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第12話 二年目11月のこと

評価、ブックマーク、いいね等ありがとうございます。

誤字報告もありがとうございます<(__)>


 今更だけどこの国の国土はそんなに大きくはなく、周囲の半分は海に面し、もう半分は隣国の大国である帝国と接している。


 あの芋掘りの時に現れた巨大な魔物がどうして前情報もなく王都の傍まで来れたのかというと、どうやら海側の崖に張り付いて移動していたため人目に付くことが無かったらしい。

 そして人の気配を感じて崖から這い上がり、森の中を一直線に走って来たようだと、魔物の調査を請け負った冒険者の人が報告してきたそうだ。


 あのでかいコモドオオトカゲがべったり壁に張り付き、あの速さで移動している姿を想像するだけで鳥肌が立った。


 そして隣国の帝国の話だけれど、そこの皇帝がなかなかの野心家らしく、度々我が国にちょっかいをかけてくるのだ。なので国境沿いでは定期的に小競り合いが続いている。


 しかもその皇帝は好色で後宮に多くの美女を集めているのだとか。一生関わり合いたくないタイプのクズですね。



 そんな国境沿いに、治療行為と激励に行ってほしいと言われた11月。


 昨年と同じように治癒士四人に女性神官さん三人、神殿兵数人と聖騎士三人と共に向かうことになった。

 同行する聖騎士は、聖位2位カーライル・コランダム卿、聖位7位マルティアリス・フローライト卿、聖位8位ヤエル・カルサイト卿だ。


 前に行った辺境とは別の場所なので、馬車に揺られること十日ほどでたどり着いた国境では、広大な湿地帯を挟んで両軍が陣営を構えていた。


 長旅を経て到着したばかりで皆疲れていたので少し休ませてもらってから、前線からは離れている石造りの砦の傍の、救護所として用意されていたテントの一つに案内される。

 ちらりと見えた砦の向こう、盛られた土とそこにそっと置かれた花束に息が詰まった。


 護衛はフローライト卿がテントの入り口横に立ち、コランダム卿やカルサイト卿は周囲の確認へと散らばっていった。


 それから女性神官さんが案内してくる怪我人を、治癒術を使って治療していく。


 以前の辺境とは違い、人間同士の戦いだからか怪我も剣による切り傷や打撲、魔法による火傷などが多い。

 漂う血の匂いや人の呻き声には未だに慣れない。けれどできるだけ早く確実に、次々と連れて来られる人を治していく。


 次に運び込まれてきたのは、肩から脇の下まで深く斬り裂かれた重傷の青年だった。

 巻かれた包帯も赤く染まり苦しそうに浅い息を繰り返している。


 傷に手を翳し、集中して治癒術を行使していく。パラ上げの成果か無事に治し切ることができた。


 眉根を寄せ苦しそうにしていた青年がうっすらと目を開ける。

 呼吸が落ち着き少し和らいだ表情に、青年というよりはまだ少年に近い年齢なのではないかと思う。


「……ありがとう……ございます……。これで、また……戦えます」


 目に力が戻り、ぎこちないながらもにっと笑う。その言葉に息を呑んだ。

 あれだけの傷だったのだ、とても痛かっただろうに、どうしてまた戦場に戻るなんて言えるのだろうか。


「……まだ、安静にしていた方が……」


 思わず手を伸ばして、ゆっくり起き上がろうとしていた彼の肩に触れていた。


「いいえ、おかげでもう平気です……!」


 怪我があった辺りを押さえながら笑ってみせる青年は、まだ顔色が悪かった。さすがに治癒術でも失った血は戻せない。

 言いたい言葉が喉に詰まって出てこない私に、青年はきりと真剣な目をして私の手を握った。


「こんな危険な所まで来て下さってありがとうございます。大丈夫です聖女様。ここは、この国は俺達が守ります」


 聖女ではないと、言葉は音にならず。

 こちらを安心させるように破顔した笑顔は幼くあどけなく見えて、その眩しさに目を細めた。


「治して下さってありがとうございました」


 小さく頭を下げて、女性神官さんに背を支えられながら青年はテントを出て行った。


 握られた手を見つめ、その硬さと熱さを思い出す。

 胸がもやもやとして苦しかった。


 ここへ来て治療してきた人達の顔が頭を過る。皆ありがとうと礼を言って戻って行った。治してくれてありがとう。こんなところまで来てくれてありがとう、と。

 そしてまた戦場に向かうのだろうか、また怪我をするかもしれない、もしかしたら今度は命を失ってしまうかもしれないのに。


