第13話 聖女候補生の過酷な生活
それから十分後。俺とレインは、俺とレインが出会った件の喫茶店で必死にナナミの誤解を解いていた。
「つまり、ケインは妹さんの前だけレインさんと恋人の”フリ”をしているだけで、あなた達2人は付き合ってない、ってことね。なら、黒よりのグレーだけど許す」
不満そうに頬を膨らませたままそうまとめるナナミ。どうやら落ち着いてくれたみたいだけれど、再会してからのナナミの様子に俺は少し違和感を抱いていた。
村にいた時のナナミの印象は幼馴染でありながらどこか「お姉さん」のようなところがあった。同い年でずっと一緒に育って、ずっと同じ教育を受けてきたけれど、どんな分野でもナナミの方が出来が良くて、いつも一歩先を歩いて俺の手を引いてくれる、冷静沈着な幼馴染。それが俺がナナミに抱いていた印象だった。なのに今のナナミはまるで……。
「嫉妬深いヒステリー幼馴染、だとでも思った? 」
心を読まれて俺はギクリ、とする。でも考えていることが読まれているならばむしろ好都合かもしれない。俺は深く息を吸い込んでから切り込んでいく。
「そうだよ。今のナナミはまるで、幼馴染の方が先に恋人を作ったことに嫉妬する女友達みたいだ。どうしてそんな風になっちゃったんだよ。ナナミだったら王都でも告白してくる男なんて引く手数多なはずじゃ」
「そんなのいないわよ。だって、聖女候補生は殆ど異性と関わることが許されないし、ましてや恋愛なんて基本的に許されていないから」
そこで俺はこれまで考えるべきだったのに考えないで済ませてしまっていたことにようやく気付く。
巻き戻る前の世界で俺はお見合い結婚とはいえ妻をめとり、人としての一般的な幸せを享受させてもらえた。でも、幼馴染だったナナミはどうだったんだろう。ナナミには家族が出来たのだろうか、そんな当たり前の疑問に対して「ナナミは俺よりも優秀だからお似合いの優秀な男と一緒に幸せな過程を築いている」と勝手に思い込み、実際はどうかを知ろうともしなかった。
でも今の話を聞く限り、本当は巻き戻る前の世界でナナミに夫なんていなかった可能性が高い。そして、家で待ってくれる相手もいない中、ナナミは第三次人魔大戦に従軍し、そして殉職した……。結婚して家庭を築くことが人生においての唯一の正解では無いとはいえ、自分がその立場に置かれたら辛いなんてものじゃない。でも一度その幸せを享受している俺が、今のナナミにかけられる言葉なんて何処にもなかった。気まずくなって俺は俯いてしまう。
そんな俺の心中を知ってか知らずか、ナナミは不意に明るい声を出す。
「王都にはじめて来た時、私はまず街を歩くカップルの多さに目を奪われたの。お見合いによって結婚相手が決まる私達が育った田舎とは違って、この人達は自分達自身の意思で一緒になり、愛を育んでいる。そんな彼女ら彼らは幸せそのもので、すっごくきらきらしていた。私もいつか、そんな風に心から私のことを思ってくれる素敵な男の子と一緒に街を歩きたい、そう思ったの。これが、村の中では神童だった私が生まれてはじめて抱いた『憧れ』だった。でも」
急にナナミの話す言葉のトーンが落ちる。
「聖女養成学校に入ってまず言われたのが、「聖女は心も身体も清らかでなければならない」ってことだった。それが主から力の一端を授かり、国のために力を行使する者の責務なんだと。これって、事実上の恋愛禁止宣言なんだよね。それから、私達の監獄生活がはじまった」
ゴキブリでも目の前にしたような目つきになるナナミ。
「外出が許されるのは成績優秀者が2週間に1回だけ、学園内は男子禁制だからもちろん出会いなんてある訳がない。その上、学園内の寮生活は幾多のルールでがんじがらめに縛られている。そのような環境を通して聖女養成学校を統率する教会は、私達は「己の欲を捨て、ただ一般の民のために奉仕する聖女であること」を強要してきたわ。自分の幸せや命さえも犠牲にして国のために尽くす自己犠牲の精神を、教会は無理矢理植え付けようとしてきた。
