第18話 世界大戦の記憶
宙を舞っている宝石の1つ1つに世界の記憶が込められており、それに触れると宝石に込められた記憶を追体験できる。アンナにそう説明され、俺は片っ端から巻き戻される前の世界の2121年・そして2122年の記憶に触れていった。
ある宝石では魔族軍との戦闘で人間の住む村が一瞬で焼き野原になる瞬間を目の当たりにした。ある宝石では武装神官によって母親を殺され、その亡骸の前で泣き続ける幼い魔族の女の子がいた。またある宝石では仲間を庇って死んでいった勇敢な聖女の雄姿がいた。宝石には戦闘要員・非戦闘要員、人類・魔族双方の、目を背けたくなるような悲惨な光景が込められていた。その1つ1つを、俺は目を背けずに見届けた。
そうこうしているうちに俺は水色の雫のような宝石に触れる。その途端。
「これは……」
つい独り言を漏らしてしまう。そこに映っていたのはレインの姿だった。魔族軍の壊滅的な攻撃を受けた直後なのか、原型を殆ど留めていないゼロロス教会の一角。そこで、黒焦げになった”何か”を必死に抱き締めてレインは涙を流していた。ひとしきり泣いた後。手の甲で涙を拭ったレインの瞳には固い決意の光が宿る。次の瞬間、辺り一面が眩い光に包まれ、そこで記録は終わった。そう、それこそが世界が巻き戻され、作り直された瞬間だった。
そんな風に俺はどれほどの間記憶に触れていただろう。
「そろそろお開きにするですぅ」
アンナにそう言われてようやく俺は現実世界に引き戻される。時計を見ると深夜0時を回っていた。
「どうだったですぅ、泡沫の禁書庫は? 」
自分の屋敷に帰る道すがらアンナが聞いて来る。
「どうって……ただひたすら辛かったよ。見ず知らず人も、ましてやよく知っている人のあんな顔は絶対に見たくないと思った。まあそのために俺に何ができるのかなんてわからないけれど。自分のためにすら魔法を使えないレインに無理をさせるのはなんか違うし」
「そうですぅ……」
俺の答えに少しだけ消沈したような表情をするアンナ。教会直属のアンナからしたらもちろん、悲惨な未来を目の当たりにして俺に協力的になって欲しかったのは当然。それはわかっていたから、煮え切らない返事にちょっぴり申し訳ない気持ちになる。
「あのさ、こういうこと聞いていいのかこれまで分からなかったけれど……アンナは第三次世界大戦で一度死んでるんだっけ? 」
ぽろっと出てしまった俺の質問にアンナは意外そうな表情を浮かべてくる。
「あ、ごめん。へんなこと聞いちゃって。いい気分しないよな」
慌てて弁明する俺。でも、アンナの反応は俺が思っていたどれとも違った。アンナは心から不思議そうな顔をして、いつもの口調を忘れて返してくる。
「いえ、別に怒ってるわけじゃないんです。ただ、ケイン様が私のことを聞くなんて意外だなぁ、って思って」
「意外ってこともなだろ。だって俺とアンナは仕事上のパートナーみたいなものなんだから」
「で、そんなこと聞いてどうするつもりだったんですか」
「それは……アンナもあの戦争で命を落とすんだとしたら、余計に戦争はイヤだな、って思って……」
改めて口にすると少しだけ恥ずかしい。いつものアンナならここぞとからかってきそうだ。でも今日のアンナは違った。
「あなたの方からそんなこと言われると思ってなかった。少しだけときめきかけちゃったじゃないですか、バカ」
何か小声で呟いていたけれど、俺にはよく聞き取れなかった。「今なんて言っていたの? 」そう尋ねようとした時にはアンナはいつもの軽い調子に戻っていた。
「もちろんアンナも第三次世界大戦で死んじゃったのですぅ。でも、アンナは教会に身も心も捧げた身だから、戦争で死ぬのなんて別に怖くないのですぅ。アンナの心配なんかするくらいだったら、ケイン様はもっと心配すべき人が」
「そんなこと出来るわけないだろ!」
自分でも驚くくらい大きい声が出てしまって、慌てて口を噤む。その声に気圧されたのか、アンナも固まっている。
きまり悪くなりながらも、俺は無理矢理言葉を続ける。
「その……アンナだってもう俺にとってはレイン達と同じくらい大事な存在なんだよ。だから自分の命をそんな軽んじないでくれよ。それに、俺にできることなんて心配することぐらいなんだから、心配くらいさせてくれよ」