 急に怖くなって、ぽろりと涙が零れた。


 私はどこまで治せるだろう。どれだけの命を救えるだろう。また彼らが怪我をしたとき無事に治してあげられるだろうか。

 大神殿でぬくぬく過ごしていないで、ここで治療行為を続けた方が良いのではないか。


 ぽろりぽろりと涙が頬を伝う。何が悲しくて泣いているのかよく分からない。けれど涙が止まらなかった。


 次の患者が来るまでの間、私は静かに泣き続けた。


 一通り泣いて息を吐いたら少し落ち着いた。そして冷静になった頭で思い出す。


 確か、ゲーム内のこのイベントではヒロインも泣いていた。

 あれは自分の力不足で救えなかった人を思ってだったっけ。それで好感度の高い聖騎士が慰めに来てくれるのだけど。


 ……………………おい??




「クラウディア様は?」


 クラウディアが使っているテントの出入り口の前に佇んだマルティアリス・フローライトは、声を掛けてきたヤエル・カルサイトに向かって微笑んでみせる。


「少しだけ一人にしといてあげようよ」


 それでも次の患者がいるのでほんのわずかの時間でしかないけれど。

 テントの中で嗚咽を殺す、普段無表情で凛とした少女の姿を思い浮かべて、マルティアリス・フローライトは空を見上げた。




 その夜。


≪アルジ様、オ呼ビデスカ≫


 ぽつりぽつりと灯りの点った砦から離れた、戦場となっている湿地帯を見下ろす崩れた石積みの上に腰かけたマルティアリス・フローライトの背後。闇がうねるように形を変え、小山ほどの体躯を持つ四足の獣が現れる。


「うん、ちょっとね。あいつらをしばらくこちらに攻撃できないよう、痛めつけてきてくれる?」


 口元に笑みを浮かべたまま、指差したのは湿地の向こうに建設された堅牢な砦とそれを囲むテントの群れだ。


「ああ、でも殺すのはダメだよ。あの子が怖がっちゃうからね」


≪承知イタシマシタ≫


 獣がまた闇に溶けるように消えると、突然マルティアリス・フローライトが指差していた先の砦が轟音を上げて崩れ落ちた。

 静まり返った夜闇に怒号や怯えた悲鳴が微かに届いてくる。しかしそれはこちらの陣地からは耳を澄ましていなければ聞こえないほどの微かさだ。


 夜間も警戒し敵陣を監視していた兵達が騒ぎ出すが、砦の一室を借り疲れて眠りに就いているクラウディアには聞こえていないだろう。


 敵陣の異常を聞き付けた兵士達が起き出し敵陣を窺えば、敵兵は何かに追われるように身一つで自国の方へばらばらと逃げ出していた。


 彼らが逃げ出した陣地では、砦がさらに粉々にはじけ飛び、テントは跡形もなく踏み潰され、物資が入っていただろう馬車なども次々と壊れ散っている。

 慌てて逃げ惑う人間達に構わず、馬達も怯え嘶きながら無我夢中で四方八方に逃げていた。


 敵陣営の異様な様子にこちら側の兵達にも緊張が走るが、敵陣を襲っているものが何なのかは結局分からずじまいだった。


 ざわめき怯える自国側の砦を見ながら、マルティアリス・フローライトは石積みに腰かけたまま目を細めて笑う。


「君は君らしくただ健やかにその生を楽しんでほしい」


 まるで子守唄のように、届かない寿ぎを眠るクラウディアに贈りながら。

 マルティアリス・フローライトの背後では、闇がざわめき幾つもの光る眼が彼らの主の言葉を聞いていた。


「君が誰を選び、どのように生きても僕は君を護り続けるけれど」


 雲に隠れていた月が顔を出しマルティアリス・フローライトを照らすと共に、闇が少し遠ざかる。


「最後は僕がもらってもいいかなぁ」



【交流用掲示板〈ネタバレあり〉】



530.名無しのきしめん

 どうしてもたどり着けないんで動画見てきた

 アリスちゃんの裏エンド切ないけどよかったよ~


   531.名無しのきしめん

   >>530

   わかる

   ずっとあそこでヒロインのこと守り続けるのか…


   533.名無しのきしめん

   >>530

   湖のほとりでヒロインを抱きかかえてるときの横顔ほんと綺麗だった

   あのあと一人で埋めたんかな


   534.名無しのきしめん

   >>533

   え、やめて泣きそう


   535.名無しのきしめん

   >>533

   でも最後すっごく幸せそうに笑うんだよね

   なんか意味深で…



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