第14話 聖女としての正解、女の子としての正解
「それにしても、まさかレインの方から背中を押してくれるとは思わなかったよ。レインって無関係の人に対してはとことん無関心だと思ってたから」
ナナミと別れた後。隣を歩くレインに話しかける。
俺に指摘されるとレインはきまり悪そうな笑みを浮かべる。
「まあ、普段はね。でも今回は特別。ナナミさんのことはつい、”同じ被害者”だと思ってしまったんだよね。大聖女と聖女候補じゃもちろん色々と違うんだけれど、教会の権力で言いなりにされているところは私達と変わらないのかな、と思って。そう思うと、私にできることがあるならしたくなっちゃったの。まあ、私にできることなんてないんだけどさ。それより――」
そこで一旦言葉を切って、レインの瞳が真っすぐ俺の目を見てくる。
「私が言えたことじゃないけど、ケインは引き受けちゃって良かったの?」
「良かったって、別に今本気で付き合っている相手なんていないんだし、レインがオーケーなら」
「そっちじゃないよ。だってケインには奥さんがいるのよね。そのせいで、私との恋人の”フリ”でもかなり渋ってたじゃない。まああの時も結局、私のことを気遣ってくれたケインが根負けしてくれるような形で受け入れてくれたけれど……今回はあの時以上に状況が面倒くさいわよ。だって、”フリ”じゃなくて、あなた達は付き合うんだから」
「言葉にしたらそうかもしれないけれど、俺達はあくまで幼馴染だぜ? 結局、今の俺とレインの関係程度にしかならないだろ。だから、心配すんな」
「ケインがそれならいいけど。でも、親切心からケインがお付き合いしてあげることも、よく考えたらナナミさんのためになるとは限らないのよね。付き合っている間に本当にケインのことを好きになっちゃったら、それは心から好きな男性に巡り合えたと言えるのかしら」
「……だったら、どうするのが正解だって言いたいんだよ」
「正解なんてないわ。今日は身の丈に合わないことに口を挟んじゃったけれど、私が個人の最善を考えられるのはせいぜいスノウと、ケインの2人が限界ね。だからケインの最善を考えてこれだけは言っとく――深みに嵌りすぎて、ケインが不幸になんてならないでね」
含みのあるレインの言い方には少しだけむっとしたけれど、それは多分、レインの言っていることが真理をついているからなんだと言うことが、心のどこかではわかっていたからだった。
そしていよいよ、俺とナナミが”付き合い始めてから”最初の(ナナミにとっての)休日がやってきた。
レインとデートをすることになった時、め一杯おめかししてきたレインに不覚にも見惚れてしまったから、ナナミもまたすっごく可愛い服装で来たらどうしよう、と少しだけ不安だったけど、いざ待ち合わせ場所に言ってみると前回と同じようにナナミは修道服を着崩すこともなくきっちりと着ていた。修道服のナナミは見慣れてないからまだ新鮮さはあるけど、修道服はいわばナナミの”制服”だから、女の子として意識することはない。安堵する気持ちが7割、残念と言う気持ちが3割、と言ったところ。
「まあそっちの方がナナミらしいか」
「ん? なんか今、私に対して失礼なこと考えなかった? 」
「どうしてこうナナミは人の心を読んだようなことを言ってくるんだよ……」
「いや、実際に魔法で読もうとしてるよ? まだ私は実力不足でいつも克明に読み取れるわけじゃないけど」
読心魔法⁉ ちょっと見ないうちに厄介な魔法を覚えやがって。
「まあ、さすがにこれからケインといる時は使わないようにするよ。読心魔法を使わないと彼氏のことを信じられないなんて悲しすぎるもん」
「……そうしてくれるとこっちの精神衛生上も助かる。で、なんで今日は修道服なんだ?」
「聖女や聖女候補って、町中を歩くときも正装をするって決まってるの。聖職者として恥ずかしい行いをすることがないように自制の意味も込めて、ね」