「ムリだよ。だって、あの人のいないモノクロの世界でなんて私には生きる価値なんて見いだせないもん」
またアンナが何か呟いたような気がした。でもそれについて問い詰める暇なんてアンナはやっぱり与えてくれなくて
「あはは、今日の私、じゃない、アンナ、調子が悪いのですぅ。これ以上カッコ悪いところを見せたくないので、お先に失礼するですぅ!」
そう無理に明るい声を絞り出したかと思うと、アンナは一目散に駆け出していった。
泡沫の禁書庫を見せられた翌日の昼間。俺のメンタルは数周回って好調で、ことに家事を処理するというだけに関してなら俺はいつも通りに戻っていた。
そしてその日の夜の、レインとの2人きりのミーティングタイムにて。
「レインから見て、アンナってどんな人なんだ?」
昨日のことを思い出してふと口にしてしまった疑問に、レインは怪訝そうな表情をする。
「どうしたのいきなりそんなことを聞いてきて」
「いや……昨日アンナといつもよりも話す時間があったんだけど、その時の調子がなんかおかしかったんだ。で、もし力になれるようなことがあったら何かしてやりたいな、と思ってて、そのためのヒントをレインが何か知らないかな、と思って」
俺の話を聞いた途端、レインは深くため息を吐く。
「幼馴染さんの次はあの人の心配? まったく、ケインってほんと女の子に問題に首突っ込みたがるよね。でも……アンナの問題に首を突っ込むのはお薦めしないよ」
「って、ことは何か知ってるのか? 」
食い気味に尋ねる俺にレインは首を横に振る。
「知らないわよ、そんなの。興味もないし。でもそれ以前に――アンナはどちらかと言えば教会側の人間で、私達の敵よ。気を許していい相手じゃないし、手を差し伸べるなんてもってのほか。まあ確かに、あの人は教会側の人間っていう気がしないのよね。だからこそ私の羊飼いの補佐官になれたし、逆にあの人が薄気味悪い理由でもあるんだけど」
「教会側の人間って言う気がしないって言うのは?」
「何と言うか、あの人もあの人で教会に属する身でありながら教会を憎んでいる、そこまで行かなくても少なくとも良くは思ってなさそうな雰囲気があるのよね。同族の勘、程度のものだけれど。そんな雰囲気を感じ取ったから、教会嫌いの私も渋々あの子を私担当にすることを許したのよね」
「ってことは、アンナと教会への因縁に秘密がある、ってことか。それについては……」
「勿論知らないわ。別に知らなくて不都合が無いからね。ただ、普段はそう言うのを一切悟らせないから、腹の中で本当は何考えてるか全く読めないんだよね。いっつも誰からも受けが良さそうな角のないキャラを演じて、教会への忠誠とか一切見せない、見せるとしても芝居がかってどこか地に足がついてない。でも、だからこそ深入りしない方がいい。そういうタイプが一番危険だから」
レインの言ってることは分かる。でも。
「やっぱり放っておくことなんてできないよ。だってアンナと俺はもう出会って、一緒の時間を積み重ね始めちゃったんだから。何か思い悩んでいるなら見て見ぬふりなんて出来ない」
俺がきっぱりと言うとレインが無言で俺のことを見つめてくる。負けじと俺もレインのことを見返す。
無言の視線のみの応酬。それを制したのは俺だった。レインは深くため息を着いてから視線を逸らし、ボソッと言う。
「過去に何かあるなら、泡沫の禁書庫を見てみるのはどうかな。あそこにはこれまでこの星に生を受けた全ての生物の記憶が治められているから。本人から聞いてない記憶をのぞき見するのは卑怯かもしれないけれど、永遠に相手が情報を開示してくるのを待っていて何もしないのは、ケインのキャラじゃないでしょ。ま、泡沫の禁書庫の膨大な知の中から特定の記憶を探し出すなんて途方もない作業だけど」
「やってみせるよ、それくらい。だってそれくらいしか俺にはできないから」
俺の答えにレインは小さく微笑む。その視線は「頑張れ」と言ってくれているような気がした。
本作はあと25話くらいですが、更新時間を固定した方がいいかなと思うので朝7:40頃に投稿することを目指したいと思います。夜はなかなか時間を固定化することが難しいので。これからも引き続きお付き合いいただけたら幸いです。




