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第17話 泡沫の禁書庫

 今回よりアンナルートの開幕です!

「心の底からその人には笑っていてほしいと思える大切な幼馴染。それが、私にとってケインだったんだよ」


ナナミがそう言った時、ナナミが本当は何を考えていたのか。それは結局わからずじまいだった。


あの後、ナナミはその真意を問いただす間も無く「私、寮の門限があるからもう行くね。また王都のどこかで会えるといいね」とだけ言って、逃げるように去ってしまった。


翌日。俺はそのことが気にかかって朝から失敗の連続だった。卵焼きを焦がしたり、掃除中にバケツの水をひっくり返したり。


挙げ句の果てに


「もう今日はいいから。帰って休んで」


まだスノウが寝る何時間も前なのに、俺はそのように宣告されてしまった。


あー、何やってんだろ、俺。自分が自分で情けなくなってくる。


「……まあそうだよな。今日の俺なんで、いるだけ邪魔だよな」


そう自嘲気味に言ってすごすご立ち去ろうとした時だった。


「ごめんね、私、人の慰め方なんてよくわからなくて」


聞き逃しそうなほどか細い声でそう呟くレインに、俺の足は一瞬止まる。


ーーほんと何やってんだろ、俺。レインに心配かけて。


情けなさすぎて自分で自分のことを殴りつけたくなった。



自信を喪失しながらいつもより数時間早い帰り道を俯いたまま歩いている時だった。


「ケイン様ですぅ!」


 甘ったるい声に気付いて顔を上げると、目の前にはアンナがいた。


「こんな時間にどうしたんですぅ? いつもなら……」


「今日はいろいろあってな」


 詳しく探りを入れられるのがイヤで反射的に答えてしまう。するとアンナはそれ以上聞いてくることは無かった。


アンナは少しだけ何かを迷ったような表情を見せてから、意を決したように口を開く。


「なら、これからちょっと付き合ってくれないですぅ? ちょうど今から行こうと思っていた場所を、ケイン様にも一度は見ておいて欲しかったのですぅ」


「今から? 」


 いつもの帰宅より早いとはいえ、日はすっかり暮れている。そんな時間に何処に行くつもりなんだろう。


「そんな心配しないでほしいのですぅ。別にホテルに誘い込んで夜の営みをしようなんて言うのじゃないのですぅ」


「いや、そんな心配するのアンナくらいだよ!? 」


 つい乗りツッコミをしてしまうとアンナは口元に手を当てて笑う。


「まあでも心配しないので欲しいのですぅ。アンナが今向かっていたのはゼロロス教会内にある1施設なのですぅ。もちろん、無理強いする気はないのですぅ。――どうするですぅ?」


 アンナの提案に俺は一瞬迷う。でも結局アンナの誘いに乗ることにした。今一人で自分の屋敷に帰っても、結局ナナミのことで思い悩んで眠れなそうだったから。




 アンナが立ち止まったのは白いドーム状の屋根を持った施設の前だった。大きさは各聖女に割り当てられた屋敷よりもずっと小さく、地方の簡易的な天文台みたいだな、というのが正直な印象だった。なんだったら、レイン達の屋敷よりも小さいんじゃないだろうか。


 そんな感想を抱いている間もアンナは迷うことなく入口に手をかざす。その瞬間。


 微かな音を立てて扉が勝手に左右にスライドし、入り口が開く。


「⁉︎」


「この施設は施設自体が一種の巨大霊装なので、ドアが非接触認証なのはそんな驚くことじゃないですぅ。こんなので驚いていたら、中に入ったら腰を抜かしちゃうですぅ」


「べ、べつに驚いてなんてないし! それに腰を抜かすなんて大袈裟だろ」


 よくわからない維持を張って施設に一歩足を踏み入れると……。


 これまで何度か覚えのある空間全体が震えるような感覚があったかと思うと、もうそこはさっきまでいたのとは別世界。


 一面真っ白な空間が果てしなく広がり、宙を無数の宝石が舞っている。宝石の色は赤・緑・黄・紫と多様で、その1つ1つが微妙に色合いや形が異なっていて、1つとして同じものが無い。そのある種幻想的な空間は、とても室内だとは思えなかった。少なくとも外から見た限り、この建物はここまで広いはずはなかったはずだ。


「ここは魔法によって構成された一種の亜空間なので、物理法則や外から見た時の遠近感は当てにならないのですぅ」


 困惑しっぱなしの俺にアンナが解説を入れてくる。


「一体何何なんだよ、この空間は……?」


「ここは教会が所有する7つの泡沫の禁書庫(うたかたのきんしょこ)、その中の一つである悠久の間」


 いつものアンナらしくもない、凛としたアンナの声が響き渡る。


 その変化に淡い不安を抱きつつも、俺の中で何かがひっかかる。7つ。その数字ってまさか……。


「ここは世界に7人しかいない大聖女に対応する施設、ってことなのか? 」


 俺の言葉にアンナはゆっくりとうなづく。


「ときにケイン様は、なぜ私達が時空の大聖女の”巻き戻し”に気付けたのかについて覚えているですぅ?」


「大聖女の魔法を一切寄せ付けない記録装置があるって言う話だったよな。それが、この場所ってことか」


「ええ。ケイン様達と同じ力を持った先々代の時空の羊飼いの力を元に教会が疑似的に羊飼いの力を再現した巨大霊装、それがこの泡沫の禁書庫、です。と、いっても羊飼いの皆さんの能力に比べたら劣化コピー以下ではあるのですぅ。せいぜいこの霊装にできることは大聖女の魔法で歪んだり、無かったことにされた事実も含めてこの星の中でいつかは繰り広げ垂れた”全て”を記録するくらい」


 この星の全て。それだけで既に俺には見当もつかない膨大な量だ。


「で、ここに連れてきてアンナは俺に何をさせたかったんだ? 」


「ケイン様には知って欲しかったんです、巻き戻される前の世界で勃発した第三次世界大戦がどれだけ悲惨だったか、を。巻き戻される前の記憶がある、といっても王都、ましてや最前線にいなかったケイン様は本当の戦争を知らないでしょうから」


 そう言って俺の瞳を見つめてくるアンナの瞳はいつになく真剣で、つい俺も背筋を伸ばしてしまう。それにアンナも気づいたのか、不意にいつものぶりっ子口調に戻る。


「あっ、で、でも、戦争の記録を見たら教会に協力しろ~とか言いたいわけじゃないんですぅ。それでも、羊飼いとして最低限「知る」ことは義務なのかな、って思って。あわわ、出すぎた真似を……」


 そんな慌てっぷりがいかにもいつものアンナで、俺はこれまで緊張で強張っていた表情をふっと和らげてしまう。


 確かに騙されてここに連れてこられたようなものだけど、アンナの言っていることはあながち間違いじゃない。


 ここ数日、レインやナナミのような目の前の1人の女の子に気を取られてばっかりだった。だからすっかり俺にはもっと大きな使命があることを忘れていた。もちろん教会の言いなりになるかどうかはまだ迷っているし、魔族との戦争に俺がどうこうできるなんて今でも信じられない。でも、最低限知っておくべきことを知ることは俺の義務、というのはアンナの言う通りかもしれない。


「わかった。じゃあ巻き戻る前の時間軸で本当は何が起こったのかを俺に見せてくれ」


 それが、目の前にいるリアルな女の子の問題から逃避しようとしているだけだって言うことぐらい、自分でも心のどこかでは気付いていた。

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