なるほど、ルールだからそれに従う、というのは優等生のナナミらしいな。
そう思いかけて俺はあることに引っかかる。ルールに従う優等生のナナミは、じゃあなんで聖女候補に課せられた”我慢”に対して反旗を翻そうとしてるんだろう、って。考えるとすぐに俺はある仮説に辿り着く。
「男子と付き合って家庭を築く」それ自体も、ルールでがんじがらめにされたナナミを縛っている、聖女候補以前の”人間としての”ルール・正解なんじゃないだろうか。
女の子は男の子と結婚することが幸せ、自分で選んだ相手と恋に落ちるのが幸せ。それ自体もまた、ナナミが無自覚に従ってしまっているルールなのかもしれない。
これまでの人生で社会から教えられてきた「人としての幸せ」と、王都に来て目の当たりにした「聖女候補としてのあるべき姿」。その2つに板挟みになっている今のナナミはすごく不安定だ。どちらかの規範に完全に身を置いてしまえば今よりは楽に生きられるんだろう。でも、それは本当に幸せなんだろうか。そして、そんな幼馴染に、俺は何をしてやれるんだろう。
そんなことを考えていた時だった。
「いでっ」
いきなり小突かれて俺の意識は今目の前にいるナナミ自身に引き戻される。
「もうっ、ちゃんと話聞いてる?」
「ごめん、ぼーっとしてた」
「読心魔法まだ使い続けた方がいいのかな。まあ、とりあえずそれはいいや。今、今日はどうしようかっていう話をしてたの」
「どうするって、ナナミが憧れた「恋人っぽいこと」をしていけばいいんじゃないか。それに付き合うよ」
俺の返答にナナミははぁっ、と大袈裟にため息をつく。そして不貞腐れたように
「『恋人っぽいこと』がイマイチ分からないから、こうしてケインに聞いてるんでしょ。悔しいけどケインの方が詳しそうだし。……レインさんとだって何回かデートしたんでしょ」
と言ってくる。
いや、俺も巻き戻される前の世界ではお見合い結婚でデートなんてしたことないし、レインとのデートだって前にやった1回だけだからな。しかも、レインが一生懸命考えてくれたプランを丸パクリというのはあまりに忍びない。そうなると、俺にも彼女とすることのストックなんてある訳が……。
「あ」
「ん、どした?」
興味津々、といった様子で俺の顔を覗き込んでくるナナミ。そんなナナミに対し、俺は不敵な笑みを浮かべる。
「恋人っぽいこと、1つだけ思いついた」
数十分後。俺達は王都郊外にあるブティックに訪れていた。
「まずは服を整えなくちゃな。修道服でデートなんて、流石に恋人っぽくないし、人目を気にしちゃうだろ」
そう自信満々に言った俺とは裏腹に、ナナミは及び腰だ。
「で、でも外では修道服のままっていう決まりだし」
「その「決まり」とか、「こうあるべき」っていうのはそこまで頑なに守らなくちゃいけないものなのか?」
「えっ?」
俺の言葉の意味が分からない、といった顔をしてくるナナミ。でも、これが俺の伝えたかったことだった。
「今のナナミって歪だよ。教会の言いなりになりたいのかなりたくないのか、社会のロールモデルからはみ出したいのかそのままでいたいのか。でも、ナナミは優等生だからイマイチ「はみだし」きれない。でも、そんなのきっと息苦しいと思う。だから、もっとナナミにははみ出してほしい。その最初の一歩がファッション、ってこと。誰に決められたものでもない、自分が着たいと思うもの、可愛いものを着たっていいと思うんだ。せめて、恋人の前なら」
「でも、お金がある訳じゃないし、私、そういうセンスがある訳じゃないし……」
「金なら俺が十分に持ってきてる。それに、ナナミがいいんだったら俺がコーディネートしてやる。そういうことを、恋人同士だったらするんじゃないのか?」
ナナミの瞳はまだ迷いのためか揺れている。でも、少しずつ気持ちが傾きかけているのは見ていれば分かった。
「ケインがそう言うなら、ちょっとだけ」
最終的にナナミは少し恥ずかしそうにしながらもそう答えてくれた。




