第12話 遭遇
そして数分後。
「おえっ! ぐえっ! 」
引き殺されかけのカエルのような呻き声を上げて俺は地面に叩きつけられる。何処からどう見ても俺の完敗で、俺は全身あざだらけでボロボロになっていた。
でも俺をボコボコにしたおかげでチンピラ共3人の注意は完全にレインから離れたみたいで。
「あー、興が削がれたわ」
「こんなガキほっぽっといて、行きましょうぜ兄貴」
「おう」
そう言って俺達のことを一瞥もせずに去っていくチンピラ3人。あとには地面に倒れ込んだ俺と、ボロボロの俺のことを心配そうに見つめるレインだけが残った。
「……なんで助けてくれたの。だって私、大聖女なんだよ? フツーに考えたらそこら辺のチンピラなんかより、ケインなんかより強いはずなんだよ?」
「女の子に男がかっこつけることに理由が必要か?」
「で、でも……私はケインのことを一方的に怖がって、今日も迷惑かけてばっかりで」
「そんなこと関係ないよ」
「じゃ、じゃあ喧嘩に自信があったとか?」
「いや、俺の田舎には同世代の子供が殆どいなかったからな。喧嘩ははじめてだし、まあ負けるだろうなとは思っていた」
「なのにこんなにボロボロになって私を庇ってくれるなんて」
気づくとレインの瞳からはぼろぼろと涙が零れ落ちていた。
「そんな、死ぬような怪我をしてるわけじゃないんだからそんなに泣くなよ。俺が勝手にやったことなんだし、気にするようなことじゃない」
そう言ってレインの涙を手で拭おうとする俺。拭ってしまってから、あ、まずいなと思ったけれど、レインは別段怖がる素振りを見せなかった。
レインはひとしきり泣いた後、鞄の中に入っていた簡易救急箱で俺のことを応急手当してくれた。
「ごめんね。治癒魔法や巻き戻し魔法を使ってあげられれば傷跡なんてすぐになくなるのに」
「いいよわざわざ魔法を使ってくれなくて。――って、俺にレインの魔法は俺には効かないんだっけか」
「あ、えっと……うんうん、そんなロジカルな理由じゃないよ。ケインの傷を直すことはスノウのためにならない、だから私はケインの傷を魔法で癒せない。それだけ。――軽蔑したでしょ、身勝手だって」
「そんなことないよ。だとするとチンピラに襲われても魔法で反撃しなかったのは”自分の身を守るために魔法を使うことはスノウのためにならないから”か? 」
俺の指摘にレインは驚いたようにこっちを見てくる。
「……うん」
「そっか。今の俺はレインとスノウについてあまりに知らなすぎるし、そんな俺がいくら「自分のことを大事にしろ」って言ったところであんまり効果がないのは分かってる。でも、スノウだってレインが傷つくことは望んでないと思うぞ?」
「さ、さすがに家事に支障があるくらい負傷したら自分のために治癒魔法くらい使うし!」
「俺が言いたいのはそういうことじゃない。――俺が言いたいのは、いくら体が元通りになったとしても『レインが痛い思いをする』、それ自体、スノウにとって悲しいはずだ、ってこと」
「……なんでそんなこと言いきれるの?」
「それは俺にも同じように思う家族がいたからだよ。俺から見るとレインとスノウは仲のいい姉妹だ。レインがスノウのことを思ってるくらい、スノウだってレインのことを思ってい……ても不思議じゃない。だから、自分を大切にするんじゃなくてもいいから、まずは”スノウのために”自分を労わってみるべきじゃないのか」
俺の言葉にレインは途中からあまりに驚いたのか、口をあんぐりと開けて聞いていた。やがて小さく笑って言う。
「ほんと、ケインは変わってるね。今までそんなこと考えもしなかった。私よりも年下のくせして、人生の先輩みたいなこと言っちゃって」
「まあこれでも元・一児の父親だからな。人生経験はレインよりあるかもしれないぞ」
「ははは。でも、今日の喧嘩とか見てるとケインのことを怖がるのがますますバカらしくなっちゃった。あんな程度の腕力しかないケインが他の羊飼いみたいに私のことを言いなりにできるわけないや」
「それ、褒めてる? 」
「褒めてる褒めてる。でも――今日はいろいろありがとね。チンピラから助けてくれたことも、大切なことを教えてくれたことも。今すぐには、間接的にスノウのためだとは言え自分のために魔法を使えるようになれる自信はない。でも、ちょっとずつ頑張っていくから」
そう言ったかと思うと、俺と強引に腕を組んでくるレイン。
「ちょっ、おまっ、こんなにスキンシップしてもいいのかよ?」
「こっちも練習して慣れていかないとね。ま、今のケイン、全然怖くないから腕を組んだところでなんにも感じないんだけど」
俺のことを好き勝手にいじりやがって……。
反論の1つや2つしてやろうと思って俺がレインの顔を見た時だった。
路地裏に差し込んだ夕日に照らされたレインは向日葵のような笑みを浮かべていて、その美しさに俺はさっきまで言おうと思っていた恨み言を忘れてしまった。そしてその時、レインの腕が朝のように震えていないことにようやく気付いた。
――今だって、たった一歩ぐらいしか進めていないのかもしれない。でも確実に俺とレインの関係は前進した。なら、チンピラにボコボコにされた甲斐はあったな、なんて思ってしまった。
「そろそろいい時間だし、帰ろっか。私達の家に」
「おう」
そうして俺とレインは腕を組んだまま、2人で帰り道を歩きはじめる。
「今日の夕ご飯はなににするの?」
「そうだな、昼が麺だったからリゾットにでもするか」
「やった! ……って、勘違いしないでね、私がケインの作るリゾットが好きって言うわけじゃなくて、ケインの料理で喜んでくれるスノウを見るのが好きなだけで……」
「はいはい、そう言うことにしておきますよ」
どこまでが本音でどこまでが作り物なのか、今の俺にはまだ判断ができない。でも傍から見たら、まるで俺達は彼女の方がちょっとツンデレなカップルに映るんだろうな。今はそのくらいの距離感でいい。と、いうか俺達の関係性に正解なんてない。そう、少し心が軽くなって歩いていた時だった。
何かが落ちる鈍い音が目の前から聞こえてくる。なんだ、と思って見ると地面には買ったばかりらしい果物が紙袋からぶちまけられている。そしてその先にいた修道服に身を包んだ少女の顔を認めた瞬間、俺は息を呑む。そこにいたのは俺がよく知っている少女――ナナミだった。
「ナナミ、どうしてこんな」
「ケイン、これってどういうこと?」
刃物のような鋭い口調が俺の言葉をかき消す。そう言うナナミの表情からは感情の波は読み取れない。でも長い付き合いのある俺には分かった。今のナナミは凄く怒ってる。でも、その理由には全く見当がつかなかった。
「どういうって……」
その返答がマズかったらしい。次の瞬間。
「だから、なんであんたが王都まで来て彼女といちゃついているのよ! 」
黄昏時の下町。多くの人の視線がある中で、修道服に身を包んだ幼馴染のヒステリーが炸烈した。
いつもお読みいただきありがとうございます。と、いうことでナナミ再登場回でした。再開した幼馴染がどんな風に物語に関わってくるのか、この先もお付き合いいただけますと幸いです。
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