でも、そんなのおかしいじゃない! 街を歩いているカップルは誰のおかげで今、平和にイチャイチャできてると思ってるの!? 私達聖女が魔族と戦ってこの国の平和を守ってるからでしょ? なのに、平和を守るために血反吐を吐きながら戦っている私達に人並みの幸せすら許されないなんて、そんなのおかしいよ……」
話しているうちにまた興奮してきたのか、気付くとナナミの声は嗚咽交じりになってきた。
「そんな抑圧された中で周りの聖女候補たちは2つの傾向に分かれていった。1つは考えることや自分の感情を放棄し、教会の言いなりになって国を護るための剣に徹しようとする者達。もう1つは教会に内心で反発し、聖女候補生同士・同性同士で愛を育むことで教会・ひいては神の教えに反逆しようとする者達。
でもそのどっちも私にとっては歪で、異常に思えた。その時私は誓ったの、私だけはどっちにもならない。人間としての尊厳を失わずにちゃんとした方法で学園の外に出て、人間としてあるべき異性とのお付き合いをするんだ、って。だから――なんの苦労もなしに心から好きな人と結ばれる奴を見てると、正直虫唾が走る」
そこまで言われたら、ナナミの態度に文句をいう気なんて起きるわけがなかった。
「それで、2週間前から成績上位者に食い込んで、ようやく外出が許可されたのが最近の話。成績上位者だけ、2週に1回のお休みの日に自由に街を出歩けるからね。今は町中を歩きつつ理想の男を探してる、ってわけ。街を歩いていたら理想の男性を探すよりもリア充をまざまざと見せつけられてこっちのメンタルポイント削られることの方が大きいんだけどさ。なにやってんだろうね、私」
そう言って乾いた笑みを漏らすナナミ。そこには俺が自慢に思っていたかっこいい幼馴染の跡形なんて何処にもなくって、心にぽっかりと穴が空いたように感じた。
「そっか、誤解とはいえ、それは申し訳ないことをしたな。その……理想の彼氏が見つかるといいな」
それくらいしか言えなくて、いたたまれなくなって、その場にいられなくなって俺は席を立つ。
「これ、3人分の代金だから。じゃ、俺達はこれで……」
それだけ言い残して、その場から逃げるように立ち去ろうとした時だった。
「ケインが私の彼氏になってくれない?」
ナナミのとんちんかんな発言に俺は思わず振り向いてしまう。すると、言った本人であるナナミも恥ずかしそうに頬を朱に染めていた。
「あはは、何言ってんだろうね、私。だって、私とケインはあくまで幼馴染なはずなのに。今のなーし!」
空元気で言っていることが明白なナナミを見てると、ますますいたたまれなくなって、そして俺はつい
「いいよ」
と言ってしまった。
俺の答えに、ナナミと、そしてレインまでもが驚いたような表情で俺のことを見てくる。でも、一度言いかけてしまったことは止まらずに俺は言い切ってしまう。
「もしナナミがそうしたい、それで満足できるなら出来る範囲で付き合うよ。だって、俺達幼馴染だろ? 俺は、幼馴染にいつまでもそんな表情でいてほしくない」
「で、でもほんとにそれでいいの? ケインはレインさんの彼氏役をしなくちゃいけないんじゃ……」
「確かにケインはお借りしたいけど、2週間に1日くらいの頻度だったら大丈夫よ。だからこっちは気にしないで。逆に幼馴染でも何でもない私にはそれくらいしか協力できないけど……私だって、頑張っている人が幸せになれない社会なんて理不尽だと思うから、ナナミさんが幸せになれるのだったら協力させて」
意外にもレインが援護射撃をしてくれた。
そしてこの日。俺とナナミの関係は「幼馴染」から「恋人」にレベルアップした。




