今から3日前に遡る。
どうやらタイムリープしてしまったらしい俺はその日、学校が終わり次第村長のもとに足を運んだ。魔法使いすら殆どいないこの村だ。魔法関係もなんでも、困りごとがあったらまず村長を頼る。それが、この村に住む人の鉄則だった。
俺が事情を話すと。村長は驚いたの表情のまま、暫く固まっていた。齢80歳にして、若い頃は国中を旅してまわった村長をしても、時間遡行をしたなんて例はなかったらしい。そもそも、基本的に男は魔法なんて使えない。そんな俺が、自分の力でタイムリープなんてできるわけがない。
「いや、あの御方なら、ひょっとしたらありえなくはないか……」
「あの御方? 」
反復する俺の言葉に村長はうなづく。
「ときにケイン君。君は王都にいる七大大聖女という存在を知ってるかね」
「七大大聖女って……王国最高峰の魔法使いにして、魔族軍に対する人間側の最大戦力ですよね。ということは……やっぱ大聖女の魔法に巻き込まれた、っていうことですか。ナナミの予想した通りに」
「ああ。儂も長いことこの村に引きこもっているから詳しくは知らんが、現在の七大大聖女の1人に"時空の大聖女"というのがいるそうなのじゃ、なんでも彼女は時間を自由に操れるのだとか。時間を操る魔法に巻き込まれたとしたら、ケイン君の話にも合点がいく。逆に、それ以外は考えられん」
そう言ったかと思うといきなり便箋を取り出して筆を走らせる村長。
「何書いてるんですか? 」
「見てわかるだろう、王都のゼロロス教会に対する紹介状じゃよ」
「見てわかるって……どっから王都の教会の話が出てきたのか俺にはよくわからないんですけど」
「だ・か・ら! ケイン君はこれから王都の教会に行かなくちゃいけないのじゃよ。この村では、なぜ君だけが大聖女の魔法の効果を受けなかったのか、魔法を受けなかったことでなにか君の体に悪影響が出てないかを調べることはできないのじゃ。だから、餅は餅屋。君は一刻も早く、大聖女の管理を一手に担っている王都のゼロロス教会で検査してもらうべき、っていう話じゃよ。なるはやじゃ」
「80歳のよぼよぼおじいさんがなるはやって……いや、若者ですら今では言わないか? って、なんで俺が王都に行くことで話が進んでるんですか! 100歩譲って王都に行くとしても、あと数日で学校卒業するんだからその後でいいでしょう? 」
「そんなことを言っている暇はないかもしれないのじゃ。なるはやじゃ」
いや、あんたもうその台詞言いたいだけだろ。
そう心の中でぼやきつつも、一度火がついてしまった村長に抗うことはできない。かくして、正式に卒業することもできずに俺は王都に行かされることになったのだった。
そして今。生まれて初めて来た王都で、俺は絶賛迷子中になっていた。
お上りさん丸出しで周囲をきょろきょろ見回す。そんな俺に対し、王都の人々が向けてくる奇異なものを見るような視線が痛い。
「……とりあえず、どっかのカフェに入って休も」
都会人からの視線に、体力をどさっと持って行かれた。俺は肩を落として、少しの憩いを求めて近くのカフェに入っていった。
席について注文を終える。その時にはタイムリープして以来の心労が出てしまったのか
「「はぁっ~」」
つい出てしまったため息が隣の人のため息とちょうど重なる。思わず隣を見ると、隣にいたメイドさんも驚いた表情で俺のことを見つめていた。
数秒間だけ交錯する視線。次の瞬間。
「「ぷっ」」
思わず同時に吹き出してしまう俺とメイドさん。それから俺達は暫くの間笑いあっていた。考えてみるとタイムリープしてからの数日間でここまで表情を崩せたのははじめてだった。そしてひとしきり笑い終えると、俺の心は大分軽くなっていた。
「あなたはどっかの貴族に仕えているメイドさん? 」
十分笑い終えた後。俺はメイドさんに向かって話しかける。
肩まで伸ばしたストレートのピンク髪、透き通るような深碧の瞳。その整った顔立ちは、然るべき服装ならば良家のお嬢様のようにも見える。でも、身にまとっているのが少しだけ汚れて生活感のあるフリフリのメイド服だからか、なぜか臆せずに話しかけることができた。
「うーん、正確に言うとちょっと違うけど、まあそんなところかな。君は……そのにじみ出る田舎臭からして王都に来たばかりのお上りさんだね? 」
「げっ、俺ってそんなに田舎者オーラ出てる? 」
慌てて俺が自分のにおいを確認し出すとそれが面白かったのか、メイドさんは小さく笑う。
「ちょっと意地悪しただけだよ。君の大荷物や王都の喫茶店に慣れてなさそうなあなたを見れば、誰だって「王都に出てきたばかりなんだな」って言うのはわかるはずよ」
メイドさんの言葉にほっと胸をなでおろす俺。
「私はレイン。君はなんていう名前なの? 」
「俺はケイン」
「へえっ。って、いうか、私達一字違いなんだね! すっごく偶然。でも、なんか君には不思議とシンパシーを感じるんだよな。他人に対して一切興味を抱かない私にしてはすっごく珍しいんだけど。だから、感謝してよ! 」
そう言ってニカッと笑うレイン。そんな彼女の微笑みが凄く眩しく感じられた。
「いや、なんでそんな上からなんだよ」
そう言いつつも、俺の方もレインにはなぜかわからないけれど特別なものを感じていた。何だろう、この気持ち。レインとは初対面のはずなのにな。




